szu

アンドレアス・メルボスタッド

Andreas Melbostad

ノルウェー

ファッション・クリエイティブディレクター/デザイナー(ノルウェー出身、ニューヨーク拠点)

最終更新日: 2026.03.28

アンドレアス・メルボスタッドについて

ノルウェー出身のファッション・クリエイティブディレクター。オスロ生まれで拠点はニューヨーク。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでウィメンズウェアの修士号を取得後、パリとニューヨークのメゾンで実務経験を重ね、国際的なブランドのコレクション統括とイメージ戦略を担うようになる。PHIでクリエイティブ・ディレクターを務め、後にDiesel Black Goldのデザインとグローバルイメージの統括を任され、テーラリング、デニム、レザー、ニット、アウター、アクセサリーなど幅広いプロダクト群の開発を牽引。近年は自身の名義でシーズンレスかつサステナブルなユニセックス・コレクションを発表し、プロダクト設計からサプライチェーン改善までを含むコンサルティング業務も継続。プロポーションの操作と機能性を重視したミニマルでユーティリタリアンな美学を特徴。ランウェイ、キャンペーン、ビジュアルアイデンティティの構築にも深く関与し、コレクション表現と商業性の橋渡しを行う。キャリアは20年以上に及び、素材と生産品質への拘りを持ってブランド戦略を推進する。

キャリアタイムライン

アンドレアス・メルボスタッドとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

左右にスクロールして確認

ブランド / 役職
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
PHI クリエイティブ・ディレクター 2004 - 2009
Diesel Black Gold クリエイティブ・ディレクター 2012 - 継続中または終了年不明
MELBOSTAD デザイナー 2023 - 継続中または終了年不明

経歴

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン)でウィメンズウェアの修士号を取得。学生期にアルベール・エルバズと接点を持ち、パリのGuy LarocheやYves Saint Laurentでのアシスタント経験を経て実務キャリアを開始した。
ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了後、パリのGuy Larocheでアルベール・エルバズに師事し、エルバズとともにイヴ・サンローランへ移籍。その後ニナ・リッチ(ナタリー・ジェルヴェ)やカルバン・クライン、ドナ・カランで経験を積み、2003年にPHIのクリエイティブ・ディレクターに就任してブランドのデザインを統括した。PHIは2009年に閉鎖となり、2010年に自身のデザインコンサルティング事業を立ち上げ、Vera WangやRoberto Cavalli、Zaraなどとの協業を行う。2012年にDiesel Black Goldのアーティスティック・ディレクターに就任し、2013年にはクリエイティブ・ディレクターへ昇格してウィメンズとメンズ両面のプロダクトとブランドイメージをグローバルに統括。2023年には自名義のシーズンレスでサステナブルなユニセックスラインを発表し、イタリア生産とダイレクト・トゥ・コンシューマーを軸に展開。現在はブランド運営とデザイン戦略のコンサルティングを並行して実施する。

MELBOSTADとの関わり

2023 - 継続中または終了年不明

デザイナー

創設者兼クリエイティブディレクターとして、MELBOSTADのクリエイティブヴィジョンと商品設計を統括。2023年春に自身の名を冠したレーベルを立ち上げ、スカンジナビアンの簡潔さと実用性を基調にユニセックスなワードローブを主軸に据えた。 デザイン面では抑制の効いた色調、ゆとりあるシルエット、ミリタリーやワークウェア由来のユーティリタリアンなディテールを組み合わせ、日常的に着られる実用的な服作りを目指す。サンプリングを行わず在庫布で生産、工場からの直送を基本とする運用や、比較的手の届く価格帯での提案を含めて“日常に落とし込めるデザイン”を優先する。 事業面では直販(DTC)を基盤に少量生産・シーズンレスなリリースを採用し、quality-over-quantityの運営方針を掲げる。製造は主にイタリアを拠点とし、レザーのLWG認証やGOTS、ZDHCといった環境基準に沿った素材選定、再生資材と過剰包装回避のパッケージ方針を導入済み。これらを通じてサステナビリティと品質の両立を図るプロダクト戦略を構築。 過去のブランドやメジャーメゾンでの経験をプロダクト設計とビジュアル表現に反映させ、ブランドローンチ以降のシーズン構築(Brand Launch/AW23ほか)を主導する役割を担う。創設から初期コレクションの確立、以降のルックブックとコレクション発表まで一貫したクリエイティブ運営を継続する立ち位置。

