久保 嘉男
クボ ヨシオ
Yoshio Kubo
日本
1974
現在
東京を拠点に活動する日本のファッションデザイナー。yoshiokubo、muller of yoshiokuboのデザイナー
最終更新日: 2026.04.15
久保 嘉男について
日本のファッションデザイナー。フィラデルフィア大学の School of Textile & Science でファッションデザインを学び、ニューヨークでオートクチュールの制作現場を経験したのち、帰国して自身のブランド yoshiokubo を軸に活動を始めた。既成の服の見え方をずらすパターンワーク、切り替え、立体的なディテールに特徴があり、緻密な縫製と着心地のよさを両立させる設計で知られる。ブランドの核には、服を通して細部やデザインの意味を考え直してほしいという視点があり、上質なパターンと機能性を重視しながら、日常に取り入れやすいのに一筋縄ではいかない服を提示してきた。muller of yoshiokuboでは女性のためのドレスを再解釈し、UNDECORATED MANでは別の切り口でメンズのワードローブを広げた。東京のコレクションシーンを土台に、現在も独自の視点を更新し続ける人物である。
キャリアタイムライン
久保 嘉男とブランドとの関わりを年単位で横に並べています。
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ブランド / 役職
04
2004
05
2005
06
2006
07
2007
08
2008
09
2009
10
2010
11
2011
12
2012
13
2013
14
2014
15
2015
16
2016
17
2017
18
2018
19
2019
20
2020
21
2021
22
2022
23
2023
24
2024
25
2025
26
2026
経歴
フィラデルフィア大学の School of Textile & Science でファッションデザインを学び、2000年に卒業。卒業後はニューヨークでオートクチュールデザイナー、Robert Danes のもとで4年にわたりコレクション制作に携わった。
2004年に帰国して自身のブランド yoshiokubo を立ち上げ、2005年春夏からコレクションを発表した。クチュールで培った技術を土台に、未見のパターンやディテール、機能性を組み合わせた服作りを進め、ブランドの核を形成した。2006年には、yoshiokubo のコレクションで扱っていたドレスを切り分ける形でウィメンズライン muller of yoshiokubo を始動し、2008年にはメンズの別レーベル UNDECORATED MAN を発表。ラインを分けながら、メンズとウィメンズそれぞれに異なる輪郭を与えてきた。東京のコレクションシーンで発表を重ね、海外での発表も経て活動の幅を広げ、現在も公式サイトで新シーズンを案内しながら yoshiokubo と muller of yoshiokubo を軸に展開を続ける。シーズンごとのテーマは変わっても、構造の面白さと日常着としての機能を両立させる姿勢は一貫している。
UNDECORATED MANとの関わり
2008 - 2016
デザイナー
久保嘉男がUNDECORATED MANで担ったのは、yoshiokuboを主軸に置きながら、2008年秋冬にメンズウェアのみで立ち上げた副線を、自らのデザイン判断でかたちにした初代デザイナー役である。ブランド名を分けたことで、本線とは異なる文脈が与えられ、メインブランドで培った経験を土台にしつつ、別の切り口を試せる場が生まれた。久保はその出発点で、どんな距離感で服を見せるのか、どんな切り口でラインを成立させるのかという入口から関与し、コレクションの方向づけとブランド像の整理を一手に担った。単に派生的なラインを増やしたのではなく、ひとつの独立したブランドとして成り立つ輪郭を与えた点に、この関係の核心がある。さらに、yoshiokuboという本線とUNDECORATED MANという副線を併走させることで、久保自身の発想を二つのレイヤーに分け、片方で得た知見をもう片方へ持ち込む循環も作り出した。2016年秋冬からは河野貴之が後任となり、2018年にはUNDECORATEDへ改名されるが、その継承が機能したのは、久保の在任期にブランドの骨格が先に固められていたからである。久保の役割は、始動の責任者であると同時に、後の再編集に耐える土台を残した設計者でもあった。
在任期
