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ジョナサン・アンダーソン

Jonathan Anderson

イギリス 1984 現在

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

最終更新日: 2026.03.12

ジョナサン・アンダーソンについて

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

キャリアタイムライン

ジョナサン・アンダーソンとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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JW Anderson デザイナー 2008 - 継続中または終了年不明
LOEWE クリエイティブ・ディレクター 2013 - 2025
Dior Men クリエイティブ・ディレクター 2025 - 2025
Dior クリエイティブ・ディレクター 2025 - 継続中または終了年不明

経歴

若年期に演劇を学ぶため渡米した後、ダブリンで小売に携わりつつファッションへの関心を深め、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのメンズウェア課程に進学。2005年に同校を卒業し、ビジュアルマーチャンダイジングやスタイリングを通じて実務経験を積みました。
ダブリンのデパート勤務やプラダでのビジュアル関連業務を経て、2008年にJW Andersonを設立。アクセサリーやメンズラインで注目を集め、2010年にウィメンズラインを拡張し、ハイストリートや他ブランドとのコラボを行いながらブランドを育てました。2013年にはLVMHがブランドに出資し、同年ロエベのクリエイティブディレクターに就任。ロエベ在任中はパズルバッグの成功やロエベ財団によるクラフト支援などでブランドの評価と事業規模を押し上げました。2025年3月にロエベを退任し、その後同年にディオールでのクリエイティブディレクター就任が発表され、現在はディオールと自ブランドの双方で創作とコラボレーションを継続しています。

Diorとの関わり

2025 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンは、2025年6月2日にクリスチャン・ディオールのクリエイティブ・ディレクターに就任しました。ウィメンズ、メンズ、オートクチュールの三部門を単独で統括する役割を担い、メゾンのアトリエと密接に連携しながらブランド全体のクリエイティブビジョンを再編成します。単一のデザイナーが三部門を率いるのはクリスチャン・ディオール以来の異例の布陣であり、伝統的なコードを踏まえつつ現代的な解釈を加えることが期待されています。 アンダーソンはロエベ在任中に職人技とアート的演出を結びつけ、ブランドの国際的な評価と商業的成長に寄与した実績を持ちます。ディオールではそのクラフツマンシップ志向と概念的な見せ方を基盤に、アーカイヴを参照した再解釈とメゾン伝統の融合を図ることが見込まれます。経営陣からの高い期待と信頼を受け、大規模なチームとアトリエを統括する体制へ移行します。 就任後の発表スケジュールでは、アンダーソンのメンズデビューが2025年6月に予定され、ウィメンズは秋の主要シーズンでの発表が見込まれます。メゾンは2025年7月のオートクチュールを一度見送り、彼による最初のオートクチュールは2026年1月に披露される見通しです。現時点ではウィメンズとメンズのショーを別に維持する方針が示されている一方で、制作体制の一本化はディオールの表現と商品設計に広範な影響を及ぼす可能性があります。

在任期

任期の流れとしては、アンダーソンはまず2025年4月にディオールのメンズ部門のアーティスティックディレクターとして発表され、続いて2025年6月2日にウィメンズとオートクチュールも含むクリエイティブ・ディレクターに就任しました。ロエベを2025年3月に退いた後の抜擢で、終了日は未定、現職を継続中です。

影響

アンダーソンの起用はディオールの制作体制を一本化し、ブランドのクリエイティブ統一と再活性化を目指す戦略的人事と位置づけられます。ロエベでの成功に裏打ちされたクラフト重視の姿勢やアート志向の演出は、アトリエ運営や商品開発、ランウェイ表現に直接的な影響を与える期待があり、短中期的にブランドの表現方法と市場での競争力に変化をもたらす可能性があります。

Dior Menとの関わり

2025 - 2025

クリエイティブ・ディレクター

Jonathan Andersonは2025年4月17日にDiorのメンズコレクション(Dior Men)のクリエイティブ・ディレクターに就任しました。前任のキム・ジョーンズの後任としてメンズラインの創造的舵取りを任され、2025年6月27日にパリで発表予定の自身初のディオール・メンズコレクションに向けて、コレクションの方向性決定やアトリエとの協働、アーカイブの精査といった実務的準備を短期間で進めました。就任直後からハウスのアーカイブに深く立ち返る姿勢を示し、伝統的な職人技やハウスコードを尊重しつつ、ロエベで培ったモダンな美学や話題性の高い演出をメンズへ持ち込む意向を明確にしました。なお、就任発表時には自身のブランドJW Andersonの関与を継続する意向も示されており、Dior Menでの創造的実務と並行した活動が続く形となりました。この短期のメンズ専任期は、部門の注目度を高めると同時に、その後の全コレクション統括への前奏となりました。