在任期

ブランドは2023年春に立ち上げられ(ブランドローンチは2023年3月頃に報道)、初年度は春のローンチに続き同年秋にFall 2023コレクションを発表した。以降もスプリング/フォールのルックブックやコレクション発表が続き、創業時点(2023年春)から現時点まで創設者兼クリエイティブ責任者としての継続的な関与が確認される。

影響

立ち上げにより、既存のハイブランド経験を日常着に落とし込む形でブランドのアイデンティティを確立。直販と少量生産を組み合わせる運営により在庫最小化と機敏な商品展開を実現し、イタリア生産や認証素材の採用で品質重視かつ環境配慮を打ち出すプロダクト戦略を定着させた。

Diesel Black Goldとの関わり

2012 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

Diesel Black Goldにおけるクリエイティブ・ディレクターとして、2012年10月にウィメンズのクリエイティブ責任者に就任し、2013年にブランド全体のクリエイティブ統括へ昇格してメンズコレクションとブランドイメージの統一を担った。 就任後はソフィア・ココサラキが築いたロック寄りのブランドDNAを継承しつつ、自身の洗練された都市的な美意識とプロポーションへのこだわりで表現を再編集した。プリ・フォール2013や2013年秋冬コレクションではバイカー/モーターサイクルのモチーフやレザー、デニム、アウターウェアを軸に据え、素材のコントラストや縫製ディテールを強めて既存の定番を再構築する方向性を示した。 2013年の職務拡大によりメンズラインの開発・発表を指揮し、2014年1月のオータム/ウィンター2014発表などでメンズ領域の導入を進めた。ニューヨークファッションウィークでの発表やフィレンツェのPitti Uomoでのメンズ紹介を通じてランウェイとトレードショー双方でのプレゼンスを強化し、キャンペーンや店舗ビジュアルを含むブランド全体のイメージ統一にも関与した。 これらの取り組みは、PHIでのクリエイティブ経験やイヴ・サンローラン、カルバン・クラインなどで培った技術的素養を背景として、Diesel Black Goldのロック由来の態度を洗練されたワードローブへ転換する実務的な再編集として位置づけられる。

在任期

2012年10月にウィメンズのクリエイティブ責任者として就任し、就任直後のプリ・フォール2013(2012年12月)および2013年秋冬(2013年2月、NYFW)でコレクションを発表。2013年9月にウィメンズ責任者からブランド全体のクリエイティブ統括へ昇格し、2014年1月にメンズ初披露を行って担当領域を拡大した。

影響

ブランドへの影響は、ロック・シックな基盤を保持しつつ都市的で洗練されたプロポーションと市販性を強めた点に集約される。アウター、デニム、レザーを中心とする商品編集でコアアイテムを再構築し、メンズ導入とクリエイティブ統括によってブランドイメージの一元化とグローバルな声の統合を図った。

PHIとの関わり

2004 - 2009

クリエイティブ・ディレクター

PHIのクリエイティブ・ディレクターとして、コレクションの総合ヴィジョンとウィメンズプレタポルテのデザイン統括を担い、シーズンごとのルック、素材選定、商品化の方向性を管理した。Susan Dellの出資による立ち上げ期に、前任のティム・ガーランドの退任(2004年前後)を受けてデザイン責務を引き継ぎ、ブランドの表現を実務面で主導した。在任中は初期の都市的でややゴシック寄りのムードを土台に、プロポーションの精緻な調整と定番ワードローブの再編集を軸にブランド骨格を再定義した。ボンバーやピーコート、トレンチといった定番をモダンなカッティングで再設計し、薄手シルクやジョーゼットの軽やかさとカンガルーレザーやキャンバスのハリ感といった素材の対比で陰影あるルックを構築した。ウエストラインや肩の落ち方、パンツのヒップラインなどの細部を詰めることで着用時のシルエットを再解釈し、ランウェイ演出からビジュアル、商品構成まで一貫した美学を持ち込んだ。ブランドは2009年の活動停止までメルボスタッドがクリエイティブの中心を務めた。

