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Sportmax

スポーツマックス

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Sportmaxとは

キャッチコピー

Femininity continues to be the core of the brand.
スポーツマックスは、1969年にアキーレ・マラモッティが設立したイタリアのウィメンズブランド。テーラリング、生地の実験、ワードローブ同士のミックス&マッチを軸に、米国のスポーツウェアやスウィンギング・ロンドンの自由な感性から着想を得た、現代的で洗練されたスタイルを展開する。ドレスやジャケットなどのレディ・トゥ・ウェアを中心に、バッグなどのアクセサリーもラインナップする。

コンセプト

Sportmax was founded by Achille Maramotti on the principles of tailoring, experimentation of fabrics and wardrobe-coordinated mix and matching.

関連ブランド

親ブランドやサブラインを創業順で掲載しています

関連ブランド一覧 (1)
グループ
Sportmaxグループ
関連ブランド
1件
創業年
1999
1999 サブライン
Sportmax Code
アパレル・洋服

日常性を強めた派生の普及ライン

関連する人物

このブランドや関連ラインに関わる人物を掲載しています。

このブランドに関わる人物

クリエイションやブランドの方向性に関わった人物を掲載しています。

1969 - 終了時期不明
クリエイティブ・ディレクター リゾン・ボンフィスについて
リゾン・ボンフィスについて

フランス人モデル出身のスタイリスト/デザイナー。フランスとイタリアのブランドを横断したクリエイティブ・ディレクター

リゾン・ボンフィスは、フランスを拠点にモデル、ファッションエディター、スタイリスト、デザイナーとして活動したファッション人物。17歳でディオールのモデルとしてキャリアを始め、1958年からフランスの『エル』でモード記事を手がけた後、フランスとイタリアを横断して活動領域を広げた。1969年に創設されたスポーツマックスでは、ブランド立ち上げ期のクリエイティブ・ディレクションを担い、トレンドを見極め、デザインチームへ落とし込む役割を果たした。マックスマーラ、プレナタール、ベネトンなどのコレクションにも携わり、ベネトンとは長期にわたって協働した人物。服のデザインだけでなく、素材、ニット、スタイリング、編集的な視点を横断して企画を組み立てる実務型のクリエイターとして、フランスとイタリアのファッションをつないだ存在でもある。アズディン・アライアとはニット開発やイタリアのニット工場との協業を支え、素材の選択と技術的な実現を媒介した。モデルとしての身体感覚、編集者としての情報収集力、企業ブランドを動かすディレクション能力を併せ持ち、デザイナー個人の作家性だけに依存しないチーム型の制作体制を先取りした人物として位置づけられる。

フランス人モデル出身のスタイリスト/デザイナー。フランスとイタリアのブランドを横断したクリエイティブ・ディレクター

1970 - 終了時期不明
クリエイティブ・ディレクター ナンニ・ストラーダについて
ナンニ・ストラーダについて

ミラノを拠点に、衣服の構造設計と素材開発を手がけるイタリアのファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター

ナンニ・ストラーダは、ミラノを拠点に活動するイタリアのファッションデザイナー、クリエイティブ・ディレクター。衣服を既成の仕立てや流行から切り離し、身体、素材、製造技術を統合するデザインとして捉えてきた人物である。1960年代からファッション産業に関わり、フィオルッチ、ミッソーニ、ラ・ペルラ、エルメネジルド・ゼニア、マックスマーラ、スポーツマックスなどの企業やブランドと協働。直線的な裁断、幾何学的なフォルム、無縫製の構造、伸縮性や圧縮性を備えた素材の活用を通じて、身体の動きと生産工程を同時に考える服づくりを展開した。1970年代には、衣服を建築や工業デザインに近い構造体として考察し、単一サイズの衣服やチューブ状のニットウェア、縫い目を持たない衣服を発表。クレーノ・カステッリと取り組んだ「マントと皮膚」の研究は、衣服の形態と製造方法を問い直す代表的な仕事となり、1979年にはコンパッソ・ドーロを受賞した。旅行用に圧縮できる衣服や、スポーツウェア、アクセサリー、日用品にまで領域を広げ、ファッションを横断的な設計文化として提示。国際的な展覧会で作品が紹介される一方、デザイン教育や講演、ワークショップにも携わり、イタリアのファッションデザインに技術革新とプロジェクト思考を導入した先駆者として位置づけられる。

