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川久保 玲

カワクボ レイ

Rei Kawakubo

日本 1942 現在

1969年に東京でCOMME des GARÇONSを開始。1981年以降パリで発表し、脱構築的な造形と言語化しにくい美意識でブランド全体のクリエイティブを現在も統括するデザイナー。

最終更新日: 2026.04.09

川久保 玲について

1969年に東京でCOMME des GARÇONSを開始。1981年以降パリで発表し、脱構築的な造形と言語化しにくい美意識でブランド全体のクリエイティブを現在も統括するデザイナー。

COMME des GARÇONSとの関わり

時期不明

デザイナー

川久保 玲は、1969年に東京でCOMME des GARÇONS(コム・デ・ギャルソン)を創設し、創業者かつ主要デザイナーとして半世紀以上にわたりブランドの美学と実務の中核を担ってきました。伝統的な服のかたちや役割を解体することを通じ、未完成の裾や裂け、非対称な裁断、布地の再構成といった実験的手法で身体と衣服の関係を問い直すデザインを一貫して発表してきました。1970年代に国内で評価を固め、1981年のパリ・デビューを経て国際舞台で注目を集めた後も、コンセプチュアルなランウェイ演出や造形的なプロダクトを通じて独自の言語を磨き続けています。さらにメンズラインや複数のサブブランドの育成、2004年に始まったドーバー・ストリート・マーケットのような概念型小売の展開を通じて、制作・提示・流通の仕組みにまで影響を及ぼし、若手デザイナーの登用や多様なコラボレーションによりCOMME des GARÇONSの多層的な創造エコシステムを築き上げました。2017年のメトロポリタン美術館での大規模回顧展は、彼女の仕事がファッション史だけでなく美術的評価にも値することを象徴しています。

在任期

川久保玲は1969年にCOMME des GARÇONSを立ち上げ、1973年に法人化しました。1981年のパリ・デビュー以降、創業者としてだけでなくブランドの主要デザイナー/創造的指導者として活動を継続し、以後もCOMME des GARÇONSのクリエイティブの中核にとどまっています。

影響

COMME des GARÇONSは川久保の解体的・実験的な美学により、非対称や未完成をあえて美とする表現を広め、いわゆる「アンチファッション」的な語彙をファッション界に定着させました。さらにランウェイ演出や小売の仕組みづくり(概念型ストアの展開)を通じて、作品の提示方法や流通の在り方にも持続的な影響を与え、2017年のメト回顧展はその文化的意義を象徴する出来事となりました。

関連ブランド

関連する人物

tao

時期不明

栗原 たお

デザイナー

栗原 たおについて

ファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下のブランド「TAO(旧トリコ)」を主導するデザイナー。

栗原たお(Tao Kurihara)は日本出身のファッションデザイナーで、手仕事的なディテールとフェミニンな装いの再解釈を得意とする。1973年生まれで、ロンドンのセント・マーチンズで学んだ後に1998年にコム デ ギャルソンに入社した。2002年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに抜擢され、2005年秋冬には自身の名を冠した「TAO COMME des GARÇONS」をパリで発表(同ラインは2011年春夏まで継続)。ニットやパッチワーク、布の再構成、細やかな刺繍やボタン使いなどディテールへのこだわりを持ち、素朴で牧歌的なフェミニンさと日常性を両立させる服作りが特徴である。コム デ ギャルソン本社のショールームで発表されるコレクションは国内外で注目を集め、近年はトリコのブランド名が「TAO」として改められ、同ブランドを率いるデザイナーとして活動を続けている。

クリハラ タオ

COMME des GARÇONS HOMME

時期不明

渡辺 淳弥

デザイナー

渡辺 淳弥について

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

渡辺淳弥(Junya Watanabe)は、精緻なパターンワークと素材実験を基盤に独自の服作りを続ける日本のファッションデザイナーである。1961年に福島県で生まれ、文化服装学院で学んだのち1984年にコム デ ギャルソンに入社してレイ・カワクボに師事した。1990年代初頭に自身の名を冠するラインを立ち上げ、パリ・コレクションでワークウェアやデニム、パッチワーク、ハイテク素材を掛け合わせた「テクノクチュール」的な表現を提示してきた。リーバイスやザ・ノース・フェイス、ニューバランスなどとのコラボレーションを通じて国際的な影響力を持ち、控えめな公的人柄と職人性の高さも特徴である。

ワタナベ ジュンヤ

1990 - 2003

田中 啓一

デザイナー

田中 啓一について

1990年に COMME des GARÇONS HOMME(コムデギャルソン オム)のデザイナーとして13年間活躍。伝統を尊重しつつモダンな要素を取り入れるデザインで評価を受け、田中氏の時...

