TAO COMME des GARÇONS

タオ・コム・デ・ギャルソン

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受けるウィメンズラインとして、現在もウィメンズアパレルを中心に展開しています。

主なカテゴリ

TAO COMME des GARÇONSとは

TAO COMME des GARÇONS(タオ・コム・デ・ギャルソン)は、日本COMME des GARÇONSのウィメンズラインの一つとして、デザイナー栗原たおが2005年に始動したブランド。パリでコレクション発表を行い、2011年春夏でいったん終了。その後、2021年以降にtricot COMME des GARÇONSの改称により「tao」として再始動し、現在もウィメンズのアパレルを中心に展開している。

COMME des GARÇONSグループ・ラインとの関係

tricot系譜を継ぐ栗原たおの継承線

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受ける栗原たおのウィメンズラインを、Commeの正式表記込みで示した項目。ニットを起点にしたtricotの編集を引き継ぎつつ、名称をTaoへ移しながら日常着寄りの女性服を継続している。

関連ブランド

親ブランドやサブラインを創業順で掲載しています

関連ブランド一覧 (27)
グループ
COMME des GARÇONSグループ
関連ブランド
27件
創業年
1969-2015
1969 親ブランド
1978 サブライン
COMME des GARÇONS HOMME
アパレル・洋服

メンズ基盤を支える本流的ライン

1978年に始まったコム デ ギャルソン最初のメンズラインで、主線の発想をクラシックなメンズウェアへ接続する基盤として運営される。Homme Plusほど概念を前面に出さず、Hom

1978年に始まったコム デ ギャルソン最初のメンズラインで、主線の発想をクラシックなメンズウェアへ接続する基盤として運営される。Homme Plusほど概念を前面に出さず、Homme DeuxやSHIRTとともにメンズの実用域を支える。

1981 サブライン
robe de chambre COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

Comme Comme前身の旧女性ライン。

1981年に始動したウィメンズ向けの初期派生で、ホームウェア由来の名称を持ち、当初は室内着の発想から始まってその後は外出着へ範囲を広げた。COMME des GARÇONSのウィメ

1981年に始動したウィメンズ向けの初期派生で、ホームウェア由来の名称を持ち、当初は室内着の発想から始まってその後は外出着へ範囲を広げた。COMME des GARÇONSのウィメンズ構成を支えた歴史的なラインで、2004年秋冬で終了し、2005年春夏にCOMME des GARÇONS COMME des GARÇONSへ統合されたため、現在はその前身ラインとして位置付けられる。同系統のComme Commeの基層にもあたる。

1981 サブライン
tao
アパレル・洋服

tricot系譜を継ぐ日常的なウィメンズ線

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受けた栗原たおのウィメンズラインで、ニット中心の編集を引き継ぎながら2022年にTaoへ改称して継続している。Commeのウ

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受けた栗原たおのウィメンズラインで、ニット中心の編集を引き継ぎながら2022年にTaoへ改称して継続している。Commeのウィメンズ群の中では、日常着として取り入れやすい女性服を担う。

1981 サブライン
tricot COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

Taoへ継がれたニット専業の前史

1981年に始まったニット専業のウィメンズラインで、単一の素材領域を深く掘るために設けられた。後に栗原たおが主導し、現在はTaoへ受け継がれているため、Commeのウィメンズ日常着

1981年に始まったニット専業のウィメンズラインで、単一の素材領域を深く掘るために設けられた。後に栗原たおが主導し、現在はTaoへ受け継がれているため、Commeのウィメンズ日常着を支えた前史として位置付けられる。

1984 サブライン
COMME des GARÇONS HOMME PLUS
アパレル・洋服

メンズの概念核となる中核ライン

1984年に始まったCommeのメンズ中核で、スーツやテーラリングの規範を解体して再構築するライン。パリで毎シーズン発表され、グループの中では最も概念性が強く、他のメンズ派生に指標

1984年に始まったCommeのメンズ中核で、スーツやテーラリングの規範を解体して再構築するライン。パリで毎シーズン発表され、グループの中では最も概念性が強く、他のメンズ派生に指標を与える位置にある。

