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ジョン・ガリアーノ

John Galliano

イギリス 1960 現在

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノについて

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

キャリアタイムライン

ジョン・ガリアーノとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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John Galliano デザイナー 1984 - 2011
Givenchy クリエイティブ・ディレクター 1995 - 1996
Dior クリエイティブ・ディレクター 1996 - 2011
Maison Margiela クリエイティブ・ディレクター 2014 - 2024

経歴

幼少期に家族とともに南ロンドンへ移住し、ウィルソン校などで学んだ後、東ロンドンのカレッジでテキスタイルを学んだ。1980年にセントラル・セント・マーチンズに入学し、1984年に『Les Incroyables』などの卒業コレクションで注目を集め、首席で卒業した。その卒業作はロンドンのブティックに買い上げられている。
1984年の卒業後に自身のスタジオを構え、1980年代後半から英国ファッション界で急速に頭角を現した。事業の再建を経て1995年にジバンシィ、1996年にはルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー傘下でクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーに就任し、歴史的モチーフと物語性を軸にした豪華なオートクチュール・ショーでブランドのイメージを刷新した。1987年と1994年の英国デザイナー・オブ・ザ・イヤー受賞や2009年のレジオン・ドヌール受章などを経てトップデザイナーにのし上がったが、2011年のパリでの差別的発言を契機にディオールを解任され、裁判で執行猶予付きの罰金を科されるなど厳しい処遇を受けた。以降はリハビリと謝罪を経て断続的に復帰活動を行い、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに迎えられて2015年に復帰コレクションを発表、その後約10年間同ブランドを牽引した。2024年末にマルジェラを離れたことが報じられ、復帰と論争を巡る評価が続いている。

Maison Margielaとの関わり

2014 - 2024

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノは2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任し、以降ブランドのクリエイティブ全体、特にArtisanal(オートクチュール)ラインの監督を務めた。就任は2014年10月6日に発表され、彼の初のArtisanalコレクションは2015年1月12日にロンドンで披露された。 在任期間中、ガリアーノはマルジェラの匿名性やデコンストラクションの伝統を尊重しつつ、自身の物語性豊かな演出と精緻なアトリエワークを結びつけることでブランド表現を再編した。衣服の構造や縫製、トワール(仮縫い)に見られる“作り”を前面に出すプレゼンテーションを重視し、モデルへ各ルックの背景やキャラクターを伝えて見せ方を強化する手法を貫いた。こうした演出はArtisanalを単なる展示ではなく技術と物語を示す舞台に変えた。 また、2015年のデビューに合わせてブランド表記がMaison Margielaへと短縮されるなど外向きの見え方にも変化が生じ、ガリアーノはArtisanalの注目度を高める一方で、クリスチャン・ルブタンとのフットウェア協業など大型のコラボレーションや限定品の導入を通じてメディア露出とコレクター需要を喚起した。こうした活動はブランドの商業的ポジショニングや国際展開にも影響を与え、退任は2024年12月に発表されて約10年の在任が幕を閉じた。

在任期

正式な就任発表は2014年10月6日で、ガリアーノは以後Maison Margielaのクリエイティブ全般を統括した。初のArtisanalコレクションは2015年1月12日にロンドンで発表され、これを皮切りにArtisanalを中心とした活動が本格化した。退任は2024年12月に発表され、約10年間の在任となった。

影響

ガリアーノはArtisanalを技術的探求と演出の場に据え、マルジェラのデコンストラクティブな遺産と舞台的な表現を融合させることでブランドの批評的評価と話題性を強化した。こうしたクリエイティブな方向性は商業面にも波及し、OTBグループや業界メディアは在任中の売上増や店舗展開の拡大を指摘しており、2023年には前年から約23%の売上伸長が報告されるなどブランド成長と結びついた。

