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ブルーノ・コラン

Bruno Collin

フランス

モードジャーナリスト・編集者/WAD創刊者、元DIESELアーティスティック・ディレクター

最終更新日: 2026.03.28

ブルーノ・コランについて

フランス出身のモードジャーナリスト兼編集者。WAD(We Are Different)の共同創刊者として都市文化とストリート/デニム領域を軸に編集・キュレーションを行う。業界誌や女性誌での執筆を経て成長し、1994〜1998年に『Sportswear International』フランス版の編集長を務めた経歴を持つ。1999年にWADを立ち上げ、同誌の編集・ビジュアル構成を軸に国際的なトレンド発信を推進したほか、Colors関連の書籍制作やKarl Lagerfeldらのポートレイト制作にも関与した。2010年1月にDIESELのアーティスティック・ディレクターに就任し、プロダクトコミュニケーションや店頭ビジュアル、空間デザインを含むブランド全体のアートディレクション体制の構築を指揮したが、2011年末に任を終え編集・ネットワーク活動へ回帰した。編集を軸にブランド表現と商業設計をつなぐ立ち位置をとる人物である。

キャリアタイムライン

ブルーノ・コランとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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DIESEL アーティスティック・ディレクター 2010 - 2012

経歴

ジャーナリズムを出自に持ち、モード誌や業界紙での執筆と編集を重ねた経歴を持つ。初期は『Medias』への寄稿や女性誌(Elle等)、業界紙『Le Journal du Textile』『Sportswear International』への寄稿を行い、1994〜1998年に『Sportswear International』フランス版の編集長を務めた。 1999年にBrice Compagnonと共にWADを創刊し編集長として同誌を育成した。 2010年1月にDIESELのアーティスティック・ディレクターに就任し、Wilbert Dasの後任として社内外のクリエイティブ編成やプロダクトコミュニケーション、店頭・空間のビジュアル統括、ウィメンズライン強化やキャンペーン運営などブランド表現全般のマネジメントを行った。 その後2011年末にDIESELでの任務を終えWADや独立した編集・コンサルティング、ブランド連携の活動へ回帰し、出版やブランドアンバサダー業務なども継続している。

DIESELとの関わり

2010 - 2012

アーティスティック・ディレクター

Dieselのメインラインにおけるアーティスティック・ディレクターとして起用され、商品コミュニケーション、店内ヴィジュアル・マーチャンダイジング、店舗空間設計など小売・コミュニケーション領域のクリエイティブを統括した。就任発表は2010年1月(発表記事は2010年1月15日)で、20年以上在任した前任者ウィルバート・ダスからの体制移行期にあたった。 WADの創刊者/編集者としての編集的視点を組織に持ち込み、フォトグラファーやグラフィック、スタイリングなど多様なクリエイティブ人材を結集する形でのチーム編成を志向した。在任中はコミュニケーション責任者にサマンサ・バルトレッティを据え、ウィメンズ強化のためヘイキ・サロネンを女性コレクションに迎えるなど組織面での再編を実施。キャンペーン面では力強いスローガン表現や香水「Loverdose」などの商品コミュニケーションを通じて女性顧客への訴求を強め、メインラインの“デニム”としての本質回帰と売場体験の統合を図った。 在任期間は約2年で、2011年12月に契約満了で任期終了と報じられ、その後は外部での協業継続の可能性が示唆された。

在任期

2010年1月(任命発表は2010年1月15日)にDieselのメインライン・アーティスティック・ディレクター就任が発表され、前任のウィルバート・ダスからの移行期を担当した。約2年の在任を経て2011年12月に契約満了で退任と報じられ、同社側は以降の外部協業の可能性を示唆した。

影響

在任期間中はコミュニケーションと店頭体験を起点にした表現整理と組織再編を進め、ウィメンズ領域の強化やデニムへの回帰といったメインラインの戦略的シフトを促したと報じられている。具体的にはチーム編成の変更や商品コミュニケーション(香水ローンチ等)によって女性顧客への訴求軸を強めた点が指摘される。

関連ブランド

関連する人物

DIESEL

2020 - 継続中または終了年不明

グレン・マーティンス

クリエイティブ・ディレクター

グレン・マーティンスについて

ベルギー出身のファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター(Diesel、Maison Margiela兼務)

ベルギー出身のファッションデザイナーでクリエイティブ・ディレクター。パリとミラノを拠点にコレクション制作とブランド再編を手掛ける人物。インテリアデザインの学士を経てアントワープ王立美術学院でファッションを学び、卒業直後にジャン=ポール・ゴルチエのアトリエに参加してプロのキャリアを開始。Y/Projectでは解体と再構築を軸にした実験的なシルエットで国際的評価を高め、ANDAM大賞などの受賞歴を持つ。2020年にDieselのクリエイティブ・ディレクターに抜擢されブランドの若年層取り込みに貢献し、2025年にMaison Margielaのクリエイティブ・ディレクターに就任してオートクチュールとプロダクト両面で活動を続ける。

Glenn Martens

2013 - 2017

Nicola Formichetti

アーティスティック・ディレクター

Nicola Formichettiについて

イタリア系日本人のクリエイティブディレクター・デザイナー・スタイリスト(国際活動)。

クリエイティブディレクター/デザイナー/スタイリスト。イタリア系日本人として国際的に活動し、主要拠点をニューヨーク/ロサンゼルスに置く。 1977年に東京で生まれ、ローマのインターナショナルスクールSt. Stephen's Schoolで学んだ後、若年期にロンドンへ渡って建築を学ぶために入学したがファッションの現場に転じてキャリアを開始。 編集者としてDazed + ConfusedやVogue Hommes Japanなどで頭角を現し、2009年以降はレディー・ガガのファッションディレクター/スタイリストとして国際的注目を集め、2010年の「ミートドレス」など象徴的ルックに関与。 2010年にMUGLERのクリエイティブディレクターに就任(2010–2013)、2013年にDieselの初代アーティスティックディレクターに就任(2013–2017)、並行して自身のストリートウェアブランドNICOPANDAを立ち上げるなど多面的に活動。 近年はデジタルファッションやビューティ領域にも進出し、SYKYのアーティスティックディレクター就任や、2025年にM·A·C Cosmeticsのグローバルクリエイティブディレクターに就任するなど領域を拡張。 ポップカルチャー、デジタル表現、ストリートとハイファッションを横断する視覚重視の演出が特徴。

