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ラフ・シモンズ

Raf Simons

ベルギー 1968 現在

ベルギー出身のファッションデザイナー、Prada共同クリエイティブディレクター(アントワープ拠点)

最終更新日: 2026.04.28

ラフ・シモンズについて

ラフ・シモンズ(Raf Simons)はベルギー出身のファッションデザイナーで、アントワープを拠点にメンズとウィメンズを横断するコレクションを発表する。若者文化や音楽、現代美術を参照したモチーフと精緻な仕立てを組み合わせる表現で国際的に評価されている。工業・家具デザインを学び1991年に卒業、家具デザイナーやウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエでのインターンを経て1995年に自身のブランドを立ち上げた。以後、教育(ウィーン応用芸術大学のファッション学科長)や主要メゾンでのクリエイティブ職を通じて活動の幅を広げ、Jil Sander、Christian Dior、Calvin Kleinなどでの就任を経て、2020年にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任した。2022年には自身のブランドの閉鎖を発表し、コレクション制作にとどまらない展覧やコラボレーションを通じて現代美学の議論に関与し続けている。

キャリアタイムライン

ラフ・シモンズとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Raf Simons デザイナー 1995 - 2022
JIL SANDER クリエイティブ・ディレクター 2005 - 2012
Dior クリエイティブ・ディレクター 2012 - 2015
Calvin Klein クリエイティブ・ディレクター 2016 - 2018
Prada クリエイティブ・ディレクター 2020 - 継続中または終了年不明

経歴

GenkのLUCA School of Artsで工業・家具デザインを専攻し1991年に学位を取得。在学中にウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのスタジオでインターンを経験し、その後家具デザイナーとして活動。ファッションは独学で取り組み、リンダ・ロッパの助言を受けて1995年に初のメンズコレクションを発表した。
1995年にメンズコレクションを発表して自身のブランドを始動し、以降のキャリアを築いた。2000年にはウィーン応用芸術大学ファッション学科の学科長に就任(2000–2005)し教育と制作を並行して活動基盤を拡張した。2005年にJil Sanderのクリエイティブ・ディレクターに抜擢されウィメンズウェアにも取り組むようになり、2012年にChristian Diorのアーティスティック・ディレクターに就任して初のオートクチュールを発表、2015年に同職を辞任した。2016年にはCalvin Kleinのチーフクリエイティブオフィサーに就任(2016–2018)し、2018年に同職を離れた。2020年4月にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任しハウスの共同運営を担う一方、2022年には自身のブランドの閉鎖を発表して最終シーズンを迎えた。2017年にはCFDAでメンズ/ウィメンズ両部門の受賞、2018年にもウィメンズ部門を受賞するなど受賞歴も多数。教育、展覧企画、アーティストとの協働を通じた横断的な表現がキャリアを通じた一貫した軸となっている。

Pradaとの関わり

2020 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

Raf Simons(ラフ・シモンズ)は2020年4月2日付でプラダの共同クリエイティブ・ディレクターに就任し、ミウッチャ・プラダと共同でブランド全体のクリエイティブを等しく統括する役割を担いました。公式発表では、女性服と男性服の両コレクションに二人で責任を持ち、創造的インプットと意思決定を共有する体制であること、最初の共同コレクションが2020年9月のスプリング/サマー2021であることが明記されています。 就任以降、シモンズは自身のグラフィック的感性やロゴの再解釈、ミニマルと装飾の対比といった視覚的手法をプラダの語彙に持ち込み、ミウッチャの概念的・社会的なテーマと組み合わせて共同でコレクションを作ってきました。デビュー共同コレクションではロゴの大振りな使用や独創的なプリント、ジュエリーやバッグへのロゴの応用が目立ち、ライブ配信とQ&Aを伴う発表形式で“エッセンシャル”を巡る議論を提示しました。 その後も二人はシーズンを重ねて協働を続け、ユニフォーム的要素の再検討、素材とプロポーションの再構築、レイヤリングや併置による新たな着方の提案などを通じてプラダのビジュアル言語とプレゼンテーション手法に変化をもたらしています。共同体制は単独のオーサーシップに代わる“対話的な創作”の在り方を提示し、コレクションとその見せ方に継続的な関心を呼び起こしています。

