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イヴァナ・オマジッチ

Ivana Omazic

クロアチア・ザグレブ出身のファッションデザイナー。レディ・トゥ・ウェア、スポーツウェア、レザーグッズを横断するクリエイティブ責任者

イヴァナ・オマジッチについて

イヴァナ・オマジッチは、クロアチア・ザグレブ出身のファッションデザイナーであり、レディ・トゥ・ウェア、スポーツウェア、レザーグッズ、アクセサリーを横断して商品とブランドの方向性を設計してきた人物。ミラノのIstituto Europeo di Designで学び、Romeo Gigli、Prada、Prada Sport、Jil Sander、Miu Miuで経験を重ねた後、2005年にCELINEのデザイン領域へ参加。2005年から2008年までデザイン責任者として、創業者時代から続く実用的なフレンチ・ラグジュアリーを、素材、構造、機能性を軸に現代化した。マイケル・コースの国際的なスポーツウェアとロベルト・メニケッティのモダニズムを、フィービー・フィロへつなぐ過渡期の担い手として位置づけられる。CELINE退任後はMaison Martin Margielaのクリエイティブ・ディレクターを務め、自身のブランドIO Ivana Omazicでは、量より品質、テーラリング、スローファッションを重視した女性服を展開。近年はDESA 1972のクリエイティブ・ビジョンにも携わり、流行性よりも着用性と素材の質を基盤に、日常に適応するモダンなワードローブを追求している。

キャリアタイムライン

イヴァナ・オマジッチとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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CELINE クリエイティブ・ディレクター 2005 - 2008
Maison Margiela クリエイティブ・ディレクター 2012 - 2014
IO Ivana Omazic デザイナー 2017 - 継続中または終了時期不明
Desa 1972 クリエイティブ・ディレクター 2024 - 現在(推定)

経歴

ミラノのIstituto Europeo di Designでファッションデザインを学んだ。卒業後はRomeo Gigli、PradaPrada SportJil SanderMiu Miuなどのデザイン現場で、ウィメンズウェア、スポーツウェア、素材、革小物、アクセサリーの商品開発に携わり、複数カテゴリーを横断する実務経験を積んだ。
2005年4月頃、CELINEにデザインコンサルタントとして参加し、同年7月頃にデザイン責任者へ就任。2008年まで、女性服、スポーツウェア、靴、バッグ、アクセサリーを含むデザイン領域の現代化を担い、素材と構造、実用性を重視した方向性を提示した。創業者セリーヌ・ヴィピアナのフレンチ・スポーツウェア、マイケル・コースの国際的なラグジュアリーロベルト・メニケッティのモダニズムをつなぎ、フィービー・フィロ就任前のブランド再編期を支えた人物。CELINE退任後の2012年にはMaison Martin Margielaのクリエイティブ・ディレクターに就任。2014年頃からは自身のブランドIO Ivana Omazicに取り組み、2017年にはパリで、量より品質、テーラリング、スローファッションを重視した女性向けコレクションを発表した。2024年以降は、トルコのレザーブランドDESA 1972でヘッドデザイナー兼クリエイティブ責任者として、革製品を軸としたブランドの方向性と商品開発に携わっている。

Desa 1972との関わり

2024 - 現在
クリエイティブ・ディレクター
1972 DESAのクリエイティブ・ディレクターとして、ブランドのレザーを中心とするメンズ・ウィメンズのデザインと創造的方向性を担う人物。2024年、DESAおよび1972 DESAのコレクションに関する契約を結び、2024年秋冬から2025年春夏にかけてブランドの再編に参加。2025年春夏以降は、トルコ発のレザーブランドが持つ職人技術と国際的なラグジュアリーファッションの感覚を接続する役割を明確にしている。オマジッチは、1972 DESAの核である上質な革、垂直統合型の生産体制、端正で抑制の効いたプロダクト志向を維持しながら、日常のワードローブとして成立するレディ・トゥ・ウェアへと商品領域を広げている。従来のレザージャケットやコート、バッグを基盤に、ドレス、スカート、パンツ、トップスなどを加え、革の柔らかさや色彩、表面加工を生かした現代的なコレクションを構成。編み込み、レーザー加工、リバーシブル仕様などの技術的な表現も取り入れ、素材の存在感を前面に出す方向へ再編集した。ミニマリズムを基調としながら、単なるベーシックに留まらない色、質感、シルエットの変化を加え、1972 DESAをトルコの革製品メーカーの高級ラインから、国際市場を見据えた総合的なレザーファッションブランドへ発展させる立場。ブランドの職人性を守りつつ、イタリアやパリなど欧州のファッション市場を意識したデザイン言語と商品構成を整える在任期