在任期

在任期間は、Dior Menのクリエイティブ・ディレクターとして発表された2025年4月17日から、Diorが彼をウィメンズ・メンズ・オートクチュールを統括する単独のクリエイティブ・ディレクターに指名した2025年6月2日までに相当します。4月の発表はLVMHの場でも伝えられ、6月の発表で役割はメンズ専任から全コレクション統括へと拡大しました。

影響

短期間の在任ながら、Andersonのメンズ就任は業界に強い注目を集め、Diorのクリエイティブ体制再編とブランド活性化のシグナルとなりました。アーカイブ重視とアトリエ連携を軸にしたアプローチは、伝統とモダンを結ぶ方向性をメンズにもたらす可能性を示し、その後の全コレクション統括という決断とも整合する動きとなりました。

LOEWEとの関わり

2013 - 2025

クリエイティブ・ディレクター

Jonathan Andersonは2013年9月の就任以降、2025年3月の退任まで約11年にわたりLOEWEのクリエイティブ・ディレクターとしてブランドの創造的再編と国際的な地位向上を主導しました。伝統的なレザー職人技をブランドの中心に据えながら、現代美術やポップカルチャーとのコラボレーション、展示的なショー演出、アート寄りのキャンペーンを積極的に取り入れ、プロダクトとブランド体験の両面で語彙を刷新しました。具体的には、折り紙的な構造で多様な持ち方が可能なPuzzleバッグ(2015年発表)などの新しいアイコンを生み出し、職人支援を制度化するLOEWE FOUNDATION Craft Prize(2016年創設)を立ち上げ、工芸をブランド戦略の中心に据えました。またスタジオジブリなどとのコラボレーションや、ショップ空間・ポップアップを美術館的に演出する取り組みにより、LOEWEを単なるレザー専門メゾンから“文化とクラフトを兼ね備えたモダンなラグジュアリーハウス”へと転換させました。

在任期

在任期間は2013年9月(LVMHによる発表は2013年9月25日)に就任し、2025年3月17日に退任するまでの約11年半に及びました。在任中はデザインと組織の再編、製品ラインの拡張、文化施策の導入を通じてLOEWEの国際的なプレゼンスを高めました。

影響

アンダーソンの在任は商品設計、文化支援、商業業績の三方向で大きな変化をもたらしました。代表例として2015年発表のPuzzleバッグはブランドの象徴的プロダクトとなり、2016年創設のLOEWE FOUNDATION Craft Prizeは職人支援を恒久的に制度化しました。報道ではLOEWEの売上は2014年の約€230百万から2024年には約€1.07十億へと大幅に成長したと伝えられており、ブランドの認知度と収益性が同時に向上した点が大きな成果です。

JW Andersonとの関わり

2008 - 継続中または終了年不明

デザイナー

ジョナサン・アンダーソンは、2008年にロンドンで自身の名を冠したブランド「JW Anderson」を設立し、以降ブランドの中心的デザイナー兼クリエイティブ・ディレクターとしてコレクション全体の方向性を指揮してきました。ブランドは当初メンズウェアとして発表され、2010年にウィメンズラインを導入。彼のデザインはメンズとウィメンズの境界を横断するユニセックス志向、ひねりのあるプロポーションとアクセサリーへの強いフォーカス、素材やクラフトを重視する姿勢が特徴で、既成の性別規範を問い直すシルエットやニットワーク、遊び心のある小物類を通じてブランドの表現を築いてきました。 一方でアンダーソンはブランドの認知拡大のためハイストリートや量販とのコラボレーションも積極的に行い、Topshopとのカプセルコレクション(2012年)は短時間で完売する反響を呼びました。2013年にはLVMHがJW Andersonにマイノリティ出資を行い、資本面や流通面での基盤が強化されたことで国際展開を加速。さらに自らのブランドを基軸に、大手メゾンでの外部就任(例:Loewe)と並行してJW Andersonのコレクション、アクセサリー、店舗空間やライフスタイル的な商品のキュレーションまでを包括的に手がけることで、ブランドの総合的なビジョンを築いています。 この間、JW Andersonは若手ブランドとしては異例の評価を受け、2015年には英国ファッションアワードでメンズおよびウィメンズのデザイナー賞を同年に受賞し、業界内外での注目度を確立しました。近年はコレクション発表のかたちや店舗の在り方を再検討するなど、服だけにとどまらない“キュレーションするブランド”としての展開も進めています。