ニコラ・フォルミケッティ

1993 - 2009

ウィルバート・ダス

クリエイティブ・ディレクター

ウィルバート・ダスについて

オランダ出身のファッションデザイナー/元Dieselクリエイティブ・ディレクター、トランコーソ拠点

オランダ出身のファッションデザイナー。1963年12月2日生まれ。アーネムの美術アカデミーでファッションを学んだ後、1988年にイタリアのブランドDieselに入社し、1993年から同社のクリエイティブ・ディレクターを務めた。Diesel在任中はデニムを基軸に、フットウェア、アイウェア、ジュエリー、ウォッチ、フレグランスなどのプロダクト拡張と、広告キャンペーンや店舗演出を統括してブランドのライフスタイル化を推進した。2009年にDieselを離れ、ブラジル・バイーア州トランコーソでUXUA Casa Hotel & Spaを立ち上げ、地元職人や先住民パタショーとの協働を通じてリサイクル素材や伝統技術を取り入れた家具・インテリア、宿泊空間のデザインおよびプロダクト展開を行っている。

Wilbert Das

1978 - 1985

アドリアーノ・ゴールドシュミット

デザイナー

アドリアーノ・ゴールドシュミットについて

イタリア出身のデニムデザイナー/ブランド創業者、素材開発と加工技術のリーダー(ロサンゼルス・ミラノ拠点)。

イタリア出身のデニムデザイナーでブランド創業者。トリエステ生まれ、ロサンゼルスとミラノを拠点に活動し、プレミアムデニムの設計・洗い加工・素材開発を専門とする。1970年代にコルティナ・ダンペッツォで店舗を開き、1974年にDaily Blueを立ち上げて以降、デニムを高級ファッションへと転換した功績により「ゴッドファーザー・オブ・デニム」と称される。モルテックス/Geniusグループを通じて若手を育成し、Renzo RossoらとともにDieselの初期展開に関与し、ReplayやGap 1969、Agoldeなど複数のブランド形成にも携わった。洗い加工では人手によるサンディングや薬剤処理、トーチを用いた風合い作りを実践し、仕上げのディテールとフィットを重視するスタイルが特徴。米国では自らの洗い場(Laundry Atelier)を設け、加工とフィッティングの研究で業界の洗い技術を進化させた。近年はHouse of Goldを再始動し、Rajby Textilesとの提携やMaviとのコラボレーションを通じてサステナブルな素材の実用化に注力する。

Adriano Goldschmied

Diesel Black Gold

2012 - 継続中または終了年不明

アンドレアス・メルボスタッド

クリエイティブ・ディレクター

アンドレアス・メルボスタッドについて

ファッション・クリエイティブディレクター/デザイナー(ノルウェー出身、ニューヨーク拠点)

ノルウェー出身のファッション・クリエイティブディレクター。オスロ生まれで拠点はニューヨーク。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでウィメンズウェアの修士号を取得後、パリとニューヨークのメゾンで実務経験を重ね、国際的なブランドのコレクション統括とイメージ戦略を担うようになる。PHIでクリエイティブ・ディレクターを務め、後にDiesel Black Goldのデザインとグローバルイメージの統括を任され、テーラリング、デニム、レザー、ニット、アウター、アクセサリーなど幅広いプロダクト群の開発を牽引。近年は自身の名義でシーズンレスかつサステナブルなユニセックス・コレクションを発表し、プロダクト設計からサプライチェーン改善までを含むコンサルティング業務も継続。プロポーションの操作と機能性を重視したミニマルでユーティリタリアンな美学を特徴。ランウェイ、キャンペーン、ビジュアルアイデンティティの構築にも深く関与し、コレクション表現と商業性の橋渡しを行う。キャリアは20年以上に及び、素材と生産品質への拘りを持ってブランド戦略を推進する。

Andreas Melbostad

2009 - 2012

ソフィア・ココサラキ

クリエイティブ・ディレクター

ソフィア・ココサラキについて

ギリシャ出身、ロンドン拠点のファッションデザイナー/ブランド創設者・元Vionnetクリエイティブディレクター。

ギリシャ出身でロンドンを拠点に活動したファッションデザイナー。アテネ大学でギリシャ語・英文学を学んだ後にロンドンのセントラル・セント・マーチンズでウィメンズウェアの修士号を取得し、1999年に自身のブランドを立ち上げた。古代ギリシャやミノア芸術に由来するドレープや精緻なプリーツ、ジャージーやレザーの質感を組み合わせたフェミニンかつ構築的な服作りを特徴とし、レッドカーペットや舞台衣装でも広く着用された。2004年アテネ五輪の開閉会式衣装を手掛け、2006年にヴィオネのクリエイティブ・ディレクターを務めたほか、2009~2012年はDiesel Black Goldのクリエイティブを務めるなどブランド活動と多様なコラボレーションを行った。晩年はブライダルやジュエリー、Asos向けラインなどを中心に制作を続け、2019年10月13日にロンドンで逝去した。

Sophia Kokosalaki

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