在任期

Raf Simonsは2020年4月2日付でプラダの共同クリエイティブ・ディレクターに就任し、ミウッチャ・プラダと対等な立場で女性服・男性服のデザインと意思決定を共有する役割を担っています。最初の共同コレクションは2020年9月に発表されたスプリング/サマー2021で、終了日は未定です。共同体制は継続しており、少なくとも2025年9月の発表時点まで二人による監督が続いています。

影響

プラダへの主な影響は、創造体制を単独の作者像から共同対話へと転換した点、ブランド語彙の更新(ロゴ表現やグラフィックの強化、ユニフォーム的着想の導入)、および発表手法の近代化を通じてメディアと業界の注目を再喚起した点にあります。これによりプラダは伝統性と実験性を同時に打ち出す新たな段階へと向かいました。

Calvin Kleinとの関わり

2016 - 2018

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズは2016年8月にカルバン・クラインのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任し、コレクション、プラチナ、メインライン、ジーンズ、アンダーウェア、ホームといったブランド全体のデザイン、グローバル・マーケティング、コミュニケーション、ビジュアル表現を統括しました。就任後は高級ラインを「Calvin Klein 205W39NYC」として再編し、2017年2月のニューヨーク・ファッションウィークでのデビューを皮切りに、ランウェイ、広告、店舗空間に至るまで一貫した美術的なビジュアル世界を構築しました。彼のコレクションは映画的モチーフやアメリカ文化の象徴を参照することで知られ、会場セットや旗艦店の内装ではスターリング・ルビーなど現代美術家との協働を取り入れて、服そのものと空間表現を連動させる演出を行いました。こうした芸術志向のアプローチはブランドイメージを大きく書き換え、モード系メディアや批評の注目を集める一方で、既存の大衆向けカテゴリとのバランスや商業的な回収に関しては議論を呼びました。

在任期

公式発表によれば、ラフ・シモンズのカルバン・クライン就任は2016年8月2日に公表され、離任は2018年12月21日に発表されました。報道では当初3年契約での起用とされており、結果的に契約満了前の離脱となったため、在任期間は概ね2016年8月から2018年12月までのおよそ2年半に相当します。

影響

在任中、シモンズはブランドの上位領域に芸術性を持ち込み、205W39NYCを核にしたハイファッション的な再定義や、アーティストとの協働、アート作品のプロダクト利用などでカルバン・クラインのビジュアル言語を更新しました。一方で、親しみやすい価格帯のジーンズやアンダーウェア等の主要カテゴリーとの整合性や投資回収の面で課題が指摘され、離任後にはハイファッション事業の再編やブランド方向性の見直しが進められました。

Diorとの関わり

2012 - 2015

クリエイティブ・ディレクター

Raf Simonsは2012年4月にクリスチャン・ディオールのクリエイティブ・ディレクター(女性コレクション担当)に就任し、オートクチュール、レディ・トゥ・ウェア、アクセサリーにおける創作全体を統括しました。メゾンが長年蓄積してきたアーカイブと象徴的なシルエットを引き継ぎつつ、自身のモダニズム的な美学でそれらを現代的に再解釈する方針を打ち出しました。 入任直後、Simonsは就任からわずか数週間で初のオートクチュール発表に取り組み、その制作過程(約8週間)はドキュメンタリー映画『Dior and I』に記録されています。コレクションではディオールの“New Look”を尊重しながらBarジャケットなどの比率を再構成し、ミニマリズムや現代美術の参照を織り交ぜつつ、クチュール工房の職人技を前面に出した表現を追求しました。 デザイン面では伝統的なアーカイブを「箱から出す/箱に戻す」ような緊張感を伴う再編集で語り直し、批評家や顧客の注目を集めました。入任初年度には商業面でもプラスの反応が報告される一方、伝統と革新のせめぎ合いから賛否も生じました。Simonsは2015年10月に個人的理由でディオールを退任するまで、約3年半にわたりメゾンの女性コレクションにモダンな輪郭を与え続けました。