1987 サブライン
COMME des GARÇONS HOMME DEUX
アパレル・洋服

フォーマルを日常化するメンズ派生

1987年に始まった、ビジネスやフォーマルのコードを参照するメンズ派生ライン。スーツやジャケットを軸にしながら仕立てや比率にずらしを入れ、Homme Plusの実験性と区別された日

1987年に始まった、ビジネスやフォーマルのコードを参照するメンズ派生ライン。スーツやジャケットを軸にしながら仕立てや比率にずらしを入れ、Homme Plusの実験性と区別された日常のフォーマル領域を担う。

1988 サブライン
COMME des GARÇONS SHIRT
アパレル・洋服

日常向けに広げるシャツ派生ライン

SHIRTの実験性をより広い日常へ翻訳する編集軸で、パッチワーク、プリント、再構成などを通じてシャツやトップスを再解釈する。SHIRT FOREVERの継続供給と連動しながら、グル

SHIRTの実験性をより広い日常へ翻訳する編集軸で、パッチワーク、プリント、再構成などを通じてシャツやトップスを再解釈する。SHIRT FOREVERの継続供給と連動しながら、グループのトップス提案を厚くする役割を持つ。

1988 サブライン
Comme des Garçons SHIRT
アパレル・洋服

シャツ中心の本線を担う中核ライン

1988年に始まったシャツ中心の拡張ラインで、単一のシャツというフォーマットからブランドの構築的発想を展開する。Homme Plusより近く、Homme Deuxより軽い位置に置か

1988年に始まったシャツ中心の拡張ラインで、単一のシャツというフォーマットからブランドの構築的発想を展開する。Homme Plusより近く、Homme Deuxより軽い位置に置かれ、主線の実験性を日常のシャツへ橋渡しする役割を持つ。

1992 サブライン
JUNYA WATANABE
アパレル・洋服

素材実験を担う独立デザイナーズライン

渡辺淳弥がComme des Garçonsの中で自ら名義を立てた独立ラインで、1992年にウィメンズ、2005年にメンズへ拡張した。川久保玲のもとで培った構成実験を継ぎつつ、素材

渡辺淳弥がComme des Garçonsの中で自ら名義を立てた独立ラインで、1992年にウィメンズ、2005年にメンズへ拡張した。川久保玲のもとで培った構成実験を継ぎつつ、素材研究やコラボレーションを自分の視点で積み上げる中核派生である。

1992 サブライン
JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

渡辺淳弥の独立デザイナーズライン

渡辺淳弥の同名ラインをComme des Garçonsの正式表記で示した項目で、1992年のウィメンズ開始と2005年のメンズ拡張を束ねる。主線とは別の視点から素材実験と構成の検

渡辺淳弥の同名ラインをComme des Garçonsの正式表記で示した項目で、1992年のウィメンズ開始と2005年のメンズ拡張を束ねる。主線とは別の視点から素材実験と構成の検証を進める、独立性の高い中核ブランドである。

1993 サブライン
COMME des GARÇONS COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

主線を日常へ翻訳するウィメンズ補完線

メインの発想をより日常的で着やすい女性服へ移すために設けられた派生ラインで、旧Robe de Chambreの系譜を吸収しながら簡潔なワードローブ編集を続けてきた。主線の実験性を別

メインの発想をより日常的で着やすい女性服へ移すために設けられた派生ラインで、旧Robe de Chambreの系譜を吸収しながら簡潔なワードローブ編集を続けてきた。主線の実験性を別の入口に変える、ウィメンズ群の補完線である。

1993 サブライン
COMME des GARÇONS PARFUMS
フレグランス / 香水

服以外でブランドを拡張する香水部門

1994年に始まったフレグランス部門で、衣服以外の領域にCommeの発想を広げるために設けられた。香りやパッケージの実験性を通じて、服とは別の方法でブランドの解釈を提示し、アクセサ

1994年に始まったフレグランス部門で、衣服以外の領域にCommeの発想を広げるために設けられた。香りやパッケージの実験性を通じて、服とは別の方法でブランドの解釈を提示し、アクセサリー的な接点も担う。