在任期

在任は2008年のブランド設立以降、現在に至るまで継続しています。2008年にメンズ中心でスタートし、2010年にウィメンズを加える形で事業を拡大。2013年のLVMHによるマイノリティ出資後もジョナサン・アンダーソンはJW Andersonのクリエイティブを直接統括し続けており(終了日は未定)、近年は店舗やプロダクトのライフスタイル化を含むブランド再構築も並行して進めています。

影響

JW Andersonはアンダーソンのユニセックス志向とクラフト重視の美意識によって、2010年代以降のジェンダーに関する表現の拡張を促したブランドの一つです。ハイストリートとのコラボレーションやLVMHの資本参加、2015年の英国ファッションアワードでのメンズ/ウィメンズ同時受賞といった出来事を通じて、批評的評価と商業的プレゼンスの両面で影響力を拡大し、若手ブランドのスケールアップやデザインの多様性の浸透に寄与してきました。近年は店舗やキュレーションを通じたライフスタイル展開にも取り組んでいます。

関連ブランド

関わったグループ

在任中のコラボレーション

2025.01

LOEWE On

Cloudtilt 2.0のリフレッシュ版発表・発売。CloudTec Phase、マルチレイヤーアッパー、トゥガード強化、共同ロゴ仕様など。

2024.10

LOEWE On

2024年FWコラボ追加ドロップ。Cloudtiltに新色(dark sand/cherry/orange)が登場し、共同ロゴ引き続き採用の連続ドロップ。

2024.05

LOEWE On

LOEWE×Onコラボ第2弾(Drop2)。Cloudventureの新色(黄/黒/白)やグラデ再販などがラインナップされたが、日付詳細は未特定。

2023.10

LOEWE On

Cloudtilt(ライフスタイル向け新型シューズ)ローンチ。2023年10月12日発売。後に追加カラーDrop2も展開予定とされた。

2025.10

JW Anderson Moncler

2025年10月9日、MonclerとJW Andersonが限定パファージャケット2型で再タッグ。チェックシャツやストライプ着想。

2022.06

JW Anderson Moncler

2022年6月、“1 Moncler JW Anderson”をGenius枠で発表。色彩豊かでジェンダーフルイドなアウターやトート等を展開。

関連する人物

Dior

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

2016 - 2025

マリア・グラツィア・キウリ

アーティスティック・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリについて

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

Maria Grazia Chiuri

2012 - 2015

ラフ・シモンズ

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズについて

ベルギー出身のファッションデザイナー、Prada共同クリエイティブディレクター(アントワープ拠点)

ラフ・シモンズ(Raf Simons)はベルギー出身のファッションデザイナーで、アントワープを拠点にメンズとウィメンズを横断するコレクションを発表する。若者文化や音楽、現代美術を参照したモチーフと精緻な仕立てを組み合わせる表現で国際的に評価されている。工業・家具デザインを学び1991年に卒業、家具デザイナーやウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエでのインターンを経て1995年に自身のブランドを立ち上げた。以後、教育(ウィーン応用芸術大学のファッション学科長)や主要メゾンでのクリエイティブ職を通じて活動の幅を広げ、Jil Sander、Christian Dior、Calvin Kleinなどでの就任を経て、2020年にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任した。2022年には自身のブランドの閉鎖を発表し、コレクション制作にとどまらない展覧やコラボレーションを通じて現代美学の議論に関与し続けている。

Raf Simons

1996 - 2011

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

ジャンフランコ・フェレについて

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエット...

