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グレン・マーティンス

Glenn Martens

ベルギー 1983 現在

ベルギー出身のファッションデザイナー/クリエイティブ・ディレクター(Diesel、Maison Margiela兼務)

最終更新日: 2026.03.28

グレン・マーティンスについて

ベルギー出身のファッションデザイナーでクリエイティブ・ディレクター。パリとミラノを拠点にコレクション制作とブランド再編を手掛ける人物。インテリアデザインの学士を経てアントワープ王立美術学院でファッションを学び、卒業直後にジャン=ポール・ゴルチエのアトリエに参加してプロのキャリアを開始。Y/Projectでは解体と再構築を軸にした実験的なシルエットで国際的評価を高め、ANDAM大賞などの受賞歴を持つ。2020年にDieselのクリエイティブ・ディレクターに抜擢されブランドの若年層取り込みに貢献し、2025年にMaison Margielaのクリエイティブ・ディレクターに就任してオートクチュールとプロダクト両面で活動を続ける。

キャリアタイムライン

グレン・マーティンスとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Glenn Martens デザイナー 2012 - 2013
Y/Project クリエイティブ・ディレクター 2013 - 2024
DIESEL クリエイティブ・ディレクター 2020 - 継続中または終了年不明
Maison Margiela クリエイティブ・ディレクター 2025 - 継続中または終了年不明

経歴

Sint‑Lucas(ヘント)でインテリアデザインの学士号を取得後、アントワープ王立美術学院(Royal Academy of Fine Arts Antwerp)のファッション修士課程を修了(2008年)。アントワープではファッション学科の首席として卒業し、修了直後にプロの舞台へ移行した経歴。
アントワープ修了後の2008年にジャン=ポール・ゴルチエのジュニアデザイナー(G2チーム)としてキャリアを開始。2012年に自身名義のコレクションを立ち上げ数シーズン発表したのち、Y/Projectに参加して2013年にクリエイティブ・ディレクターに就任。Y/Projectではトロンプルイユやねじり、ドレーピングを用いた再構築的な表現で注目を集め、2017年のANDAM大賞受賞などで国際的評価を確立。2020年にOTBグループ傘下のDieselのクリエイティブ・ディレクターに就任し、2021年以降のミラノでのプレゼンテーションや商品開発を通じてブランドの若年層取り込みと商業的復興に寄与。2024年9月にY/Projectを離れ同ブランドは活動停止後、2025年1月にMaison Margielaのクリエイティブ・ディレクターに就任している。現在はDieselとMargielaの両軸でコレクション制作とアトリエ運営に携わる。

Maison Margielaとの関わり

2025 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

Maison Margiela のクリエイティブ・ディレクターとしての立場:2025年1月29日にOTBグループとMaison Margielaの共同発表により即時発効でクリエイティブ・ディレクターに就任。ジョン・ガリアーノの後任としてメゾンのクリエイティブ全体を統括し、オートクチュール(Artisanal)とレディ・トゥ・ウェアの両軸を見据えた表現の方向付けを担う立場。 継承・再解釈・刷新の要旨:創業者マルタン・マルジェラが築いたクラフト志向と匿名性に基づく美学や、ガリアーノ期に強められた舞台性を継承しつつ、Dieselでの商業的再生やY/Projectでの実験的な解体・再構築の手法をメゾンのコードへ接続して再解釈する役割を担う。就任後はパリ・オートクチュール(2025年7月)でのMaison Margiela Artisanalによる公的復帰を起点に、同年以降のレディ・トゥ・ウェア発表スケジュールにも関与し、メゾンの国際的な可視性と商品展開を調整する体制を取る。

在任期

在任要約:Glenn Martens は2025年1月29日にOTBとMaison Margielaの共同発表でクリエイティブ・ディレクターに就任し、発表は即時発効。ジョン・ガリアーノの退任を受けた交代人事で、メゾン史上三人目の公式クリエイティブ・ディレクターに位置づけられる。Martens は2024年9月に Y/Project を退任しており、Diesel のクリエイティブ・ディレクター職は継続して兼務する形での就任となる。

影響

影響要約:OTBの年次報告では、Martens 就任の年に Maison Margiela が +8.4% の成長を記録し、同年7月のパリ・オートクチュールで Martens による Artisanal が発表されメゾンの公的舞台復帰を果たしたことが報告されている。これによりメゾンの舞台性と小売・商品の存在感が同時に高まる動きが生じ、ブランドの可視性強化とコレクション表現の再編が進んだことが示唆されるが、長期的な評価は今後のシーズンによる継続的な展開で判断される。