1990年に COMME des GARÇONS HOMME(コムデギャルソン オム)のデザイナーとして13年間活躍。伝統を尊重しつつモダンな要素を取り入れるデザインで評価を受け、田中氏の時代の独自性の高さから「田中オム」と呼ばれる。その後、コムデギャルソン退社後の2010年に自身のブランド「KONTRAPUNKT(コントラプンクト)」を設立。現在は教育にも携わるなど幅広く活動している。

タナカ ケイイチ

tricot COMME des GARÇONS

時期不明

栗原 たお

デザイナー

栗原 たおについて

ファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下のブランド「TAO(旧トリコ)」を主導するデザイナー。

栗原たお(Tao Kurihara)は日本出身のファッションデザイナーで、手仕事的なディテールとフェミニンな装いの再解釈を得意とする。1973年生まれで、ロンドンのセント・マーチンズで学んだ後に1998年にコム デ ギャルソンに入社した。2002年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに抜擢され、2005年秋冬には自身の名を冠した「TAO COMME des GARÇONS」をパリで発表(同ラインは2011年春夏まで継続)。ニットやパッチワーク、布の再構成、細やかな刺繍やボタン使いなどディテールへのこだわりを持ち、素朴で牧歌的なフェミニンさと日常性を両立させる服作りが特徴である。コム デ ギャルソン本社のショールームで発表されるコレクションは国内外で注目を集め、近年はトリコのブランド名が「TAO」として改められ、同ブランドを率いるデザイナーとして活動を続けている。

クリハラ タオ

時期不明

渡辺 淳弥

デザイン・ディレクター

渡辺 淳弥について

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

渡辺淳弥(Junya Watanabe)は、精緻なパターンワークと素材実験を基盤に独自の服作りを続ける日本のファッションデザイナーである。1961年に福島県で生まれ、文化服装学院で学んだのち1984年にコム デ ギャルソンに入社してレイ・カワクボに師事した。1990年代初頭に自身の名を冠するラインを立ち上げ、パリ・コレクションでワークウェアやデニム、パッチワーク、ハイテク素材を掛け合わせた「テクノクチュール」的な表現を提示してきた。リーバイスやザ・ノース・フェイス、ニューバランスなどとのコラボレーションを通じて国際的な影響力を持ち、控えめな公的人柄と職人性の高さも特徴である。

ワタナベ ジュンヤ

JUNYA WATANABE MAN

時期不明

渡辺 淳弥

デザイナー

渡辺 淳弥について

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

渡辺淳弥(Junya Watanabe)は、精緻なパターンワークと素材実験を基盤に独自の服作りを続ける日本のファッションデザイナーである。1961年に福島県で生まれ、文化服装学院で学んだのち1984年にコム デ ギャルソンに入社してレイ・カワクボに師事した。1990年代初頭に自身の名を冠するラインを立ち上げ、パリ・コレクションでワークウェアやデニム、パッチワーク、ハイテク素材を掛け合わせた「テクノクチュール」的な表現を提示してきた。リーバイスやザ・ノース・フェイス、ニューバランスなどとのコラボレーションを通じて国際的な影響力を持ち、控えめな公的人柄と職人性の高さも特徴である。

ワタナベ ジュンヤ

noir kei ninomiya

時期不明

二宮 啓

デザイナー

二宮 啓について

ファッションデザイナー/Noir Kei Ninomiya 創設者・クリエイティブディレクター(コム・デ・ギャルソン系列)