在任期

2024年、DESAおよび1972 DESAの2024年秋冬・2025年春夏コレクションにおけるクリエイティブ・ディレクターとして契約。2025年春夏から本格的にオマジッチの指揮によるコレクションが展開され、同年秋冬には100型を超える商品構成と革の加工表現を通じて新体制の方向性が明確になった。2026年時点でもクリエイティブ・ディレクターとして在任し、イスタンブールを基盤とするブランドの国際展開と商品開発を継続している

影響

オマジッチの在任によって、1972 DESAは革のアウターやバッグを中心とする構成から、ドレス、スカート、パンツ、トップスまで含む総合的なレディ・トゥ・ウェアへと商品幅を拡張。柔らかなナッパやラムスキン、豊富な色彩、編み込みやレーザー加工、リバーシブル仕様などを活用し、素材の職人性と現代的な機能性を結び付けた。端正なシルエットと抑制されたミニマリズムを軸に、トルコの革加工の伝統を欧州のラグジュアリー市場へ向けて再編集し、1972 DESAの国際的なブランド認知とデザイン上の独自性を強化する役割を果たしている

IO Ivana Omazicとの関わり

2017 - 継続中または終了時期不明
デザイナー
イヴァナ・オマジッチが自身の名を冠して立ち上げた独立ブランドで、創業者兼デザイナーとして女性向けレディ・トゥ・ウェアの方向性を担う。CELINEでのデザイン責任者を経て、2010年代半ばから自らのブランド構想に取り組み、2017年にはパリでコレクションを発表。大規模なラグジュアリーメゾンの組織内で培った商品開発の経験を、より小規模で個人的な服作りへ移し替えた位置づけとなる。ブランドでは、流行性や過剰な装飾よりも、素材の質、仕立て、着用時の実用性、長く使えるワードローブ性を重視。オマジッチがPradaJil SanderMiu Miu、CELINEなどで経験した構造的なデザイン、スポーツウェアや革小物への理解、日常生活に適応する服の考え方を、自身の名前によるコレクションとして再編集している。IO Ivana Omazicは、デザイナーの署名を前面に押し出した派手なブランド展開というより、少量でも品質と完成度を優先するスローファッション志向のレーベルとして位置づけられる。CELINE時代に担った女性服と商品構成の再整理を、より自律的で実験性のある環境へ引き継いだブランド

在任期

2014年頃から自身のブランド構想に取り組み、2017年にパリでブランドを発表。CELINEを2008年に離れた後の活動を背景に、企業メゾンのデザイン責任者から独立した創業者デザイナーへと立場を移した時期にあたる。在任終了時期は公表情報から特定しにくく、少なくとも2017年以降に自身の名を冠したレーベルを展開した記録がある

影響

IO Ivana Omazicでは、オマジッチが大手ブランドで培ったテーラリング、素材設計、スポーツウェア、革製品の知見を、品質と長期使用を重視する女性服へ集約。CELINE期に見られた実用性や構造感を、より個人的なスケールとスローファッションの姿勢のもとで再解釈した点に特徴がある。ただし、ブランドの市場規模や代表的な定番商品については、公開情報が限られる

Maison Margielaとの関わり

2012 - 2014
クリエイティブ・ディレクター
2012年、創業者マルタン・マルジェラが2009年に退いた後のMaison Martin Margielaに、クリエイティブ面を統括する立場で加わったデザイナー。報道によって「クリエイティブディレクター」「シニア・クリエイティブ職」など肩書きに揺れがあるものの、デザインチームを統括し、匿名性とチーム制を特徴としてきたメゾンに、外部から明確な責任者を置く転換を担った。 Prada、Miu Miu、Jil Sander、Prada Sport、CELINEで培った、レディ・トゥ・ウェア、素材、アクセサリー、商品開発を横断する経験を背景に、マルタン・マルジェラの不在後も継続していたブランドのデザイン運営を引き継いだ点に位置づけがある。一方、在任中の特定コレクションや新たな代表商品、ブランドコードの大規模な再定義については、公開情報から確定的に結びつけられる材料が限られる。2014年10月にジョン・ガリアーノのクリエイティブディレクター就任が発表されるまでの、創業者不在期から新たな個人主導体制へ移る過渡期を支えた役割