在任期

2004年前後にデザイン責務を引き継ぎ、以後PHIの主要なクリエイティブ責任者として在任。Susan Dellの出資による新興ブランドの立ち上げ期に合流し、前任からの移行期にブランドのデザイン言語を安定させる役割を果たした。2009年の景気悪化に伴う事業停止をもってPHIでの在任は終了した。

影響

デザイン面での代表的な影響は、プロポーションの見直しと定番ワードローブの再定義を通じてPHIのデザイン言語を明確化し、コレクションに一貫した都市的モダニズムを定着させた点にある。評論ではシルエットのバランスや定番の再設計が評価され、『タフ・シック』のモダンな解釈がブランドの特徴となったとされる。経済的要因でブランド継続は果たせなかったが、PHI期の表現はその後の評価に影響を与えるデザイン上の痕跡を残した。

関連ブランド

関連する人物

Diesel Black Gold

2009 - 2012

ソフィア・ココサラキ

クリエイティブ・ディレクター

ソフィア・ココサラキについて

ギリシャ出身、ロンドン拠点のファッションデザイナー/ブランド創設者・元Vionnetクリエイティブディレクター。

ギリシャ出身でロンドンを拠点に活動したファッションデザイナー。アテネ大学でギリシャ語・英文学を学んだ後にロンドンのセントラル・セント・マーチンズでウィメンズウェアの修士号を取得し、1999年に自身のブランドを立ち上げた。古代ギリシャやミノア芸術に由来するドレープや精緻なプリーツ、ジャージーやレザーの質感を組み合わせたフェミニンかつ構築的な服作りを特徴とし、レッドカーペットや舞台衣装でも広く着用された。2004年アテネ五輪の開閉会式衣装を手掛け、2006年にヴィオネのクリエイティブ・ディレクターを務めたほか、2009~2012年はDiesel Black Goldのクリエイティブを務めるなどブランド活動と多様なコラボレーションを行った。晩年はブライダルやジュエリー、Asos向けラインなどを中心に制作を続け、2019年10月13日にロンドンで逝去した。

Sophia Kokosalaki

DIESEL

2020 - 継続中または終了年不明

グレン・マーティンス

クリエイティブ・ディレクター

グレン・マーティンスについて

ベルギー出身のファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター(Diesel、Maison Margiela兼務)

ベルギー出身のファッションデザイナーでクリエイティブ・ディレクター。パリとミラノを拠点にコレクション制作とブランド再編を手掛ける人物。インテリアデザインの学士を経てアントワープ王立美術学院でファッションを学び、卒業直後にジャン=ポール・ゴルチエのアトリエに参加してプロのキャリアを開始。Y/Projectでは解体と再構築を軸にした実験的なシルエットで国際的評価を高め、ANDAM大賞などの受賞歴を持つ。2020年にDieselのクリエイティブ・ディレクターに抜擢されブランドの若年層取り込みに貢献し、2025年にMaison Margielaのクリエイティブ・ディレクターに就任してオートクチュールとプロダクト両面で活動を続ける。

Glenn Martens

2013 - 2017

Nicola Formichetti

アーティスティック・ディレクター

Nicola Formichettiについて

イタリア系日本人のクリエイティブディレクター・デザイナー・スタイリスト(国際活動)。

クリエイティブディレクター/デザイナー/スタイリスト。イタリア系日本人として国際的に活動し、主要拠点をニューヨーク/ロサンゼルスに置く。 1977年に東京で生まれ、ローマのインターナショナルスクールSt. Stephen's Schoolで学んだ後、若年期にロンドンへ渡って建築を学ぶために入学したがファッションの現場に転じてキャリアを開始。 編集者としてDazed + ConfusedやVogue Hommes Japanなどで頭角を現し、2009年以降はレディー・ガガのファッションディレクター/スタイリストとして国際的注目を集め、2010年の「ミートドレス」など象徴的ルックに関与。 2010年にMUGLERのクリエイティブディレクターに就任(2010–2013)、2013年にDieselの初代アーティスティックディレクターに就任(2013–2017)、並行して自身のストリートウェアブランドNICOPANDAを立ち上げるなど多面的に活動。 近年はデジタルファッションやビューティ領域にも進出し、SYKYのアーティスティックディレクター就任や、2025年にM·A·C Cosmeticsのグローバルクリエイティブディレクターに就任するなど領域を拡張。 ポップカルチャー、デジタル表現、ストリートとハイファッションを横断する視覚重視の演出が特徴。