Diorとの関わり

1996 - 2011

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノは1996年10月にルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー(LVMH)によりクリスチャン・ディオールのクリエイティブ・ディレクターに任命され、オートクチュールとレディ・トゥ・ウェアの両部門を統括しました。就任後はディオールのアーカイヴや創業期のコードを参照しつつ、自身の物語性と演劇性を強く打ち出すことでメゾンの表現を再定義しました。舞台的なセット、音楽、メイクを駆使したショー演出によりコレクションは「視覚的なスペクタクル」へと高められ、雑誌・報道・セレブリティの文化的場面で頻繁に取り上げられるようになりました。職人の手仕事や複雑な構築、刺繍などオートクチュールの技巧を重視し、それらをプレタポルテや広告、アクセサリー展開に波及させることでブランドの表現と商業性の両面に影響を与えました。1997年の初コレクション以降はレッドカーペットでの象徴的なドレス(ニコール・キッドマンが1997年のアカデミー賞で着用したチャートリューズのドレス等)も生まれ、メゾンの国際的な注目度は高まりました。一方で、公的な場での不適切発言が問題となり、2011年にディオールとの関係は断たれました。

在任期

在任は1996年10月(LVMHによる任命)から始まり、1997年1月に初のディオール・オートクチュールを発表して以降、約14年間にわたり女性コレクションのクリエイティブを率いました。2011年3月1日、公開された映像を受けてディオールが解雇手続きを開始し、同年に退任しました。

影響

ガリアーノはディオールに対して、オートクチュールのアーカイヴを現代的な語りで蘇生させ、ショーそのものをブランド発信の中心に据えることでディオールの注目度と文化的な存在感を大きく高めました。彼の演劇的なプレゼンテーションはメディア露出とレッドカーペットのハイファッション化を促し、後進のデザイナーやファッション表現にも強い影響を与えました。ただし2011年の不祥事はブランドイメージと本人のキャリアに深刻なダメージを残し、功績と問題を併せ持つ複雑な遺産を残しました。

Givenchyとの関わり

1995 - 1996

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノは1995年、ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー(LVMH)グループの判断によりメゾン・ジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任し、創業者ヒューバート・ド・ジバンシィの退任に伴う後任として抜擢されました。就任後はジバンシィの伝統的なエレガンスを尊重しつつ、自身の演劇的で歴史的なリファレンスを大胆に取り入れ、オートクチュールとプレタポルテ双方で独自の解釈を示しました。特に1996年1月21日にスタッド・フランセで披露された1996年春オートクチュールでは、バルーン状のボリューム、リボン装飾、ウエストを強調するベルト使いなど、ロマンティックかつドラマティックな要素を通じてメゾンの表現に新たな層を加えています。LVMHは若年層や新しい顧客層の取り込みを期待してガリアーノを起用し、メディアや業界からはジバンシィに「新たな息吹」をもたらす動きとして注目されました。しかし在任は短く、1996年秋にLVMHの決定でクリスチャン・ディオールへ移籍したため、ジバンシィでの直接的な統括は約一年強にとどまり、その後ジバンシィの責務はアレクサンダー・マックイーンが継承しました。

在任期

ジバンシィでの起用は1995年7月の報道で発表され、創業者の退任に伴う後任としての就任でした。ジバンシィでの初のオートクチュールは1996年1月21日にスタッド・フランセで発表され、その後1996年秋にLVMHの決定でクリスチャン・ディオールへ移籍したため、ジバンシィでの在任は約1年から1年半程度にとどまりました。

影響

短期間の在任ながら、ガリアーノはジバンシィに劇場性やロマンティシズムを持ち込み、プレスや業界の注目を集め、若年層やメディアの関心を呼び込む役割を果たしました。LVMHは彼を通じてハウスの活性化を図った一方で、移籍が早期に決定したためジバンシィ内部における恒久的な再編や長期的なスタイル定着には至りませんでした。

John Gallianoとの関わり

1984 - 2011

デザイナー

ジョン・ガリアーノは1984年、セントラル・セント・マーチンズでの卒業作『Les Incroyables』を契機に自身の名を冠したブランドを立ち上げ、創設デザイナーとしてブランドのクリエイティブ全般を主導しました。1991年のパリデビュー以降、歴史的モチーフと演劇的演出を融合させたオートクチュール的なドレスワークと物語性の強いショーで国際的な注目を集め、プレタポルテとハイファッションの双方でコレクションを展開しました。1990年代前半に財務的な困難を経験したものの、投資家による再建とパリ拠点の整備を経て事業基盤を強化し、1996年以降はLVMH/ディオール系の支援下で運営規模を拡大しました。ガリアーノは自身の特異な美学をブランドの核に据え、長年にわたりデザイン哲学とビジュアルアイデンティティを牽引し、メディアとセレブリティの注目を集める存在に育て上げましたが、2011年の一連の出来事を契機にブランドへの直接的な関与は終息しました。