2008年秋冬にUNDECORATED MANを立ち上げ、2016年秋冬からは河野貴之への交代に入るまで在任した。yoshiokuboを運営しながらの並行期に、メンズ専業の副線として始まり、後任への移行を見据えた継承の流れへつながった時期。
影響
久保の時期に、UNDECORATED MANは主軸ブランドとは別の表現軸を持つラインとして立ち上がり、のちの継承と改名を受け止められる基礎を得た。2016年の交代後もブランドの連続性が保たれ、2018年のUNDECORATEDへの改名へつながる土台を残した点に、久保期の影響がある。
muller of yoshiokuboとの関わり
2006 - 継続中または終了年不明
デザイナー
muller of yoshiokuboのデザイナーとして、メンズライン yoshiokubo の中で育ててきたドレス表現を2006年に切り分け、女性の日常に寄り添うレディースラインとしてブランドの輪郭を与えた立場にある。単に派生ラインを増やしたのではなく、クチュール経験で身につけた生地選びと縫製への厳しさを持ち込み、ドレスを核にしながらトップス、スカート、パンツへと広げる設計を整えた。久保が掲げるのは、「似合う服、似合わない服」という線引きを外し、見たことのないシルエットやディテールを通じて服との関係を更新すること。毎年、世界最大級の生地展に足を運び、質感や表情の違いまで吟味しながら、何年経っても新鮮に着られる服を目指す姿勢をブランドの基調に置いている。さらに、縫製のわずかなずれさえ許さない基準を保ち、日常着でありながら完成度の高いプロダクトへと引き上げてきた。ブランド名に冠した「muller」はスペイン・アラゴン州で「女」を意味し、ローカルでマイナーな言葉が新しさを運ぶという発想も、久保の選択として組み込まれている。言葉の扱いまで含めて、ドレスを日常に着る楽しみをどう成立させるかを継続して磨き続ける存在となっている。
在任期
2006年に、yoshiokuboのコレクションで扱っていたドレスをレディースラインとして切り分けて始動し、2007年春夏コレクションから発表を本格化させた。久保嘉男は現在もデザイナーとして関わり、立ち上げ時からの「ドレスを日常に着る」視点と、生地・縫製の基準を保ちながらラインを継続している。
影響
muller of yoshiokuboは、久保の手で、オートクチュール由来の精度と日常着としての使いやすさを両立するブランドへと形づくられた。生地展で選ぶ素材、妥協しない縫製、見たことのないシルエットへの志向が一体化し、レディースのドレスブランドでありながら、日常の服として長く着られる独自の立ち位置を確立した。
Yoshiokuboとの関わり
2004 - 継続中または終了年不明
デザイナー
2004年に自身のメンズブランド yoshiokubo を立ち上げた創設デザイナーで、コンセプト設計から服の造形、見せ方までを一貫して担う中心人物。ニューヨークでオートクチュールの制作に携わった経験を背景に、帰国後はパターンの取り方、切り替え、縫製、素材の落とし込みを軸に、ブランドの核を組み立ててきた。yoshiokubo では、目を引く装飾だけに寄らず、着る人に服の意味や構造をもう一度考えさせることを重視し、上質なパターンと機能性を備えた日常着へ独自の発想を翻訳する姿勢が通底する。シルエットの作り込みや細部の処理にその考えが表れ、ブランドらしい個性を保ちながらも、服としての説得力を積み上げてきた。さらに本体の外側にも muller of yoshiokubo や undecorated MAN を広げ、同じ作り手の視点を異なる服の文脈へ再編集していった。久保は名義上の顔にとどまらず、yoshiokubo の美意識と設計思想を決める実質的な軸として機能している。
在任期
2004年に帰国して yoshiokubo を始動し、公式プロフィールでは05S/Sからコレクション発表を開始した流れが示されている。立ち上げ初期からクチュール由来の技術を本体に移し替えながらブランドを育て、2007年にウィメンズライン、2008年に別ラインを広げていくことで、メンズブランドとしての基盤を保ちつつ世界観を段階的に拡張していった。
影響
ブランドの核を、パターンやディテールの独自性と、着心地や機能性を両立する日常着へ定着させた点に影響が大きい。『think before wear』という姿勢のもと、服を着る側にデザインの意味を考えさせるコンセプトを継続的に打ち出し、メンズ本体だけでなくウィメンズや派生ラインへもつながる設計思想を築いた。結果として、yoshiokubo は技術性の高い日常着を軸にしたブランド像を保ち続けている。
関連ブランド
関連する人物
UNDECORATED MAN
2016 - 2018