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ジャン=ポール・ゴルチエ

Jean Paul Gaultier

フランスを拠点に活動したファッションデザイナー、オートクチュール作家、元エルメスのアーティスティック・ディレクター

国籍
フランス
生没年
1952 - 現在
更新

最終更新日: 2026.07.19

ジャン=ポール・ゴルチエについて

フランスを代表するファッションデザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエ。パリ近郊に生まれ、正規のファッション教育を受けないまま、独学のドローイングとメゾンでの実地経験を通じてキャリアを築いた。1970年にピエール・カルダンのアシスタントとして活動を始め、ジャン・パトゥや再びカルダンで修業した後、1976年に自身の名を冠したコレクションを発表。既成のエレガンスに、パンク、ストリート、ランジェリー、マリンウェア、異文化的なモチーフを重ね、男性用スカートやコルセット、マリニエール、ボディコンシャスなシルエットを通じて服の性別や身体表現の境界を揺さぶった。1990年にマドンナの「Blond Ambition」ツアーで発表したコーンブラは、ファッションとポップカルチャーの結びつきを象徴する存在となった。1997年にはオートクチュールへ進出し、2003年から2010年まではエルメスのウィメンズ・プレタポルテのアーティスティック・ディレクターを務めた。香水、映画衣装、舞台表現にも活動領域を広げ、既存の美意識をユーモアと挑発性で組み替える姿勢を貫いた。2020年1月、50周年を記念するオートクチュールショーを最後に自身のランウェイ活動から退き、現在はその創作遺産と美学がメゾンや文化的プロジェクトを通じて受け継がれている。

キャリアタイムライン

ジャン=ポール・ゴルチエとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Jean Paul Gaultier デザイナー 1976 - 2020
Hermès アーティスティック・ディレクター 2004 - 2010

経歴

正規のファッションスクールには進まず、ドローイングや映画、雑誌から服飾表現を学んだ。18歳でピエール・カルダンのアシスタントとなり、ジャック・エステルやジャン・パトゥ、カルダンのメゾンで実地のデザインとクチュール技術を修得。学校教育よりも、独学と現場での修業を基盤とする学習歴
1970年、18歳でピエール・カルダンのアシスタントとなり、ジャック・エステル、ジャン・パトゥを経て、1974年から1975年にかけてカルダンのマニラ拠点でも経験を積んだ。1976年に自身の名を冠した最初のコレクションを発表し、1980年代にはパンク、ストリート、ランジェリー、マリンウェアをクチュールの技法と結びつけ、フランス・ファッションの既成概念を揺さぶる存在として注目を集めた。1984年のメンズスカート、コルセットやマリニエールの再解釈、1990年にマドンナの「Blond Ambition」ツアーのために手がけたコーンブラなど、ジェンダーや身体の見せ方を更新する提案を継続。香水では1993年の「Classique」、1995年の「Le Male」が代表作となり、映画『フィフス・エレメント』『バッド・エデュケーション』などの衣装も手がけた。1997年にオートクチュール・メゾンを設立し、2003年から2010年まではエルメスのウィメンズ・プレタポルテのアーティスティック・ディレクターに就任。2014年にはプレタポルテを終了してオートクチュールに集中し、2020年1月の50周年記念ショーを最後にデザイナー本人によるランウェイ活動から退いた。以後は、後進のデザイナーや文化的プロジェクトを通じて、自由、越境、ユーモアを核とする創作理念が継承されている。

Hermèsとの関わり

2004 - 2010
アーティスティック・ディレクター
ジャン=ポール・ゴルチエは、マルタン・マルジェラの後任として2004年秋冬コレクションからエルメスのレディス・プレタポルテを担ったアーティスティック・ディレクター。エルメスが長年培ってきた馬具、乗馬、レザー、職人技、控えめなラグジュアリーを土台に、ゴルチエ固有の身体性、コルセット、ハーネス、テーラリング、官能性を重ね、伝統を壊すのではなく内側から緊張感を与える役割を果たした。在任初期のコレクションでは、乗馬服やジョッパーズ、エルメス・オレンジのキャンバス、カシミア、スカーフ、バッグの金具といったハウスの記号を、ジャケット、コート、グローブ、ブーツ、ドレスの留め具へと再配置。バッグの金具をチョーカーや衣服のディテールに転用し、バーキンを縦長のシルエットへ変形させるなど、既存の資産をファッションの造形へ翻訳した。ゴルチエの解釈は、エルメスの保守的で端正な印象に、挑発性や演劇性、身体に沿うラインを加えながらも、素材の質と仕立ての精度を優先する点でブランドの品位を維持した。後半には1930年代のテニスや海辺の装い、1960年代のロンドン、エマ・ピールを思わせるシャープなテーラリング、レザーの三つ揃い、トラペーズコートなどへ関心を広げ、エルメスのコードを時代や文化の異なるイメージへ展開。2010年10月発表の2011年春夏コレクションを最後に、自身のプロジェクトへ集中するため退任し、7年間にわたる協働を終えた。

在任期

2003年にマルタン・マルジェラの後任として指名され、2004年秋冬からエルメスのレディス・プレタポルテを担当。エルメスのメンズウェアを長年手がけたヴェロニク・ニシャニアンとは別の領域で、女性服のクリエイティブを率いた。2010年10月発表の2011年春夏コレクションが最後の仕事となり、本人が自身のブランドとプロジェクトに専念する意向を示したことで交代。2011年秋冬からクリストフ・ルメールが後任を務めた。

影響

ゴルチエ期のエルメスは、馬具や乗馬服、レザー、バッグ金具といった伝統的な資産を、コルセット、ハーネス、身体に沿うシルエット、強いテーラリングへ組み替えた。前衛的で挑発的な要素を持ち込みながら、素材の品質と職人技を軸にしたため、エルメスの格式を保ったままブランドのファッション性と官能性を可視化。伝統と実験性を両立させる後続のクリエイティブ体制につながる橋渡しとして位置づけられる。

Jean Paul Gaultierとの関わり

1976 - 2020
デザイナー

在任中のコラボレーション

この人物が関わった期間に確認できるブランド間コラボレーションです。

2019.04

Jean Paul Gaultier Supreme

2019年4月11日、Jean Paul Gaultierと17ピースのカプセルを展開。香水Le Maleやアイウェア等も。