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ヴィルジニー・ヴィアール

Virginie Viard

フランス 1962 現在

フランス出身のファッションデザイナー/CHANEL元アーティスティック・ディレクター(パリ拠点)

最終更新日: 2026.03.13

ヴィルジニー・ヴィアールについて

フランス出身でパリを拠点とするファッションデザイナー。CHANELのアーティスティック・ディレクターを務め、メゾンのコレクション制作とアトリエ運営を主導した人物。リヨンの専門校で舞台・映画衣装を学び、衣装助手として現場経験を積んだ後、1987年にCHANELのオートクチュール刺繍部門に研修生として参加しアトリエワークを基盤にキャリアを築いた。カール・ラガーフェルドの側近として長年制作を支え、1997年にオートクチュールスタジオの責任者に就任、以降メゾンの複数ラインを統括する立場を担った。2019年にアーティスティック・ディレクターに昇格し、伝統を尊重しつつ着やすさと職人の手仕事を重視するコレクションを展開。2024年6月に退任した。映画衣装のクレジットとして『Three Colours: Blue/White』等がある。

キャリアタイムライン

ヴィルジニー・ヴィアールとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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CHANEL アーティスティック・ディレクター 2019 - 2024

経歴

リヨンの専門校 Le Cours Georges で舞台・映画衣装を専攻し、在学中および卒業後に衣装制作の現場で助手として経験を積んだ。ロンドンでの短期滞在を経てファッションの実務に転じ、アトリエと映像衣装の経験がその後のデザイン実践に影響を与えた経歴を持つ。
映画や舞台の衣装助手として経験を積んだ後、1987年にCHANELのオートクチュール刺繍部門に研修生として入社し、以後アトリエとメゾンの中枢でキャリアを重ねた。ラガーフェルドと行動を共にして一時クロエに同行したのち1997年にシャネルへ復帰、オートクチュールスタジオの責任者として刺繍や縫製の工程管理を担った。2000年前後にはCHANELのクリエイション・スタジオで制作体制を統括し、ラガーフェルドのスケッチを実際の服に仕上げる役割を長年にわたり担った。2019年にアーティスティック・ディレクターに就任してからは、メゾンのコードを継承しつつ着用性や素材・職人技の表現を重視するコレクションを発表。2024年6月の退任まで約5年間コレクション制作を統括した。映画衣装のクレジットには『Three Colours: Blue/White』などが含まれる。

CHANELとの関わり

2019 - 2024

アーティスティック・ディレクター

CHANELのアーティスティック・ディレクター(ファッションコレクション統括)として、ヴィルジニー・ヴィアールは2019年2月19日にカール・ラガーフェルドの死去を受けてコレクションの創作責任を引き継ぎ、2024年6月5日の退任発表までオートクチュール、プレタポルテ、アクセサリーを横断的に統括した。ハウスの象徴的コード(ツイードやキルト、パール等)を継承しながら、服の着心地や日常性、アトリエ/メティエダールの職人技を前面に出すことでこれらを再解釈した。舞台的な見世物性よりも“着る人の生活”に寄り添うワードローブ性を重視し、映画や女優をモチーフにした演出、外部クリエイターやフォトグラファーとの協働を通じてヴィジュアルを再構築した。デザインはスタジオ主導の協働プロセスを基盤に据え、保守的な継承と現代的な再解釈を併存させる方向性を提示したが、ラガーフェルド期の劇的演出を期待する声との間で賛否が分かれる結果にもなった。退任後は移行期をスタジオ体制で乗り切るかたちとなった。

在任期

2019年2月19日にカール・ラガーフェルドの死去を受けてスタジオディレクターからアーティスティック・ディレクターに任命され、以後ハウスのオートクチュール、プレタポルテ、アクセサリーを含むファッションコレクションの創作を統括した。在任は約5年間で、2024年6月5日に退任が発表された。退任時の声明は「ハウスのコードを更新しつつ遺産を尊重した」と評され、新たなクリエイティブ体制は追って発表されるとされた。

影響

ヴィアール在任中は“継承と洗練”を軸に、シャネルの象徴的要素を残しつつ着用性や工房技術の可視化を進め、柔らかなシルエットや映画的参照を通じて語彙を現代化した一方で、ラガーフェルド時代の劇的演出の減少を批判する声も出た。また報道では在任期中にハウスの売上が拡大し、直近の年の売上が約19.7 billionドル(約197億ドル)に達したと伝えられている。退任は突然の発表となり、ブランドのクリエイティブ体制に転換点をもたらした。