DIESELとの関わり

2020 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

DIESELにおけるクリエイティブ・ディレクター。2020年10月8日に就任し、アパレルからアクセサリー、店舗空間、コミュニケーション、ライフスタイルコラボレーションまでブランド全体のクリエイティブワークを統括する立場。 在任中はディーゼルのデニム遺産と反逆的なブランド語りを継承しつつ、アーカイブの再編集と素材・加工の実験を通じてブランドコードを再解釈した。レーザープリントやデニムのデヴォレ、ボンディングといった技術的加工や脱構築的シルエットを用い、アイコンを現代の文脈へと再構築するアプローチを採用した。 表現・発表手法ではミラノでのショー参画や都市空間を用いた一般公開型プレゼンテーション(透明な“イースターエッグ”を用いた展示など)によって視認性を高め、トム・オブ・フィンランド財団とのPrideカプセルなどアート/社会性を絡めたコラボレーションを継続的に展開した。商品面ではウィメンズ比率の引き上げやバッグ類(例:1DR)のヒット化を重視する一方、店舗やブランド体験(Diesel Living的な取り組み)にも関与してブランド接点の拡大を図った。

在任期

2020年10月8日にRenzo Rosso(OTB)によりDIESELのクリエイティブ・ディレクターに任命され、即時発効で職務を開始した。就任前はY/Projectでの実績や2018年のDiesel Red Tag参加を背景にブランドと関係を築いており、着任後はコレクション設計とコミュニケーション、店舗・ライフスタイル領域を横断する体制でブランドの再編と可視化を進めた。

影響

クリエイティブと商業の双方で顕著な変化をもたらした。報道では2023年に売上が約13%増となり、若年層の取り込みやウィメンズ比重の拡大、1DRバッグなどのヒット商品が成長のドライバーになったと指摘される。演出やコラボレーションによる認知向上がブランドの再活性化につながった点が評価される。

Y/Projectとの関わり

2013 - 2024

クリエイティブ・ディレクター

Y/Projectにおけるクリエイティブ・ディレクターとして、2013年9月に前任者ヨハン・セルファティの急逝を受けて指揮を引き継ぎ、ブランドの表現と商品設計を再編した立場。在任初期はセルファティ期の建築的で陰影のある美学を継承しつつ、自身の方法論でそれらを再解釈し直し、ブランドの言語を更新した。具体的にはブランド初の本格的なウィメンズ展開を立ち上げ、非対称裁断やねじれたデニム、トロンプルイユ的な視覚トリック、着方を変えられるモジュラー的仕立てなどを導入してジェンダーの枠組みを横断する多様な着方を提示した。こうした「非対称への戦い(war on symmetry)」と表現される実験的アプローチはランウェイ演出と商品構成の両面に反映され、業界内外からの注目度を高めると同時に顧客層の拡大に寄与した。アトリエや制作体制の規模も拡大し、コレクション制作のスケールアップを図った一方で、所有者の死去や経営上の混乱が重なった局面を経て、2024年9月6日にクリエイティブ職から退任した。

在任期

2013年9月にヨハン・セルファティの死去を受けてY/Projectのクリエイティブ・ディレクターに就任し、以後およそ11年間同職を務めた。2020年にはディーゼルのクリエイティブ責任を兼務する体制となり、並行して両ブランドの創造活動を進めた期間があったが、所有者の死去やコレクション中止などの経営的な事情を背景に、2024年9月6日にY/Projectを退任した。

影響

在任期間を通じて、Y/Projectのデザイン言語を実験性と多機能性へと傾け、ウィメンズ導入や非対称・多様な着方を可能にする仕立てを通じてブランドの視覚的アイデンティティを再定義した。ツイストデニムやハイブリッド構造、トロンプルイユ的演出などがブランドの特徴となり、比較的小規模ながら業界内での評価と影響力を高めた点が代表的な遺産。

Glenn Martensとの関わり

2012 - 2013

デザイナー

立場・担当領域: 創設者兼ヘッドデザイナーとして、自身の名義でコレクションの企画・制作・発表を主導した期間。2012年にジャン=ポール・ゴルチエでの実務経験とアントワープ王立芸術アカデミーでの学びを背景に名義ブランドを立ち上げ、パリでの発表を含めて3シーズンにわたってコレクションを発表した。立ち上げ期は小規模な制作体制のもとで、構築的なカッティングや解体的アプローチを実験的に試みることで、作家性とデザインの方向性を明確化する場とした。商業的な長期運営よりも概念提示とクリエイティブの検証を優先し、短期間の発表を通じて業界関係者やバイヤー、メディアに自身のデザイン言語を示した点が特徴であった。3シーズン終了後はY/Projectへの合流に伴って名義ブランドの活動を停止し、その後のキャリアはY/Projectや外部ブランドでのクリエイティブリードへと移行した。