1994 サブライン
COMME des GARÇONS WALLETS
アクセサリー

小物領域でブランドを補完するライン

1980年代初頭から続くスモールレザーグッズのラインで、財布を中心にカードケースやポーチへ領域を広げてきた。ウェアラインの記号性を小物へ移し替え、日常の持ち物の中でCommeの識別

1980年代初頭から続くスモールレザーグッズのラインで、財布を中心にカードケースやポーチへ領域を広げてきた。ウェアラインの記号性を小物へ移し替え、日常の持ち物の中でCommeの識別性を担う補完役となっている。

2001 サブライン
JUNYA WATANABE MAN
アパレル・洋服

ワークと実用性を軸にしたメンズ本線

Junya Watanabeのメンズ本線で、ワークウェアやクラシックな服を題材に、特定の時代・素材・参照元を掘り下げる編集を行う。Junyaのウィメンズより日常着としての実用性が強

Junya Watanabeのメンズ本線で、ワークウェアやクラシックな服を題材に、特定の時代・素材・参照元を掘り下げる編集を行う。Junyaのウィメンズより日常着としての実用性が強く、eYeのコラボ機能を含めてメンズ群の幅を広げてきた。

2002 サブライン
PLAY COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

ブランドの入口となる普及ライン

2002年に始まった普及ラインで、ハートのロゴをアイコンに、Tシャツやカーディガンなどベーシックを中心に展開する。Commeの入口として機能し、広い流通を通じてブランド認知を支える

2002年に始まった普及ラインで、ハートのロゴをアイコンに、Tシャツやカーディガンなどベーシックを中心に展開する。Commeの入口として機能し、広い流通を通じてブランド認知を支える位置付けにある。

2005 サブライン
COMME des GARÇONS HOMME PLUS EVERGREEN
アパレル・洋服

過去作を再編集するアーカイブ派生

HOMME PLUSの過去シーズン作を再編集するために設けられたアーカイブ派生で、素材替えや色替えなどの小変更を加えながら再提案する仕組みだった。新作の中核ではなく、過去作を現在の

HOMME PLUSの過去シーズン作を再編集するために設けられたアーカイブ派生で、素材替えや色替えなどの小変更を加えながら再提案する仕組みだった。新作の中核ではなく、過去作を現在の流通へつなぐ役割を担い、後に終了した。

2005 表示中
TAO COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

tricot系譜を継ぐ栗原たおの継承線

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受ける栗原たおのウィメンズラインを、Commeの正式表記込みで示した項目。ニットを起点にしたtricotの編集を引き継ぎつつ

tricot COMME des GARÇONSの系譜を受ける栗原たおのウィメンズラインを、Commeの正式表記込みで示した項目。ニットを起点にしたtricotの編集を引き継ぎつつ、名称をTaoへ移しながら日常着寄りの女性服を継続している。

2005 サブライン
eYe JUNYA WATANABE MAN
アパレル・洋服

コラボ専用の拡張機能を担うライン

JUNYA WATANABE MANから分化したコラボレーション中心のラインで、New BalanceやThe North Face、Levi’sなどとの共同制作を担ってきた。近年

JUNYA WATANABE MANから分化したコラボレーション中心のラインで、New BalanceやThe North Face、Levi’sなどとの共同制作を担ってきた。近年は単独表記よりMAN側に吸収される形で扱われ、拡張機能としての役割が前面にある。

2007 サブライン
GANRYU
アパレル・洋服

ストリート寄りの実験メンズ派生

2007年にFumito GanryuがComme des Garçons傘下で始めたメンズラインで、ストリートやカジュアルを軸に、遊びのあるプロポーションと実用性を両立させていた

2007年にFumito GanryuがComme des Garçons傘下で始めたメンズラインで、ストリートやカジュアルを軸に、遊びのあるプロポーションと実用性を両立させていた。2017年までCDGで展開し、その後は独立名義へ移行した。