ミラノを拠点に、衣服の構造設計と素材開発を手がけるイタリアのファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター

1979 - 1983
クリエイティブ・ディレクター ラウラ・ルスアルディについて
ラウラ・ルスアルディについて

イタリアを拠点にMax Maraのデザインとアーカイブを支えるデザインディレクター、Max Mara Atelier統括者

イタリア・グアスタッラ出身のファッションディレクター、デザイン責任者。1964年または1965年にMax Maraのデザインチームへ入り、アシスタントからスタイル統括へと役割を広げながら、同ブランドの匿名的なクリエイティブ体制を長期にわたり支えてきた中核人物。Max Mara本線では、流行性よりもコートの構築、素材、シルエット、着用時の実用性を重視する設計思想を担い、ブランドのアーカイブやサンプル、リサーチの蓄積にも深く関与。Sportmaxの創設期には初期の美学形成にも携わり、グループ内で異なるラインの方向性を整理する役割を果たした。2003年に始動したBAI Max Maraのアーカイブ活動では、企業史と創作をつなぐ資料保存・継承の基盤づくりにも貢献。2009年に発足したMax Mara Atelierでは、コートに特化した高密度な試作とラグジュアリー表現を主導し、伝統的な外套文化を現代的かつクチュール的に再編集している。近年はデザインディレクター・エメリタス、ファッションコーディネーターなどの肩書きで紹介される一方、Max Maraの歴史、技術、アーカイブを結び付けるブランドの見えない設計者として活動を続ける存在

イタリアを拠点にMax Maraのデザインとアーカイブを支えるデザインディレクター、Max Mara Atelier統括者

1983 - 現在
クリエイティブ・ディレクター グラツィア・マラゴリについて
グラツィア・マラゴリについて

イタリアのファッションデザイナー、Sportmaxクリエイティブ・ディレクター

イタリア・レッジョ・エミリアにルーツを持つファッションデザイナー。Sportmaxのクリエイティブ・ディレクターとして、若い世代に向けた革新的なレディスウェアの方向性を長年にわたり担ってきた人物。1979年にMax Maraへ入り、当初はSportmaxのファッションディレクターだったローラ・ルスアルディのもとで経験を積み、数年後にはコレクションを単独で率いる立場へ移行した。以来、テーラリングを基盤に、シルエット、素材、構築、色彩の実験を重ねながら、Sportmaxの現代的なイメージを形成。若手デザイナーと協働し、自由な発想やリサーチを実用性のある既製服へと編集する役割も特徴とする。歴史的な服飾、彫刻、音楽、現代美術などを着想源に、構築的なジャケットやコート、細長いライン、流動的なドレープ、フェミニンな要素と機能性の対比を展開。単独の作家性を前面に出すのではなく、チームの創造性とブランドの継続性を結びつける長期的なディレクションに強みを持つ。

イタリアのファッションデザイナー、Sportmaxクリエイティブ・ディレクター

時期不明
クリエイティブ・ディレクター オディール・ランソンについて
オディール・ランソンについて

フランスのプレタポルテデザイナー。Sportmaxのクリエイティブを担い、自身のブランドも展開

フランスのファッションデザイナー、オディール・ランソン。1949年生まれとされ、トレンド分析会社Promostylでの経験を経て、イタリアのMax Maraグループに参加し、若々しく実験的なラインとして展開されたSportmaxのデザインを担った人物の一人。1984年には自身の名を冠したフランスのプレタポルテブランドを設立し、女性向けのテーラードスーツやセットアップを中心に発表した。淡いパステルカラー、リネンやウールクレープなどの自然素材、身体を過度に強調しない端正なシルエットを特徴とし、実用性と女性らしい柔らかさを両立させた服作りで知られる。1980年代から1990年代にかけては、パリ発のデザイナーズブランドとしてコレクションを展開し、Vogueのパターンにもデザインが採用された。2000年代にはフランスの老舗ブランドRodierの再構築にも関わり、現代的な女性像に向けた商品開発を担った。個人名を前面に出すよりも、素材や仕立て、着用時の調和を重視するフランス的な既製服の作り手として、1980年代以降の欧州ファッション史に位置づけられる存在。