在任期

在任要約: 2012年に自身の名義ブランドを立ち上げ、同年から約1〜2年の間にパリを拠点に3シーズンを発表した短期プロジェクト。2013年にY/Project側での組織的な変化(共同創業者の死去とそれに伴う後任体制の必要)が生じたことを受け、MartensはY/Projectへ合流したため名義ブランドは継続されなかった。独立から移行までの期間は、個人の表現を示すための実験的な発表期として位置づけられる。

影響

影響要約: 名義ブランド自体は継続的な商業ブランドとして残らなかったが、短期間の活動でMartensの創作スタンスや技術的志向を業界に示す役割を果たした結果、後のY/Project就任や以降の主要なクリエイティブ職獲得に資する足場となった。直接的なブランドレガシーや長期的な商業的影響は限定的であるものの、本人の評価やキャリア形成に与えた影響は明確である。

関連ブランド

在任中のコラボレーション

2025.11

Maison Margiela Timex

2025年11月、前回から継続する第2弾はT80 Gift Set/T80 Ring Watchをゴールド調でアップデート。

2025.10

Maison Margiela Salomon

2025年10月、Fall/Winter 2025としてXT-MM6、ACS Pro MM6など複数の新作トレイルランニングモデルを展開。

2025.07

Maison Margiela Dr. Martens

2025年7月、第2弾コラボ。1460/1461ハイブリッドやPentonとのハイブリッドなどを“Stark White”の色調で展開。

2025.04

Maison Margiela Salomon

2025年4月と5月、“Spring 2025”でSpectur 2やXT-4 Mule新色、ウインドブレーカーやXT-15バックパックなど“ランニングワードローブ”へ拡張。

2025.03

Maison Margiela Christian Louboutin

2025年3月、両名義で初コラボ。TabiやKateなどお互いのアイコンモデルを“by”形式で相互変換した2つのカプセルを展開。

2025.03

Maison Margiela Gentle Monster

2025年3月、第3弾コラボで全20型(サングラス8+オプティカル12)へ拡大。白ステッチなど定番表現を引き継ぐ。

関連する人物

Maison Margiela

2014 - 2024

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

DIESEL

2013 - 2017

Nicola Formichetti

アーティスティック・ディレクター

Nicola Formichettiについて

イタリア系日本人のクリエイティブディレクター・デザイナー・スタイリスト(国際活動)。

クリエイティブディレクター/デザイナー/スタイリスト。イタリア系日本人として国際的に活動し、主要拠点をニューヨーク/ロサンゼルスに置く。 1977年に東京で生まれ、ローマのインターナショナルスクールSt. Stephen's Schoolで学んだ後、若年期にロンドンへ渡って建築を学ぶために入学したがファッションの現場に転じてキャリアを開始。 編集者としてDazed + ConfusedやVogue Hommes Japanなどで頭角を現し、2009年以降はレディー・ガガのファッションディレクター/スタイリストとして国際的注目を集め、2010年の「ミートドレス」など象徴的ルックに関与。 2010年にMUGLERのクリエイティブディレクターに就任(2010–2013)、2013年にDieselの初代アーティスティックディレクターに就任(2013–2017)、並行して自身のストリートウェアブランドNICOPANDAを立ち上げるなど多面的に活動。 近年はデジタルファッションやビューティ領域にも進出し、SYKYのアーティスティックディレクター就任や、2025年にM·A·C Cosmeticsのグローバルクリエイティブディレクターに就任するなど領域を拡張。 ポップカルチャー、デジタル表現、ストリートとハイファッションを横断する視覚重視の演出が特徴。

ニコラ・フォルミケッティ

2010 - 2012

ブルーノ・コラン

アーティスティック・ディレクター

ブルーノ・コランについて

モードジャーナリスト・編集者/WAD創刊者、元DIESELアーティスティック・ディレクター

フランス出身のモードジャーナリスト兼編集者。WAD(We Are Different)の共同創刊者として都市文化とストリート/デニム領域を軸に編集・キュレーションを行う。業界誌や女性誌での執筆を経て成長し、1994〜1998年に『Sportswear International』フランス版の編集長を務めた経歴を持つ。1999年にWADを立ち上げ、同誌の編集・ビジュアル構成を軸に国際的なトレンド発信を推進したほか、Colors関連の書籍制作やKarl Lagerfeldらのポートレイト制作にも関与した。2010年1月にDIESELのアーティスティック・ディレクターに就任し、プロダクトコミュニケーションや店頭ビジュアル、空間デザインを含むブランド全体のアートディレクション体制の構築を指揮したが、2011年末に任を終え編集・ネットワーク活動へ回帰した。編集を軸にブランド表現と商業設計をつなぐ立ち位置をとる人物である。