2007 サブライン
Ganryu Comme Des Garcons
アパレル・洋服

GANRYUのCDG期を示す歴史表記

GANRYUのComme des Garçons期を示す表記として扱われる項目で、Fumito Ganryuが傘下で展開したストリート寄りのメンズ提案を指す。2017年までCDGで

GANRYUのComme des Garçons期を示す表記として扱われる項目で、Fumito Ganryuが傘下で展開したストリート寄りのメンズ提案を指す。2017年までCDGで展開された後は独立名義へ移行しており、歴史的なブランド表記として位置付けられる。

2008 サブライン
COMME des GARÇONS SHIRT FOREVER
アパレル・洋服

定番シャツを継続供給する補完ライン

Comme des Garçons SHIRTの中で、定番のシャツを継続的に扱うために編集された派生項目。シーズンごとの提案とは切り分けて、長く使う基本形を軸に流通させ、Homme

Comme des Garçons SHIRTの中で、定番のシャツを継続的に扱うために編集された派生項目。シーズンごとの提案とは切り分けて、長く使う基本形を軸に流通させ、Homme Plusの実験性とSHIRT本線の間で日常的なシャツ需要を支える。

2009 サブライン
BLACK COMME des GARÇONS
アパレル・洋服

黒基調で日常着を広げる派生ライン

2009年に始まった黒基調の派生ラインで、景気低迷期の中で日常のワードローブを簡潔に提示するために設けられた。プレーンな黒を軸に据えながら、専用店舗や売り場で流通し、メインの世界観

2009年に始まった黒基調の派生ラインで、景気低迷期の中で日常のワードローブを簡潔に提示するために設けられた。プレーンな黒を軸に据えながら、専用店舗や売り場で流通し、メインの世界観を別の入口から広げる。

2010 サブライン
COMME des GARÇONS SHIRT GIRL
アパレル・洋服

SHIRT派生の旧ウィメンズライン。

COMME des GARÇONS SHIRTのウィメンズ側の派生として展開され、販売情報ではSHIRT GIRLの表記が確認できる。SHIRTのシャツ中心の文脈を保ちながら女性向

COMME des GARÇONS SHIRTのウィメンズ側の派生として展開され、販売情報ではSHIRT GIRLの表記が確認できる。SHIRTのシャツ中心の文脈を保ちながら女性向けの区分として整理され、2015年春夏にはそのラインナップを拡充する形でCOMME des GARÇONS GIRLが始動した。SHIRT GIRLはその前身にあたる歴史的な派生ラインとして位置付けられる。

2012 サブライン
noir kei ninomiya
アパレル・洋服

黒白と技法精度を追求するウィメンズ線

2008年にCommeに入った後、2012年に立ち上がったウィメンズライン。黒と白を軸に、レーザーカットや金属などの精緻な技法で構成し、川久保玲の系譜を受けつつ技法の密度を際立たせ

2008年にCommeに入った後、2012年に立ち上がったウィメンズライン。黒と白を軸に、レーザーカットや金属などの精緻な技法で構成し、川久保玲の系譜を受けつつ技法の密度を際立たせる。

2015 サブライン
COMME des GARÇONS GIRL
アパレル・洋服

制服要素で女性向けに寄せた派生線

主ラインの構築的な発想を、スクールユニフォームやピーターパンカラー、フリルやプリーツの要素で女性向けに組み替えた派生ライン。Commeの造形性を保ちながら、若い女性像を前提にした編

主ラインの構築的な発想を、スクールユニフォームやピーターパンカラー、フリルやプリーツの要素で女性向けに組み替えた派生ライン。Commeの造形性を保ちながら、若い女性像を前提にした編集を担い、他のウィメンズ派生の中ではより柔らかい入口を作る。

2015 サブライン
COMME des GARÇONS SHIRT BOYS
アパレル・洋服

SHIRT派生の若年メンズライン。

COMME des GARÇONS SHIRTから派生したBOYS名義のラインで、SHIRT本体のシャツを軸にした構成を保ちながら、若年層向けの区分として展開された。外部の販売資料

