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マリア・グラツィア・キウリ

Maria Grazia Chiuri

イタリア 1964 現在

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

最終更新日: 2026.03.13

マリア・グラツィア・キウリについて

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

キャリアタイムライン

マリア・グラツィア・キウリとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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VALENTINO クリエイティブ・ディレクター 2008 - 2016
Dior アーティスティック・ディレクター 2016 - 2025
Fendi クリエイティブ・ディレクター 2025 - 継続中または終了年不明

経歴

ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)でファッションを学び、技術的な制作や素材の知識を身につけた。母がドレスメイカーであった家庭で育ち、裁縫や職人技に親しんだ経験がものづくりの基盤となっている。
1989年にフェンディに入社してバッグラインのデザインを担当し、アクセサリー部門での経験を積んだ後、1999年にヴァレンティノへ移籍してアクセサリーを中心に携わった。2003年からはREDValentinoの仕事も手がけ、2008年にはピエルパオロ・ピッチョーリとともにヴァレンティノの共同クリエイティブディレクターに昇格。二人はブランドの再評価を牽引し、2015年にはCFDA国際賞を受賞した。2016年7月にはクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任し、同メゾンで初の女性アーティスティックディレクターとして就任初年から「We Should All Be Feminists」を掲げるなどフェミニズムを前面に出したコレクションを発表した。在任中はジュディ・シカゴらアーティストとの協働や職人との共同制作を通じてオートクチュールとクラフツマンシップを強調し、プロダクト面でも影響を与えた。約9年間のディオールでの活動を経て2025年にディオールを退任し、同年10月にフェンディのチーフクリエイティブオフィサーに就任して古巣へ復帰した。

Fendiとの関わり

2025 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

Maria Grazia Chiuriは2025年10月14日にフェンディのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(報道上はクリエイティブ・ディレクターとも表記)として就任し、メゾンの全体的なクリエイティブ・ヴィジョンとコレクション制作を統括しました。フェンディでキャリアを始めた出自を背景にした“ホームカミング”としての着任は、職人技やレザー、アイコニックなバッグといったメゾンのヘリテージを改めて中核に据える方向性を示しました。就任後は2026年2月のミラノ・ファッションウィークでFENDI Fall/Winter 2026–2027コレクションを発表し、重衣料やファーを軸に構築的なテーラリングと官能的なイブニングルックを行き来させる演出を通じて、バゲットやPeekabooなどの象徴的なアクセサリーを現代的に再解釈する姿勢を示しました。彼女の職務は単なる服作りに留まらず、コレクションの美学設計、クリエイティブチームのリード、職人工房との協働によるブランド表現の再構築まで含み、前任のシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディの後任としてメゾンの次章を描く役割を果たしました。

在任期

在任は2025年10月14日に始まり、公式発表ではチーフ・クリエイティブ・オフィサーとしての就任が公表されました。Chiuriはその直前にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクションのクリエイティブ・ディレクターを務め、2025年5月29日に同職を離れており、フェンディでは就任から約四か月後の2026年2月にミラノで初のコレクション(Fall/Winter 2026–2027)を発表しました。終了日は現時点で未設定であり、着任は継続中です。

影響

Chiuriの着任はフェンディのヘリテージ回帰と芸術的な更新を象徴しました。初のコレクションではファーや重衣料、アイコニックバッグの再提示を通じてメゾンのルーツを強調し、スターが並ぶフロントローや広範なメディア報道によって話題性が高まりました。さらに、2025年に続いた大規模なクリエイティブ人事の波の中で女性デザイナーの重要な起用としても注目され、ブランドの話題性とビジュアルアイデンティティに即時的な影響を与えました。

Diorとの関わり

2016 - 2025

アーティスティック・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリは、2016年7月にクリスチャン・ディオールのウィメンズ部門アーティスティック・ディレクターに就任し、オートクチュール、レディ・トゥ・ウェア、アクセサリーの創作を統括しました。ディオール史上初の女性クリエイティブ責任者として、メゾンの歴史的なコードを尊重しながらも女性の視点を中心に据えた表現を導入し、ブランドの創作方針に新たな章を付け加えました。 就任以降、服そのものに明確なメッセージを織り込む手法が特徴となり、デビューコレクションでは「We Should All Be Feminists」といったスローガンTシャツを登場させるなど、フェミニズムを軸にしたヴィジュアルと物語性を強く打ち出しました。さらに写真集や舞台装置の制作では女性写真家や現代アーティストを起用し、表現の領域をファッションとアート、職人技の協働へと拡張しました。 デザイン面では、国際的な職人との連携による大規模な刺繍制作や、舞台セットのアートワークを通じてクチュールの手仕事を可視化・称揚し、ムンバイやレッチェ、ローマなど世界各地でのショーを通してディオールの文化的リーチを広げました。在任期間の終盤には、2025年5月27日にローマで行ったクルーズ(Cruise 2026)ショーを最後に、同年5月29日にディオールを離れることが発表されました。