ニコラ・フォルミケッティ

2010 - 2012

ブルーノ・コラン

アーティスティック・ディレクター

ブルーノ・コランについて

モードジャーナリスト・編集者/WAD創刊者、元DIESELアーティスティック・ディレクター

フランス出身のモードジャーナリスト兼編集者。WAD(We Are Different)の共同創刊者として都市文化とストリート/デニム領域を軸に編集・キュレーションを行う。業界誌や女性誌での執筆を経て成長し、1994〜1998年に『Sportswear International』フランス版の編集長を務めた経歴を持つ。1999年にWADを立ち上げ、同誌の編集・ビジュアル構成を軸に国際的なトレンド発信を推進したほか、Colors関連の書籍制作やKarl Lagerfeldらのポートレイト制作にも関与した。2010年1月にDIESELのアーティスティック・ディレクターに就任し、プロダクトコミュニケーションや店頭ビジュアル、空間デザインを含むブランド全体のアートディレクション体制の構築を指揮したが、2011年末に任を終え編集・ネットワーク活動へ回帰した。編集を軸にブランド表現と商業設計をつなぐ立ち位置をとる人物である。

Bruno Collin

1993 - 2009

ウィルバート・ダス

クリエイティブ・ディレクター

ウィルバート・ダスについて

オランダ出身のファッションデザイナー/元Dieselクリエイティブ・ディレクター、トランコーソ拠点

オランダ出身のファッションデザイナー。1963年12月2日生まれ。アーネムの美術アカデミーでファッションを学んだ後、1988年にイタリアのブランドDieselに入社し、1993年から同社のクリエイティブ・ディレクターを務めた。Diesel在任中はデニムを基軸に、フットウェア、アイウェア、ジュエリー、ウォッチ、フレグランスなどのプロダクト拡張と、広告キャンペーンや店舗演出を統括してブランドのライフスタイル化を推進した。2009年にDieselを離れ、ブラジル・バイーア州トランコーソでUXUA Casa Hotel & Spaを立ち上げ、地元職人や先住民パタショーとの協働を通じてリサイクル素材や伝統技術を取り入れた家具・インテリア、宿泊空間のデザインおよびプロダクト展開を行っている。

Wilbert Das

1978 - 1985

アドリアーノ・ゴールドシュミット

デザイナー

アドリアーノ・ゴールドシュミットについて

イタリア出身のデニムデザイナー/ブランド創業者、素材開発と加工技術のリーダー(ロサンゼルス・ミラノ拠点)。

イタリア出身のデニムデザイナーでブランド創業者。トリエステ生まれ、ロサンゼルスとミラノを拠点に活動し、プレミアムデニムの設計・洗い加工・素材開発を専門とする。1970年代にコルティナ・ダンペッツォで店舗を開き、1974年にDaily Blueを立ち上げて以降、デニムを高級ファッションへと転換した功績により「ゴッドファーザー・オブ・デニム」と称される。モルテックス/Geniusグループを通じて若手を育成し、Renzo RossoらとともにDieselの初期展開に関与し、ReplayやGap 1969、Agoldeなど複数のブランド形成にも携わった。洗い加工では人手によるサンディングや薬剤処理、トーチを用いた風合い作りを実践し、仕上げのディテールとフィットを重視するスタイルが特徴。米国では自らの洗い場(Laundry Atelier)を設け、加工とフィッティングの研究で業界の洗い技術を進化させた。近年はHouse of Goldを再始動し、Rajby Textilesとの提携やMaviとのコラボレーションを通じてサステナブルな素材の実用化に注力する。

Adriano Goldschmied

人物から探す

関わりから探す

ブランドから探す