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ナンニ・ストラーダ

Nanni Strada

ミラノを拠点に、衣服の構造設計と素材開発を手がけるイタリアのファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター

ナンニ・ストラーダについて

ナンニ・ストラーダは、ミラノを拠点に活動するイタリアのファッションデザイナー、クリエイティブ・ディレクター。衣服を既成の仕立てや流行から切り離し、身体、素材、製造技術を統合するデザインとして捉えてきた人物である。1960年代からファッション産業に関わり、フィオルッチ、ミッソーニ、ラ・ペルラ、エルメネジルド・ゼニア、マックスマーラ、スポーツマックスなどの企業やブランドと協働。直線的な裁断、幾何学的なフォルム、無縫製の構造、伸縮性や圧縮性を備えた素材の活用を通じて、身体の動きと生産工程を同時に考える服づくりを展開した。1970年代には、衣服を建築や工業デザインに近い構造体として考察し、単一サイズの衣服やチューブ状のニットウェア、縫い目を持たない衣服を発表。クレーノ・カステッリと取り組んだ「マントと皮膚」の研究は、衣服の形態と製造方法を問い直す代表的な仕事となり、1979年にはコンパッソ・ドーロを受賞した。旅行用に圧縮できる衣服や、スポーツウェア、アクセサリー、日用品にまで領域を広げ、ファッションを横断的な設計文化として提示。国際的な展覧会で作品が紹介される一方、デザイン教育や講演、ワークショップにも携わり、イタリアのファッションデザインに技術革新とプロジェクト思考を導入した先駆者として位置づけられる。

キャリアタイムライン

ナンニ・ストラーダとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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ブランド / 役職
70
Sportmax クリエイティブ・ディレクター 1970 - 終了時期不明

経歴

1960年代にファッションの世界で活動を始め、アヴォン・チェッリ、ミッソーニ、フィオルッチ、カデットなどの企業と協働。1966年にはフィオルッチのためにプラスチック製サンダルや射出成形による靴を手がけ、1967年にはカデットから自身のコレクションを発表した。その後、ラ・ペラの水着、ミッソーニやアヴォン・チェッリのニット、ドロミテのアウトドアウェア、エルメネジルド・ゼニアのアンダーウェア、スポーツマックスのコレクションなど、衣服の多様な分野で設計と素材開発に携わった。1970年代には、東洋の衣服研究を起点に、仕立ての慣習に依存しない幾何学的な衣服の構成を探究。1973年、クレーノ・カステッリとともに「マントと皮膚」を発表し、1974年には靴下編み機を用いた無縫製の衣服を実現した。この研究は1979年のコンパッソ・ドーロ受賞につながり、衣服を身体に合わせた建築として捉えるストラーダの方法論を広く示す契機となった。1980年代には「トルション」など圧縮可能な旅行用衣服を開発し、1986年にナンニ・ストラーダ・デザイン・スタジオを設立。以後は日本、ポルトガル、中国、旧ソ連などでもファッション、アクセサリー、スポーツウェア、プロダクトのデザインを展開した。1990年代からは大学やデザインスクールで教育活動を行い、1999年にはミラノ工科大学デザイン学部でファッションデザインのラボを開設。作品は欧米やアジアの主要な美術館・デザイン施設で紹介され、展覧会、出版、講演、ワークショップを通じて、ファッションを技術と文化を横断する設計領域として提示してきた。

Sportmaxとの関わり

1970 - 終了時期不明
クリエイティブ・ディレクター
Nanni Stradaは、SportmaxがMax Maraグループ内で独自の方向性を確立していく創成期に、ブランドの美学とビジョンの形成を担った主要デザイナーの一人。1970年代のSportmaxは、Max Mara本線が築いてきた端正で実用的なワードローブを基盤としながら、より若々しく、実験的で、身体の動きに寄り添うラインとして発展していった。ストラーダはJean-Charles de Castelbajacと並び、その初期イメージを形づくった人物としてブランド史に位置づけられる。担当したのは、単一のアイテムや一時的な企画に限られず、Sportmaxを本線とは異なる感性で見せるためのシルエット、素材感、スポーツウェアに通じる軽快さ、自由なムードの方向づけ。既存のMax Mara的な仕立てや機能性をそのまま踏襲するのではなく、より動的で開放的な表現へと再編集し、Sportmaxの実験性を支える初期の基盤を築いたと考えられる。公開資料では、単独で長期にわたり全体を率いた正式なクリエイティブ・ディレクターとしての詳細な在任記録や担当範囲は明確ではない。そのため、ストラーダはSportmaxの創成期における美学形成者、ブランドの初期ヴィジョンを担ったクリエイティブ人材として捉えるのが適切。後年のデザイナー交代を経ても、Sportmaxが持つ若々しさや可動性、既成概念にとらわれない服づくりの出発点に関わった存在として残る関係

在任期

1970年代のSportmax創成期を中心に、ブランドの美学と方向性の形成に関与。Jean-Charles de Castelbajacとともに初期のビジョンを形づくった人物として記録されるが、正式な就任時期、退任時期、単独での担当期間については資料上の詳細が限られる。後続の1980年代以降はGuy PaulinやGrazia Malagoliらへ主担当が移る流れのなかで、初期形成を担ったデザイナーとして位置づけられる

影響

SportmaxをMax Mara本線とは異なる、より実験的で若々しいラインとして見せるための初期基盤を形成。スポーツウェアに通じる軽快さや自由なムード、動きのあるシルエットをブランドの美学に結びつけ、Sportmaxの独立した個性を方向づけた点に意義がある。ただし、具体的なコレクション名や個別商品の功績まで裏づける公開情報は限られる