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエットを持ち込み、1980〜90年代のメゾンに新たな国際性と重厚なエレガンスを与えた。

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

マルク・ボアンについて

フランスのオートクチュールデザイナー。クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクター(1960–1989)。

マルク・ボアン(Marc Bohan、1926年8月22日 - 2023年9月6日)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターを長年務めた人物です。端正で抑制の効いたエレガンスと精緻なテーラリングを信条とし、女性の身体を美しく見せるスリムなシルエットで知られます。1950年代にロベール・ピゲ、エドワール・モリュー、ジャン・パトゥーらのもとで修業し、1958年にディオールのロンドン部門に参加。1960年に本店のクリエイティブディレクターに就任して以降、ベビーラインやメンズラインの立ち上げなどハウスの事業展開にも関わりつつ、グレース・ケリーやエリザベス・テイラー、イラン皇后ファラー・パフラヴィなど国際的な顧客に愛用されました。穏やかな人物像と実用性を重んじる服作りでディオールの伝統を長年支え、1989年の退任後はロンドンで活動を続けました。

Marc Bohan

1957 - 1960

イヴ・サン・ローラン

アーティスティック・ディレクター

イヴ・サン・ローランについて

フランスのファッションデザイナー。メゾン創業者であり、若くしてディオールの後継を務めた。

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent、1936年8月1日—2008年6月1日)は、20世紀後半のファッションを象徴するフランスのデザイナーです。アルジェリアのオランで生まれ、若くしてパリに出てクリスチャン・ディオールのアトリエで修業し、1957年に21歳でディオールの後継となりました。1961年にピエール・ベルジェとともに自身のメゾンを創設し、左岸発のプレタポルテ「リヴ・ゴーシュ」を打ち出してハイファッションの大衆化を推進しました。女性のパンツスタイルや女性用タキシード「ル・スモーキング」など、性別の境界を揺るがすアイコニックなデザインで知られ、香水やメンズラインの展開、国際的な回顧展などを通じて広く影響を及ぼしました。私生活では精神的な苦悩や依存の時期もあったものの、退任後も作品と美学は現代に残り、パリやマラケシュでの博物館公開を通じて遺産が保存されています。

Yves Saint Laurent

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

クリスチャン・ディオールについて

フランスのオートクチュールデザイナー、メゾン・クリスチャン・ディオール創立者で戦後ファッションに革新をもたらした人物。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior、1905年1月21日生-1957年10月24日没)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、20世紀半ばの女性服を象徴する存在です。ノルマンディーのグランヴィルで生まれ、パリで政治学を学んだ後に若くして画廊を経営し美術に親しんだ経験が造形感覚を育みました。1946年に実業家の支援を受けてメゾンを設立し、1947年の初コレクション「コロール」(のちに「ニュールック」と呼ばれる)で絞られたウエストと豊かなスカートという新しいシルエットを提示して戦後のファッションを一変させました。香水『ミス・ディオール』の発表などを通じてブランドを国際的に拡大し、1957年に死去するまでメゾンを牽引しました。

Christian Dior

Dior Men

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

クリス・ヴァン・アッシュについて

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー/元Dior Homme・元Berlutiアートディレクター、パリ拠点。

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー。パリを拠点に活動し、アーティスティック・ディレクターや自身のブランドでの創作を通じてモダンな仕立てと都市的なミニマリズムを軸に作品を展開する。アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学び、卒業後パリに移ってイヴ・サンローランでヘディ・スリマンのアシスタントを務め、のちにディオールのメンズラインの立ち上げに参加した。2005年に自らのブランドKRISVANASSCHEを立ち上げ、2013年にパリにブティックを開店したが、2015年に活動を一時休止した。2007年から2018年までディオール・オムのアーティスティック・ディレクターを務め、伝統的な仕立てに現代的なカットやストリートの要素を組み合わせたシルエットを提示し、A$AP RockyやOliver Simらをアンバサダーに起用した。2018年にベルルッティのクリエイティブディレクターに就任、2019年にデビューコレクションを発表したのち2021年に退任。レザーや靴、家具修復を含む工房仕事やアートプロジェクトとの連携も行い、現在は教育やコラボレーションを中心に多面的に活動する。

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

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