在任期

Raf Simonsは2012年4月(発表日:2012年4月9日)にクリスチャン・ディオールのクリエイティブ/アーティスティック責任者として発表され、同年夏に初めてのオートクチュールを発表しました(就任から約8週間での制作が記録されています)。その後、2015年10月22日に個人的理由を理由に退任を発表し、在任期間は約3年半に及びました(2012年4月〜2015年10月)。

影響

Simonsの在任は、ディオールの歴史的シルエットを尊重しながら現代的な切り口で再提示する転機となりました。クチュール工房の職人技を可視化しつつ、ミニマリズムや現代美術を取り込むことでメゾンの表現を若返らせ、メディアや消費者の注目を高めました。入任初年度には売上や評価に好影響が報告されるなど、ブランドの商業的・文化的な活性化にも寄与しました。

JIL SANDERとの関わり

2005 - 2012

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズは2005年7月にジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターに就任し、メンズとウィメンズの両コレクションを統括しました。メンズ出身の背景を活かして精緻なテーラリングと構築的なプロポーションを軸に据えつつ、従来の「削ぎ落した」ジル・サンダーの美学を尊重し、そこに色彩やテクスチャー、柔らかなドレープやフェミニンなシルエットを導入することでブランド語彙を拡張しました。2006年のミラノでのウィメンズ本格披露以降、コレクションは黒やニュートラルに加えピンクや光沢素材などを取り入れたより官能的で詩情を帯びた表現へと移行し、評論家やメディアの注目を取り戻しました。加えてアートや音楽を参照する演出を取り入れ、コレクションにコンセプチュアルな層を与えたことも特徴です。2012年初頭の退任までの約7年間、ブランドの核心である簡潔さを損なうことなく現代的な感性を付与し、ジル・サンダーの表現を現代化した在任期として広く認識されています。

在任期

公式発表では2005年7月1日にクリエイティブ・ディレクターに就任し、2012年初頭に退任するまで約6年半〜7年にわたり同職を務めました。在任中はメンズとウィメンズの両ラインを統括し、ウィメンズは2006年にミラノで本格的に発表されました。退任後は創業者ジル・サンダーの復帰により体制が切り替わりました。

影響

シモンズのもっとも明確な影響は、ジル・サンダーのミニマリズムを維持しつつそこに新たな表情を加えた点です。厳格なテーラリングや構築性を残しながら、色使いや素材感、よりフェミニンなドレープを導入することで“ロマンティック化されたミニマリズム”と評され、批評的評価とブランドの視認性を高めました。またコレクションの演出や媒体露出を通じてモダンなイメージを再構築し、シモンズ期はブランドの現代的訴求力を高めた転換期と見なされています。一方でオーナー交代や創業者復帰といった企業的事情がデザイン継続性に影響を及ぼしたことも重要な文脈です。

Raf Simonsとの関わり

1995 - 2022

デザイナー

Raf Simonsは1995年に自身の名を冠したブランドを設立し、デザイナー兼ブランドの思想的リーダーとしてコレクションの企画・デザイン・ビジュアルを一貫して主導してきました。ブランドは当初メンズウェアを核に据え、クラシックなテーラリングとポストパンクやテクノなどのサブカルチャーを組み合わせることで、新しい男性像とシルエットを提示しました。コレクションやショーでは音楽家や現代アーティストとのコラボレーション、舞台的な演出を積極的に取り入れ、服そのもののみならずショー全体を通じた表現でブランドのアイデンティティを築き上げました。2005年以降はよりカジュアルなセカンドラインを展開するなどプロダクト幅を広げ、国内外のブティックやセレクトショップを通じて熱心なファン層を育てました。長年ブランドの中心人物としてクリエイティブを牽引した後、2022年秋に発表したコレクションを最終公演とし、その年11月にブランド活動の終了を公式に発表しました。この期間、ブランドはファッション界における議論の的となり、多くのデザイナーやブランドに影響を与え続けました。

