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栗原 たお

クリハラ タオ

Tao Kurihara

日本 1973 現在

ファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下のブランド「TAO(旧トリコ)」を主導するデザイナー。

栗原 たおについて

栗原たお(Tao Kurihara)は日本出身のファッションデザイナーで、手仕事的なディテールとフェミニンな装いの再解釈を得意とする。1973年生まれで、ロンドンのセント・マーチンズで学んだ後に1998年にコム デ ギャルソンに入社した。2002年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに抜擢され、2005年秋冬には自身の名を冠した「TAO COMME des GARÇONS」をパリで発表(同ラインは2011年春夏まで継続)。ニットやパッチワーク、布の再構成、細やかな刺繍やボタン使いなどディテールへのこだわりを持ち、素朴で牧歌的なフェミニンさと日常性を両立させる服作りが特徴である。コム デ ギャルソン本社のショールームで発表されるコレクションは国内外で注目を集め、近年はトリコのブランド名が「TAO」として改められ、同ブランドを率いるデザイナーとして活動を続けている。

経歴

ロンドンのセント・マーチンズ(Central Saint Martins)でファッションを学んだ。卒業後まもなくコム デ ギャルソンに入社し、現場での経験を通じてニットやリメイク、再構築的な手法への理解を深めた。
1998年にコム デ ギャルソンに入社して以降、社内のウィメンズ部門でキャリアを積んだ。2002年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに就任し、2005年秋冬には「TAO COMME des GARÇONS」を自身の名義でパリにて発表した(同ラインは2011年春夏で一度終了)。以後はトリコ(のちに「TAO」として改名)に専念し、コム デ ギャルソン本社のショールームでコレクションを発表し続けている。コレクションはニットやパッチワーク、古布の再利用や布の再構成といった手法を多用し、着やすさと愛らしさを両立させる点が評価されている。

tricot COMME des GARÇONSとの関わり

時期不明

デザイナー

栗原たおは、コム デ ギャルソンのサブレーベルであるtricot COMME des GARÇONSにおいて長年デザイナーを務め、ブランドの「日常的なベーシック」を独自の美学で再構築してきたデザイナーです。ロンドンのCentral Saint Martinsを卒業後にコム デ ギャルソンへ入社し、渡辺淳弥のもとで経験を積んだのち、tricotのデザインを担う世代としてラインを牽引しました。 彼女の手法はニットやカットソーなどの“日常着”を基盤に、レイヤードやミックスプリント、フリルやラッフル、プリーツといったディテールを重ねることで、親しみやすさと非日常的な遊び心を両立させることにあります。ロリータや国際的なキッチュなモチーフ(マトリョーシカやヴィンテージのハンカチ等)を取り込みつつ、時にブラックユーモアを帯びた表現で、tricotに独自の風合いを定着させました。これらの特徴はブランドの“扱いやすい日常服”という性格を損なわずに新たな顔づくりを行う原動力となっています。 2005年には自身名義のtao COMME des GARÇONSをパリで発表し、ブランド表現の幅を拡げました。一度taoは2011年に活動を休止した時期があるものの、tricot側での継続的なデザイン活動を経て、2021〜2022年にかけてtricot表記をtaoへ改名する動きが発表され、栗原のクリエイティブがラインの方向性に直接的な影響を与えていることが明確になりました。こうした経緯により、栗原はtricot/tao系統の外観とアイデンティティ形成に重要な役割を果たしています。

在任期

1997年にCentral Saint Martinsを卒業後、1998年にコム デ ギャルソンへ入社しました。資料により表記差はありますが、2002〜2003年ごろにtricot COMME des GARÇONSのデザイナーを務め始め、2005年にtao COMME des GARÇONSを発表しています。taoは2011年に一度活動を終了したと伝えられますが、その後tricot表記の見直しを経て2021年秋から2022年春夏にかけてtaoへ改名される形がとられ、栗原は同系ラインの中心人物として継続的に関与しています。

影響

栗原たおの在任は、tricotにおいて日常的な着心地や実用性を残しつつ、装飾的なディテールやアンバランスなシルエットを持ち込むことでブランド表現の幅を広げました。個人ラインの設立や、tricot→taoへの表記変更は、彼女の美学がライン全体のアイデンティティに影響を与えた具体的な事例です。その結果、tricotは“手に取りやすいが個性的”という立ち位置を強め、日常性と個性を両立させるラインとしての特徴を際立たせました。

taoとの関わり

時期不明

デザイナー

栗原たおはブランド「tao」の中心的なデザイナーとして、コレクションの表現設計から素材・技術のディレクション、職人との連携までを一貫して担ってきました。1998年にコム デ ギャルソンへ入社後、トリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに就任し、2005年秋冬には自身の名を冠したtao COMME des GARÇONSをパリで発表した経歴を持ちます。個人レーベルは2011年に一度終了しましたが、その後もトリコの制作に注力し、2022年春夏シーズンからはトリコの表記が「tao」に改められ、栗原が引き続きブランドの舵を取っています。 栗原のクリエーションは、ギャザーやフリル、ラッフルといった装飾的要素と立体的なフォルムを組み合わせつつ、日常での着やすさを重視することが特徴です。改名後のコレクションでは「MY WHITE」をはじめとする白を軸にした表現や、チュールや繊細なプリント、刺繍といったディテール表現が際立ちます。制作プロセスでは生地や刺繍の現場へ足を運んで直接協働する姿勢を重視し、日本の技術を反映させることで、トリコ時代からの親しみやすさを保ちながらも栗原自身のデザイン言語をより明確に提示しています。

在任期

1998年にコム デ ギャルソンに入社し、2003年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに就任。2005年秋冬にtao COMME des GARÇONSを立ち上げパリで発表した後、2011年に当該個人レーベルは終了しトリコへ専念した。2022年春夏からはトリコの表記が「tao」に変更され、以降も栗原がデザインを主導している。

影響

トリコからtaoへの改名と再始動は、ブランドのパーソナル化とデザイン性の明確化を意図したリブランディングであり、栗原の個人的な表現を前面に出す転機となった。2022年以降の発表は白を軸にした質感の探求や職人技の可視化を通じて、既存の顧客層を保ちつつブランドのアイデンティティを強化したと評価されている。

関連ブランド

関連する人物

tricot COMME des GARÇONS

時期不明

渡辺 淳弥

デザイン・ディレクター

ワタナベ ジュンヤ

COMME des GARÇONS

時期不明

川久保 玲

デザイナー

カワクボ レイ

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