関連ブランド

関連する人物

CHANEL

2025 - 継続中または終了年不明

マチュー・ブレイジー

アーティスティック・ディレクター

マチュー・ブレイジーについて

フランス系ベルギー出身のファッションデザイナー/シャネル アーティスティック・ディレクター(拠点:パリ)。

マチュー・ブレイジーは、1984年生まれのフランス・ベルギー両国の背景を持つファッションデザイナーで、パリを拠点に活動する。ラ・カンブルでファッションを学び、ラフ・シモンズのもとでプロとしての基礎を築いた後、メゾン・マルジェラ、セリーヌ、カルバン・クラインなどで要職を歴任。2020年にボッテガ・ヴェネタのプレタポルテ部門のデザイン責任者に就き、2021年にクリエイティブ・ディレクターに昇格して素材実験と職人技を軸にしたコレクションで評価を高めた。チーム運営は協調的で職人との直接的協働を重視し、日常性とクラフト性を両立させる制作姿勢が特徴。2024年12月にシャネルのアーティスティック・ディレクター就任が発表され、ハウスのアーカイブやメティエダールの技術を取り込んだ包括的な創作を進めている。

Matthieu Blazy

1988 - 2007

ロレンツ・バウマー

アーティスティック・ディレクター

ロレンツ・バウマーについて

ジュエリーデザイナー/メゾン創業者・ディレクター(パリ拠点)

フランスを拠点に活動するジュエリーデザイナーで、パリ・ヴァンドーム広場19番地にメゾンを構える創業者兼ディレクター。1965年ワシントンD.C.生まれで、外交官である父の赴任先を転々とするなか15歳でパリへ移住し学業を修めた。エコール・サントラル・パリで工学とデザインを学んだ後、1988年にジュエリー制作を始め、1992年に自身のメゾンを設立。シャネルのジュエリー制作を長年手掛けた後、2007年にルイ・ヴィトンのジュエリー部門アーティスティック・ディレクターに就任し、同社で複数のコレクションを発表した。2010年のモナコ王室のティアラ制作や2013年のヴァンドーム19番地でのブティック開設を経て、隕石や香りを組み込むチタニウム、ダイヤモンドの新技法など素材・技術の実験を通じた作品発表を続けている。

Lorenz Bäumer

1983 - 2019

カール・ラガーフェルド

アーティスティック・ディレクター

カール・ラガーフェルドについて

ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター(パリ拠点)

Karl Lagerfeldは1933年9月10日生まれのドイツ出身でパリを拠点に活動したファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター。1950年代から2019年までの半世紀以上にわたりシャネル、フェンディ、クロエなどで表現を再構築し、メゾンの近代化と商業的成功に寄与した。幼少期にパリで美術と歴史を学び、1954年の国際ウール賞で頭角を現してピエール・バルマンのアシスタントとして業界入りした。1958年以降はジャン・パトゥやクロエのコレクションを手がけ、1965年にフェンディの創造的指導を担って同社の毛皮とレザー部門を刷新した。1983年にシャネルのアーティスティック・ディレクターに就任してブランドの現代化を牽引し、1984年に自身の名を冠したレーベルを設立した。スケッチや写真、舞台演出まで含むビジュアル制作に深く関与し、黒のサングラスと白髪、ハイカラーの装いが象徴となった。2019年2月19日に逝去。

Karl Lagerfeld

1975 - 1982

フィリップ・ギブールジェ

アーティスティック・ディレクター

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

1910 - 1971

ガブリエル・ボヌール・シャネル

デザイナー

ガブリエル・ボヌール・シャネルについて

フランスのファッションデザイナー、メゾン・シャネル創設者。パリ拠点の20世紀モードの先駆者

フランスのファッションデザイナー、メゾン・シャネル創業者。パリを拠点に活動し、20世紀の女性服を根本から変えたガブリエル・ボヌール・シャネル(通称ココ・シャネル、1883年8月19日—1971年1月10日)。幼少期に修道院系の寄宿学校で裁縫の基礎を学び、1910年代に帽子店から事業を開始して婦人服へと展開。ジャージー素材を用いた動きやすい実用服、リトルブラックドレスの定着、襟なしのジャケットとスカートから成るシャネル・スーツの創出、コスチュームジュエリーの普及などを通じて装飾過多を排した簡潔で機能的な美学を提示した。1921年にシャネル No.5を発売して香水市場にも影響を与え、1939年の一時休業後に1954年に復帰してモード界への影響力を再確認した。彼女のデザインは男性服の要素やスポーティな意匠を取り入れて女性の自立に沿う機能性を重視した点が特徴。コスチュームジュエリーやツイード素材、チェーンハンドルのバッグやバイカラーの靴など多くのプロダクトを定着させた。シャネルは長年ホテル・リッツを居所とし、31番地ル・カンボンのサロンをブランド拠点として経営と創作を行った。没後もメゾンは世界的ブランドとして継承されている。

Gabrielle Bonheur Chanel

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