在任期

2012年11月、Maison Martin Margielaの新たなクリエイティブ責任者として就任が報じられた。マルタン・マルジェラの退任後、デザインチームを中心に運営されていたメゾンに対し、オマジッチは初めて外部から明確なクリエイティブリーダーとして迎えられた人物と位置づけられる。正確な退任時期は資料上明確ではないが、2014年10月にジョン・ガリアーノの就任が発表されるまでの約2年間、創業者不在期と次の本格的なディレクター体制の間を担った時期

CELINEとの関わり

2005 - 2008
クリエイティブ・ディレクター
イヴァナ・オマジッチは、マイケル・コース、ロベルト・メニケッティに続き、ブランドの方向性が定まりきらなかったCELINEでデザイン責任を担ったクリエイティブ・ディレクター。2005年春頃にコンサルタントとして参加し、同年夏頃から女性服を中心に、スポーツウェア、靴、バッグ、アクセサリーまで横断して商品構成の再整理に取り組んだ。Prada、Jil Sander、Miu Miuなどで培った素材開発と商品設計の経験を背景に、創業者セリーヌ・ヴィピアナが築いた日常性、実用性、レザーグッズの遺産を、2000年代の都市生活に合わせて再解釈。過度なロゴや装飾に依存するのではなく、素材、構造、機能性、着用時の適応力を重視した女性服を提示した。コース期のアメリカン・ラグジュアリーやメニケッティ期のモダニズムを引き継ぎながら、鮮やかな色、ニット、テクニカルな要素、スポーツウェアを組み合わせ、CELINEを現代的なファッションコレクションへ移行させようとした点に特徴がある。一方で、在任中はブランドの顧客像や美学がなお流動的で、フィービー・フィロ期のように一貫した女性像や象徴的な商品へ収束するには至らなかった。オマジッチの在任期は、短期間に交代が続いたCELINEが、創業者由来の実用性と国際的なラグジュアリーブランドとしての現代性を接続する過渡期として位置づけられる。

在任期

2005年、ロベルト・メニケッティの短い在任後にCELINEへ参加し、当初はデザインコンサルタント、同年夏頃からデザイン責任者として活動。マイケル・コース期の商業的な国際化と、フィービー・フィロ就任後の本格的なブランド再定義の間に位置する移行期であり、女性服、アクセサリー、靴、スポーツウェアを横断して商品とブランドの方向性を整える役割を担った。2008年に退任し、フィロへ引き継いだ。

影響

オマジッチ期のCELINEは、創業者時代の実用性やレザーグッズの伝統を保ちながら、素材、構造、機能性を軸にした現代的な女性服と商品構成へ移行した。服だけでなく靴、バッグ、アクセサリー、スポーツウェアを含む総合的なワードローブを整えた点に意義がある。ただし、在任期間が限られ、ブランドを象徴する長期的なアイコンや明確な美学の確立には至らず、次代の方向転換へつながる過渡的な成果として位置づけられる。

在任中のコラボレーション

この人物が関わった期間に確認できるブランド間コラボレーションです。

2014.01

Maison Margiela Converse

Maison Martin Margielaとのコラボ(2014年)。First String系のConverseをベースに、履き込むとひび割れ/退色して下地色が現れる加工が特徴の“着用で変化する”一足。

2013.09

Maison Margiela Converse

2013年、Chuck Taylor All StarやJack Purcellの全体を白く塗装したスニーカーコラボ。着用で下地色が現れるギミックも特徴。

2013.03

Maison Margiela G-SHOCK

2013年、G-SHOCK GA-300をベースに30周年限定モデルをコラボ。メタリックシルバー外装、スケルトン風など独自仕様、3000本限定で発売。

2012.11

Maison Margiela H&M

マルジェラ特有の匿名性やホワイト、曖昧さを追求したウィメンズ・メンズ+アクセ。リメイク的な要素も話題に。

2012.11

Maison Margiela H&M

2012年、メゾンのアイコン(匿名性や白など)をH&Mの大量流通で展開。限定カプセルコレクションでメンズ・ウィメンズ・アクセサリーが登場。