在任期

1995年にブランドを立ち上げて以降、Raf Simonsは主にメンズコレクションを通じてブランドのクリエイティブを担い続けました。ブランドは複数の節目を迎えつつも継続的にコレクションを発表し、2005年のライン拡張や国際流通の拡大を経て、2022年10月に発表したコレクションが最後となり、同年11月に活動終了を表明しました。

影響

Raf Simonsの名を冠したブランドは、クラシックなテーラリングと若者文化の結合という独自の表現でメンズファッションの語彙を広げました。ショー演出やアーティストとの共同制作を通じてファッションを文化的な文脈で提示し、高級ファッションとストリートのあいだに新たな接点を生み出すことで、後続のデザイナーや業界の方向性にも継続的な影響を与えました。

関連ブランド

在任中のコラボレーション

2009.06

JIL SANDER Damiani

2009年にDamianiとグローバルジュエリー&ウォッチのライセンス契約。SS2010シーズンからジュエリー展開、ウォッチは2010年初頭から販売。

2020.02

Raf Simons Dr. Martens

“1460 Remastered”企画で、メタルリングなどを配した特別な1460モデルを提供。

関連する人物

Prada

1978 - 継続中または終了年不明

ミウッチャ・プラダ

クリエイティブ・ディレクター

ミウッチャ・プラダについて

イタリアのファッションデザイナー、プラダ&ミュウミュウのクリエイティブディレクター(ミラノ拠点)。

ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada、1949年5月10日生)はイタリア・ミラノを拠点に活動するファッションデザイナーで、プラダとミュウミュウのクリエイティブを長年率いる人物である。ミラノ大学で政治学の博士号を取得後、ピッコロ劇場でパントマイムと演劇を学び、1970年代後半から家業のプラダに参加して素材とフォルムの実験を続けた。1979年のポコノ(ナイロン)バッグ導入や1980年代後半のレディ・トゥ・ウェア展開によってブランドを再構築し、控えめで知的なフェミニニティを提示する美学で国際的評価を獲得した。1993年にミュウミュウを立ち上げ、同年に文化支援を目的とする財団を設立して建築や現代美術との対話を深めた。近年は経営パートナーのパトリツィオ・ベルテッリとの共同運営やラフ・シモンズとの共同クリエイティブ体制を通じてブランドと文化プロジェクトを横断的に展開する。

Miuccia Prada

1913 - 1958

マリオ・プラダ

デザイナー

マリオ・プラダについて

プラダ創業者・ミラノ拠点の革製品実業家兼デザイナー。

プラダの創業者で、ミラノを拠点に高級皮革製品を扱った実業家・デザイナー。1913年に兄弟とともに「Fratelli Prada(プラダ兄弟)」を創業し、ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレIIに旗艦店を開業した。創業期は輸入の英国製スチーマートランクやハンドバッグ、旅行用ケース、化粧ケース、宝飾品などを取り扱い、店内には英国調の什器を備えて上流顧客に支持された。1919年にイタリア王室御用達の称号を得て、サヴォイア家の紋章と結び目が商標に取り入れられるなどブランドの象徴形成に寄与した。創業者としての職人性と商才がプラダの基礎を築き、娘ルイーザ、孫ミウッチャへの世代継承を通じて企業としての継続と拡大の出発点となった。1958年に死去した。

Mario Prada

Dior

2025 - 継続中または終了年不明

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

2016 - 2025

マリア・グラツィア・キウリ

アーティスティック・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリについて

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

Maria Grazia Chiuri

1996 - 2011

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

ジャンフランコ・フェレについて

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエット...