COMME des GARÇONS SHIRTから派生したBOYS名義のラインで、SHIRT本体のシャツを軸にした構成を保ちながら、若年層向けの区分として展開された。外部の販売資料やコレクション記録では単独表記で確認でき、2019年春夏のコレクション記録も残る。店頭や通販でもBOYSを冠した独立したコレクション名として扱われ、SHIRT系の派生線の一つとして整理される。

関連する人物

このブランドや関連ラインに関わる人物を掲載しています。

メインラインやサブラインに関わる人物を掲載しています。

クリエイティブ・ディレクター クリスチャン・アストゥグヴィエイユについて
クリスチャン・アストゥグヴィエイユについて

フランス出身のアーティスト/デザイナー、コム デ ギャルソン パフュームのクリエイティブディレクター。

Christian Astuguevieille(クリスチャン・アストゥグヴィエイユ、1946年10月22日 - 2026年2月13日)は、フランス・パリ出身のマルチ分野のアーティスト兼デザイナー、香水のクリエイティブディレクターです。家具、ジュエリー、彫刻、テキスタイル、オブジェ、香りなど五感に働きかける作品群を手がけ、素材の手触りや包む仕立てを重視したロープ巻きの造形や詩的なオブジェで知られます。1977年にはポンピドゥー・センターで子ども向けワークショップを担当し、1989年の家具個展で広く注目されました。香水分野ではモリナールやロシャス、ニナ・リッチでの活動を経て、1993年に川久保玲とともにコム デ ギャルソンの香水ラインを立ち上げ、以後クリエイティブ・ディレクターとして日常や工業的な匂いを取り入れる“アンチパフューム”の思想を推し進め、OdeurシリーズやConcreteなどで従来の香水表現を刷新しました。

フランス出身のアーティスト/デザイナー、コム デ ギャルソン パフュームのクリエイティブディレクター。

関連ブランド

丸龍 文人

マルリュウ フミト

デザイナー 丸龍 文人について
丸龍 文人について

ファッションデザイナー/ブランド「FUMITO GANRYU」クリエイティブディレクター、元COMME des GARÇONSのパタンナー。

丸龍文人(Fumito Ganryu)は1976年生まれ、福岡出身のファッションデザイナーで、精緻なパターンワークを基盤にした服作りで知られています。文化服装学院を卒業後、2004年にコム・デ・ギャルソンでジュンヤ・ワタナベのもとパタンナーとして経験を積み、2007年に同グループ内で自身のライン「GANRYU」を立ち上げました。GANRYUではストリートやワークの要素を構築的に再解釈し、性別に依らない“ニュートラル”なシルエットを提示して支持を集めました。GANRYUは2017年に終了しましたが、2018年に独立ブランド『FUMITO GANRYU』を設立し、2019年ピッティ・ウオモでの発表を機に国際舞台へ復帰。都市と自然の共存や“ゼロ/リン”といった概念を軸に、伝統的な染織と現代的な機能素材を併用した実用的で詩的なコレクションを季節ごとに発表しています。

ファッションデザイナー/ブランド「FUMITO GANRYU」クリエイティブディレクター、元COMME des GARÇONSのパタンナー。

関連ブランド

二宮 啓

ニノミヤ ケイ

デザイナー 二宮 啓について
二宮 啓について

ファッションデザイナー/Noir Kei Ninomiya 創設者・クリエイティブディレクター(コム・デ・ギャルソン系列)

二宮啓(Kei Ninomiya、1984年生まれ、大分県出身)は日本のファッションデザイナーで、Noir Kei Ninomiyaの創設者兼クリエイティブディレクターである。青山学院大学でフランス文学を学んだのちアントワープ王立芸術アカデミーでファッションを学び、2008年にコム・デ・ギャルソンに入社してパタンナーとしてキャリアを積んだ。2012年に同社の傘下で自身のラインを立ち上げ、黒を基軸にした繊細かつ建築的な造形、レーザーカットや小さなモジュールを反復して組み立てる独自の技法で知られる。縫い目を極力減らす構築的なプロセスと職人技を融合させる作風は国内外で評価され、MonclerやReebokなどとのコラボレーションやドーバー・ストリート・マーケットなどのセレクトショップでの取り扱いを通じて広く認知されている。