Bruno Collin

1993 - 2009

ウィルバート・ダス

クリエイティブ・ディレクター

ウィルバート・ダスについて

オランダ出身のファッションデザイナー/元Dieselクリエイティブ・ディレクター、トランコーソ拠点

オランダ出身のファッションデザイナー。1963年12月2日生まれ。アーネムの美術アカデミーでファッションを学んだ後、1988年にイタリアのブランドDieselに入社し、1993年から同社のクリエイティブ・ディレクターを務めた。Diesel在任中はデニムを基軸に、フットウェア、アイウェア、ジュエリー、ウォッチ、フレグランスなどのプロダクト拡張と、広告キャンペーンや店舗演出を統括してブランドのライフスタイル化を推進した。2009年にDieselを離れ、ブラジル・バイーア州トランコーソでUXUA Casa Hotel & Spaを立ち上げ、地元職人や先住民パタショーとの協働を通じてリサイクル素材や伝統技術を取り入れた家具・インテリア、宿泊空間のデザインおよびプロダクト展開を行っている。

Wilbert Das

1978 - 1985

アドリアーノ・ゴールドシュミット

デザイナー

アドリアーノ・ゴールドシュミットについて

イタリア出身のデニムデザイナー/ブランド創業者、素材開発と加工技術のリーダー(ロサンゼルス・ミラノ拠点)。

イタリア出身のデニムデザイナーでブランド創業者。トリエステ生まれ、ロサンゼルスとミラノを拠点に活動し、プレミアムデニムの設計・洗い加工・素材開発を専門とする。1970年代にコルティナ・ダンペッツォで店舗を開き、1974年にDaily Blueを立ち上げて以降、デニムを高級ファッションへと転換した功績により「ゴッドファーザー・オブ・デニム」と称される。モルテックス/Geniusグループを通じて若手を育成し、Renzo RossoらとともにDieselの初期展開に関与し、ReplayやGap 1969、Agoldeなど複数のブランド形成にも携わった。洗い加工では人手によるサンディングや薬剤処理、トーチを用いた風合い作りを実践し、仕上げのディテールとフィットを重視するスタイルが特徴。米国では自らの洗い場(Laundry Atelier)を設け、加工とフィッティングの研究で業界の洗い技術を進化させた。近年はHouse of Goldを再始動し、Rajby Textilesとの提携やMaviとのコラボレーションを通じてサステナブルな素材の実用化に注力する。

Adriano Goldschmied

Diesel Black Gold

2012 - 継続中または終了年不明

アンドレアス・メルボスタッド

クリエイティブ・ディレクター

アンドレアス・メルボスタッドについて

ファッション・クリエイティブディレクター/デザイナー(ノルウェー出身、ニューヨーク拠点)

ノルウェー出身のファッション・クリエイティブディレクター。オスロ生まれで拠点はニューヨーク。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでウィメンズウェアの修士号を取得後、パリとニューヨークのメゾンで実務経験を重ね、国際的なブランドのコレクション統括とイメージ戦略を担うようになる。PHIでクリエイティブ・ディレクターを務め、後にDiesel Black Goldのデザインとグローバルイメージの統括を任され、テーラリング、デニム、レザー、ニット、アウター、アクセサリーなど幅広いプロダクト群の開発を牽引。近年は自身の名義でシーズンレスかつサステナブルなユニセックス・コレクションを発表し、プロダクト設計からサプライチェーン改善までを含むコンサルティング業務も継続。プロポーションの操作と機能性を重視したミニマルでユーティリタリアンな美学を特徴。ランウェイ、キャンペーン、ビジュアルアイデンティティの構築にも深く関与し、コレクション表現と商業性の橋渡しを行う。キャリアは20年以上に及び、素材と生産品質への拘りを持ってブランド戦略を推進する。

Andreas Melbostad

2009 - 2012

ソフィア・ココサラキ

クリエイティブ・ディレクター

ソフィア・ココサラキについて

ギリシャ出身、ロンドン拠点のファッションデザイナー/ブランド創設者・元Vionnetクリエイティブディレクター。

ギリシャ出身でロンドンを拠点に活動したファッションデザイナー。アテネ大学でギリシャ語・英文学を学んだ後にロンドンのセントラル・セント・マーチンズでウィメンズウェアの修士号を取得し、1999年に自身のブランドを立ち上げた。古代ギリシャやミノア芸術に由来するドレープや精緻なプリーツ、ジャージーやレザーの質感を組み合わせたフェミニンかつ構築的な服作りを特徴とし、レッドカーペットや舞台衣装でも広く着用された。2004年アテネ五輪の開閉会式衣装を手掛け、2006年にヴィオネのクリエイティブ・ディレクターを務めたほか、2009~2012年はDiesel Black Goldのクリエイティブを務めるなどブランド活動と多様なコラボレーションを行った。晩年はブライダルやジュエリー、Asos向けラインなどを中心に制作を続け、2019年10月13日にロンドンで逝去した。

Sophia Kokosalaki

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