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエットを持ち込み、1980〜90年代のメゾンに新たな国際性と重厚なエレガンスを与えた。

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

マルク・ボアンについて

フランスのオートクチュールデザイナー。クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクター(1960–1989)。

マルク・ボアン(Marc Bohan、1926年8月22日 - 2023年9月6日)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターを長年務めた人物です。端正で抑制の効いたエレガンスと精緻なテーラリングを信条とし、女性の身体を美しく見せるスリムなシルエットで知られます。1950年代にロベール・ピゲ、エドワール・モリュー、ジャン・パトゥーらのもとで修業し、1958年にディオールのロンドン部門に参加。1960年に本店のクリエイティブディレクターに就任して以降、ベビーラインやメンズラインの立ち上げなどハウスの事業展開にも関わりつつ、グレース・ケリーやエリザベス・テイラー、イラン皇后ファラー・パフラヴィなど国際的な顧客に愛用されました。穏やかな人物像と実用性を重んじる服作りでディオールの伝統を長年支え、1989年の退任後はロンドンで活動を続けました。

Marc Bohan

1957 - 1960

イヴ・サン・ローラン

アーティスティック・ディレクター

イヴ・サン・ローランについて

フランスのファッションデザイナー。メゾン創業者であり、若くしてディオールの後継を務めた。

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent、1936年8月1日—2008年6月1日)は、20世紀後半のファッションを象徴するフランスのデザイナーです。アルジェリアのオランで生まれ、若くしてパリに出てクリスチャン・ディオールのアトリエで修業し、1957年に21歳でディオールの後継となりました。1961年にピエール・ベルジェとともに自身のメゾンを創設し、左岸発のプレタポルテ「リヴ・ゴーシュ」を打ち出してハイファッションの大衆化を推進しました。女性のパンツスタイルや女性用タキシード「ル・スモーキング」など、性別の境界を揺るがすアイコニックなデザインで知られ、香水やメンズラインの展開、国際的な回顧展などを通じて広く影響を及ぼしました。私生活では精神的な苦悩や依存の時期もあったものの、退任後も作品と美学は現代に残り、パリやマラケシュでの博物館公開を通じて遺産が保存されています。

Yves Saint Laurent

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

クリスチャン・ディオールについて

フランスのオートクチュールデザイナー、メゾン・クリスチャン・ディオール創立者で戦後ファッションに革新をもたらした人物。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior、1905年1月21日生-1957年10月24日没)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、20世紀半ばの女性服を象徴する存在です。ノルマンディーのグランヴィルで生まれ、パリで政治学を学んだ後に若くして画廊を経営し美術に親しんだ経験が造形感覚を育みました。1946年に実業家の支援を受けてメゾンを設立し、1947年の初コレクション「コロール」(のちに「ニュールック」と呼ばれる)で絞られたウエストと豊かなスカートという新しいシルエットを提示して戦後のファッションを一変させました。香水『ミス・ディオール』の発表などを通じてブランドを国際的に拡大し、1957年に死去するまでメゾンを牽引しました。

Christian Dior

Dior Men

2025 - 2025

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

クリス・ヴァン・アッシュについて

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー/元Dior Homme・元Berlutiアートディレクター、パリ拠点。

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー。パリを拠点に活動し、アーティスティック・ディレクターや自身のブランドでの創作を通じてモダンな仕立てと都市的なミニマリズムを軸に作品を展開する。アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学び、卒業後パリに移ってイヴ・サンローランでヘディ・スリマンのアシスタントを務め、のちにディオールのメンズラインの立ち上げに参加した。2005年に自らのブランドKRISVANASSCHEを立ち上げ、2013年にパリにブティックを開店したが、2015年に活動を一時休止した。2007年から2018年までディオール・オムのアーティスティック・ディレクターを務め、伝統的な仕立てに現代的なカットやストリートの要素を組み合わせたシルエットを提示し、A$AP RockyやOliver Simらをアンバサダーに起用した。2018年にベルルッティのクリエイティブディレクターに就任、2019年にデビューコレクションを発表したのち2021年に退任。レザーや靴、家具修復を含む工房仕事やアートプロジェクトとの連携も行い、現在は教育やコラボレーションを中心に多面的に活動する。

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

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