在任期

在任期間はブランド創設の1984年から2011年までと位置づけられます。パリでの問題行為と逮捕が2011年2月下旬に発生し、2011年3月1日にディオールが解任手続きを開始、2011年4月中旬には自身の名を冠したブランドからも退くことが報じられました。

影響

ブランドへの最大の影響は、ガリアーノ個人の劇場的な演出と歴史的リファレンスを軸にした美学がそのままブランドの識別子となった点にあります。オートクチュール的な技巧と物語性でショー自体を注目の的にし、メディア露出や著名人の支持を得た一方で、事業面では資金調達や所有構造の変化、2011年の不祥事による創業者不在がブランド運営に大きな転機をもたらしました。

関連ブランド

関わったグループ

在任中のコラボレーション

2023.09

Maison Margiela CHENPENG

2023年9月、MM6×CHENPENG。パファーコートやクロップド、ジレなど全3型を中心にコレクション展開。

2023.02

Maison Margiela Gentle Monster

2023年2月発表・2月28日発売。第1弾は計11型(サングラス+オプティカル)をラインナップ。Galliano流の解釈が光る。

2022.11

Maison Margiela Salomon

2022年11月、MM6とSalomonの初コラボ。Cross Low/Cross Highなどアウトドア×都市テーマで2シルエットを展開。

2022.04

Maison Margiela EASTPAK

2022年4月、第2弾コラボでバッグ、バックパック、ウォレット、スーツケース等を展開。シュルレアリスムな“視覚的ジョーク”も表現。

2021.09

Maison Margiela EASTPAK

2021年9月、MM6×Eastpak初コラボ。Eastpakの定番バッグをMM6流に再構築、リバーシブル等のギミックが特徴。

2021.05

Maison Margiela Reebok

2021年5月、Classic Leather TabiとClub Cの新色追加。コラボ継続展開の一部としてリリース。

2021.03

Maison Margiela Reebok

2021年3月、プリントで立体感を再現した“Club C”モデルも展開。1枚革+平面画像のトロンプルイユ手法を活用。

2021.01

Maison Margiela Reebok

2021年1月、Classic LeatherをTabi化した“Classic Leather Tabi (Bianchetto)”を発売。白塗り表現“Bianchetto”も特徴。

2020.10

Maison Margiela The North Face

2020年、MM6とTHE NORTH FACE初コラボ。Expedition SystemをMM6流に再構築し、連結等のアイデアを含むAW20カプセルを展開。

2020.09

Maison Margiela Reebok

2020年以降、Tabi Instapump Furyなど継続的なフットウェア協業を展開。初回は2020年9月、他にもClassic Leather Tabiなど複数モデルが発売。

2017.12

Maison Margiela MACKINTOSH

2017年12月、Mackintoshとの初コラボでトレンチコート2型を展開。白衣の発想やGalliano流デコルティケを融合したデザイン。

2014.04

Maison Margiela MYKITA

2014年春夏シーズン、“Essential”“Dual”2系統・合計10型のユニセックスアイウェアを限定的に展開。脱構築やパウダーコート等の特徴。

関連する人物

Dior

2025 - 継続中または終了年不明

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

Kim Jones

2016 - 2025

マリア・グラツィア・キウリ

アーティスティック・ディレクター

Maria Grazia Chiuri

2012 - 2015

ラフ・シモンズ

クリエイティブ・ディレクター

Raf Simons

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

Marc Bohan

1957 - 1960

イヴ・サン・ローラン

アーティスティック・ディレクター

Yves Saint Laurent

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

Christian Dior

Dior Men

2025 - 2025

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

Kim Jones

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

Hedi Slimane

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