ファッションデザイナー/Noir Kei Ninomiya 創設者・クリエイティブディレクター(コム・デ・ギャルソン系列)

関連ブランド

川久保 玲

カワクボ レイ

デザイナー 川久保 玲について
川久保 玲について

1969年に東京でCOMME des GARÇONSを開始。1981年以降パリで発表し、脱構築的な造形と言語化しにくい美意識でブランド全体のクリエイティブを現在も統括するデザイナー。

1969年に東京でCOMME des GARÇONSを開始。1981年以降パリで発表し、脱構築的な造形と言語化しにくい美意識でブランド全体のクリエイティブを現在も統括するデザイナー。

1969年に東京でCOMME des GARÇONSを開始。1981年以降パリで発表し、脱構築的な造形と言語化しにくい美意識でブランド全体のクリエイティブを現在も統括するデザイナー。

関連ブランド

栗原 たお

クリハラ タオ

2ブランド
デザイナー 栗原 たおについて
栗原 たおについて

ファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下のブランド「TAO(旧トリコ)」を主導するデザイナー。

栗原たお(Tao Kurihara)は日本出身のファッションデザイナーで、手仕事的なディテールとフェミニンな装いの再解釈を得意とする。1973年生まれで、ロンドンのセント・マーチンズで学んだ後に1998年にコム デ ギャルソンに入社した。2002年にトリコ・コム デ ギャルソンのデザイナーに抜擢され、2005年秋冬には自身の名を冠した「TAO COMME des GARÇONS」をパリで発表(同ラインは2011年春夏まで継続)。ニットやパッチワーク、布の再構成、細やかな刺繍やボタン使いなどディテールへのこだわりを持ち、素朴で牧歌的なフェミニンさと日常性を両立させる服作りが特徴である。コム デ ギャルソン本社のショールームで発表されるコレクションは国内外で注目を集め、近年はトリコのブランド名が「TAO」として改められ、同ブランドを率いるデザイナーとして活動を続けている。

ファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下のブランド「TAO(旧トリコ)」を主導するデザイナー。

渡辺 淳弥

ワタナベ ジュンヤ

4ブランド
デザイン・ディレクター / デザイナー 渡辺 淳弥について
渡辺 淳弥について

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

渡辺淳弥(Junya Watanabe)は、精緻なパターンワークと素材実験を基盤に独自の服作りを続ける日本のファッションデザイナーである。1961年に福島県で生まれ、文化服装学院で学んだのち1984年にコム デ ギャルソンに入社してレイ・カワクボに師事した。1990年代初頭に自身の名を冠するラインを立ち上げ、パリ・コレクションでワークウェアやデニム、パッチワーク、ハイテク素材を掛け合わせた「テクノクチュール」的な表現を提示してきた。リーバイスやザ・ノース・フェイス、ニューバランスなどとのコラボレーションを通じて国際的な影響力を持ち、控えめな公的人柄と職人性の高さも特徴である。

精密なパターンワークと素材研究を軸に活動するファッションデザイナー。コム デ ギャルソン傘下でウィメンズ/メンズ両ラインを主宰。

田中 啓一

タナカ ケイイチ

1990 - 2003
デザイナー 田中 啓一について
田中 啓一について

1990年に COMME des GARÇONS HOMME(コムデギャルソン オム)のデザイナーとして13年間活躍。伝統を尊重しつつモダンな要素を取り入れるデザインで評価を受け、田中氏の時...

1990年に COMME des GARÇONS HOMME(コムデギャルソン オム)のデザイナーとして13年間活躍。伝統を尊重しつつモダンな要素を取り入れるデザインで評価を受け、田中氏の時代の独自性の高さから「田中オム」と呼ばれる。その後、コムデギャルソン退社後の2010年に自身のブランド「KONTRAPUNKT(コントラプンクト)」を設立。現在は教育にも携わるなど幅広く活動している。

1990年に COMME des GARÇONS HOMME(コムデギャルソン オム)のデザイナーとして13年間活躍。伝統を尊重しつつモダンな要素を取り入れるデザインで評価を受け、田中氏の時...

関連ブランド

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