フランスのプレタポルテデザイナー。Sportmaxのクリエイティブを担い、自身のブランドも展開

時期不明
デザイナー ギー・ポーランについて
ギー・ポーランについて

フランス・パリを拠点に活動したプレタポルテおよびニットウェアのデザイナー

ギー・ポーランは、フランス・ロレーヌ地方出身で、パリを主な活動拠点としたプレタポルテデザイナー。1970年代から1990年にかけて、ニットウェアを軸に女性の日常着を現代化した人物として知られる。特にフィッシュネット状の編み地、シルクやコットンジャージーのバイアスカット、柔らかな色調、身体の動きを妨げない穏やかなシルエットを得意とし、過度な装飾や誇張に頼らない、静かで実用的なフェミニニティを提示した。クラシックなアメリカンスポーツウェアにも通じる簡潔な線と、フランス的な仕立ての感覚を組み合わせた作風は、1970年代の若い女性向けファッションに新しい選択肢をもたらした。自身の名を冠したブランドに加え、Dorothée Bis、Paraphernalia、Byblos、Sportmaxなど複数のプレタポルテに関わり、1984年から1986年にはChloéのデザイナーを務めた。1980年代後半には再び自社ブランドを率い、日常性と洗練を両立させる服作りを継続。1990年6月にパリで死去した後も、ニットと柔らかな構築性を結びつけた先駆的な仕事が、フランスのプレタポルテ史における重要な位置を占めている。

フランス・パリを拠点に活動したプレタポルテおよびニットウェアのデザイナー

時期不明
クリエイティブ・ディレクター ジャン=シャルル・ド・カステルバジャックについて
ジャン=シャルル・ド・カステルバジャックについて

フランス・パリを拠点に、ファッション、アート、デザインを横断するデザイナー/クリエイティブ・ディレクター

フランス・パリを拠点に活動するファッションデザイナー、アーティスト、デザイナー。1949年にカサブランカで生まれ、1960年代末から衣服を起点に絵画、ドローイング、家具、空間演出、舞台衣装、広告、ストリートアートへ表現領域を広げてきた。毛布やモップなど既成の用途を離れた素材を衣服に転用し、アップサイクルの先駆的な実践として注目を集めたほか、原色、ポップアート、子どもの想像力、歴史的モチーフを取り込んだ大胆なデザインで知られる。衣服に絵画や漫画的な図像を直接描き込む手法、アーティストやミュージシャンとの協働、ファッションと現代美術を横断する展示やパフォーマンスを通じ、デザイナーの役割を拡張してきた人物。自らの名を冠したメゾンを設立し、Sportmax、Iceberg、Courrèges、Benettonなどの活動にも関わりながら、展覧会、公共空間の壁画、家具・陶磁器、宗教美術へ制作を展開。2024年にはノートルダム大聖堂再開に向けた典礼服と装飾品を手がけ、2025年末から2026年にかけてトゥールーズのレ・ザバトワールで大規模回顧展が開催されるなど、現在もファッションを核に複数分野を横断する創作を続ける。

フランス・パリを拠点に、ファッション、アート、デザインを横断するデザイナー/クリエイティブ・ディレクター

デザイナータイムライン

Sportmaxに関わったデザイナーを年単位で横に並べています。

左右にスクロールして確認

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リゾン・ボンフィス クリエイティブ・ディレクター 1969 - 1969頃(推定)
ナンニ・ストラーダ クリエイティブ・ディレクター 1970 - 1978頃(推定)
ナンニ・ストラーダ
ラウラ・ルスアルディ クリエイティブ・ディレクター 1979 - 1983
ラウラ・ルスアルディ
グラツィア・マラゴリ クリエイティブ・ディレクター 1983 - 現在(推定)
グラツィア・マラゴリ

時期不明・開始年不明のデザイナー

ギー・ポーラン

デザイナー

時期不明

時期不明

ジャン=シャルル・ド・カステルバジャック

クリエイティブ・ディレクター

時期不明

時期不明

オディール・ランソン

クリエイティブ・ディレクター

時期不明

時期不明

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Sportmaxのよくある質問

国、読み方、創業年、主な取扱領域などの基本情報を掲載しています。