二宮啓(Kei Ninomiya、1984年生まれ、大分県出身)は日本のファッションデザイナーで、Noir Kei Ninomiyaの創設者兼クリエイティブディレクターである。青山学院大学でフランス文学を学んだのちアントワープ王立芸術アカデミーでファッションを学び、2008年にコム・デ・ギャルソンに入社してパタンナーとしてキャリアを積んだ。2012年に同社の傘下で自身のラインを立ち上げ、黒を基軸にした繊細かつ建築的な造形、レーザーカットや小さなモジュールを反復して組み立てる独自の技法で知られる。縫い目を極力減らす構築的なプロセスと職人技を融合させる作風は国内外で評価され、MonclerやReebokなどとのコラボレーションやドーバー・ストリート・マーケットなどのセレクトショップでの取り扱いを通じて広く認知されている。

ニノミヤ ケイ

GANRYU

時期不明

丸龍 文人

デザイナー

丸龍 文人について

ファッションデザイナー/ブランド「FUMITO GANRYU」クリエイティブディレクター、元COMME des GARÇONSのパタンナー。

丸龍文人(Fumito Ganryu)は1976年生まれ、福岡出身のファッションデザイナーで、精緻なパターンワークを基盤にした服作りで知られています。文化服装学院を卒業後、2004年にコム・デ・ギャルソンでジュンヤ・ワタナベのもとパタンナーとして経験を積み、2007年に同グループ内で自身のライン「GANRYU」を立ち上げました。GANRYUではストリートやワークの要素を構築的に再解釈し、性別に依らない“ニュートラル”なシルエットを提示して支持を集めました。GANRYUは2017年に終了しましたが、2018年に独立ブランド『FUMITO GANRYU』を設立し、2019年ピッティ・ウオモでの発表を機に国際舞台へ復帰。都市と自然の共存や“ゼロ/リン”といった概念を軸に、伝統的な染織と現代的な機能素材を併用した実用的で詩的なコレクションを季節ごとに発表しています。

マルリュウ フミト

COMME des GARÇONS PARFUMS

時期不明

クリスチャン・アストゥグヴィエイユ

クリエイティブ・ディレクター

クリスチャン・アストゥグヴィエイユについて

フランス出身のアーティスト/デザイナー、コム デ ギャルソン パフュームのクリエイティブディレクター。

Christian Astuguevieille(クリスチャン・アストゥグヴィエイユ、1946年10月22日 - 2026年2月13日)は、フランス・パリ出身のマルチ分野のアーティスト兼デザイナー、香水のクリエイティブディレクターです。家具、ジュエリー、彫刻、テキスタイル、オブジェ、香りなど五感に働きかける作品群を手がけ、素材の手触りや包む仕立てを重視したロープ巻きの造形や詩的なオブジェで知られます。1977年にはポンピドゥー・センターで子ども向けワークショップを担当し、1989年の家具個展で広く注目されました。香水分野ではモリナールやロシャス、ニナ・リッチでの活動を経て、1993年に川久保玲とともにコム デ ギャルソンの香水ラインを立ち上げ、以後クリエイティブ・ディレクターとして日常や工業的な匂いを取り入れる“アンチパフューム”の思想を推し進め、OdeurシリーズやConcreteなどで従来の香水表現を刷新しました。

Christian Astuguevieille

JUNYA WATANABE

時期不明

渡辺 淳弥

デザイナー

渡辺 淳弥について

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

渡辺淳弥(Junya Watanabe)は、精緻なパターンワークと素材実験を基盤に独自の服作りを続ける日本のファッションデザイナーである。1961年に福島県で生まれ、文化服装学院で学んだのち1984年にコム デ ギャルソンに入社してレイ・カワクボに師事した。1990年代初頭に自身の名を冠するラインを立ち上げ、パリ・コレクションでワークウェアやデニム、パッチワーク、ハイテク素材を掛け合わせた「テクノクチュール」的な表現を提示してきた。リーバイスやザ・ノース・フェイス、ニューバランスなどとのコラボレーションを通じて国際的な影響力を持ち、控えめな公的人柄と職人性の高さも特徴である。

ワタナベ ジュンヤ

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