在任期

マリア・グラツィア・キウリは2016年7月にクリスチャン・ディオールのウィメンズ部門アーティスティック・ディレクターに任命され、同年9月にパリで初のコレクションを発表しました。以後、オートクチュールとプレタポルテ、アクセサリーを横断する創作責任を負い、約9年にわたりブランドのクリエイティブを牽引しました。最終的に彼女は2025年5月29日に退任を公表しています。

影響

キウリの在任は、ディオールの表現にフェミニズムや女性の表現を恒常的に組み込む転換をもたらしました。服を通したメッセージ性、女性アーティストや写真家との協働、世界各地の職人との共同制作により、クチュールの職人技を国際舞台で可視化し、ブランドの文化的な幅を拡大しました。在任中はメゾンのイメージ刷新と商業的な成功にも結び付き、経営側からもその貢献が評価される結果となりました。

VALENTINOとの関わり

2008 - 2016

クリエイティブ・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリは、ピエルパオロ・ピッチョーリとの共同体制でヴァレンティノのクリエイティブを牽引し、メゾンの芸術監督としてコレクション全体の方向性を統括しました。二人はアクセサリー部門での経験を経て2008年に共同クリエイティブ・ディレクターに就任し、オートクチュールからプレタポルテ、メンズ、アクセサリーに至る各ラインの美学と制作プロセスを一体的に組み立てました。キウリは職人の手仕事を重視し、レースやチュール、刺繍といったヴァレンティノの伝統的コードを現代的に再解釈することでフェミニンなエレガンスを再提示すると同時に、スタッズを用いたアクセサリーなどのヒット作を通じて商品の幅を拡張し、商業的な活性化にも寄与しました。コレクション制作ではアトリエと密接に連携して細部の仕立てと刺繍を重要視し、国際的な評価と注目を集める一方で2016年にディオールへ移籍したことでヴァレンティノでの共同時代を終えました。

在任期

在任期間は2008年に共同クリエイティブ・ディレクターに就任してから2016年の離任までで、公式発表では2008年10月4日に共同ディレクター就任が示されました。約8年間にわたりメゾンの全コレクションの芸術監督を務め、2016年7月8日にディオールへの就任発表が出たのちヴァレンティノを離れました。

影響

キウリ在任期はヴァレンティノの伝統的なクラフツマンシップを尊重しつつ、美学を現代に再解釈する方向を強めた点が特徴です。アクセサリーのヒットやメンズラインの強化などで商品構成を多様化し、ブランドの商業的基盤と国際的プレゼンスの回復に寄与しました。2015年のCFDAインターナショナル・アワード受賞は、彼女とピッチョーリによる再活性化の外的評価の一例です。

関連ブランド

関わったグループ

在任中のコラボレーション

2024.06

Dior Stone Island

Stone Islandとの共同名義カプセルとして、軍由来の機能服や染色技術を活かしたFall 2024ラインを主要都市・世界順で展開。

2023.07

Dior Denim Tears

Denim TearsのTremaine Emoryと協業した“Dior Tears”カプセル。ジャズや50s〜のアメリカンヒストリーを着想とし、Saddle Bag等を展開。複数都市でポップアップも実施。

2023.01

Dior ERL

Dior Men Spring 2023でERLのゲストデザインによる“California Couture”を発表。パステル、波模様、キルトなどLAテイストのカプセルを展開。

2022.06

Dior BIRKENSTOCK

Dior by Birkenstockとして初の協業。TokioミュールやMilanoサンダルをDior仕様にアレンジしたモデルを、2022年6月より発売。

2021.11

Dior sacai

Diorとsacaiによる初の共同名義メンズカプセル(57ピース)。テーラリングとハイブリッドなスポーツウェア要素、ロゴミックスなど多彩なRTW・バッグ等を展開。

2021.11

Dior sacai

2021年11月、Dior MenとのカプセルコレクションとしてRTW・バッグ・アクセなど57ピースを発売、サドルバッグも再構築。

2020.06

Dior Jordan Brand

DiorとJordan Brandによる“Air Dior”カプセル。Air Jordan 1(高/低)の限定スニーカーやアパレル・アクセサリーを展開し、オンライン抽選や店頭受取が実施された。

2020.05

Dior Stüssy

Dior Men Pre-Fall 2020でShawn Stussyがグラフィック等で参画。“Dior”ロゴをStüssy風にアレンジし、ハットやバッグなどを展開。オンライン販売も実施。

2019.10

Dior RIMOWA

メンズ2020年春夏でDiorとRIMOWAが共同カプセルを制作。モノグラム入りのアルミ製トラベルアイテムやスーツケース、シャンパンケース等を展開。

2018.06

Dior 1017 ALYX 9SM

Dior Homme SS19コレクションでALYXのMatthew Williamsが帽子やバッグ、ベルトの金具・バックル等ハードウェアディテールで参画した協業。

2018.06

Dior AMBUSH

Dior Hommeの新体制としてAMBUSHのYOON AHNが2018年からジュエリーデザイナーに起用され、メンズコレクションのアクセサリー部門で協業。主にチェーンやロゴピース等ジュエリーを展開。

2010.11

VALENTINO GAP

GAPとの2010年限定カプセルコレクション。ミラノ旗艦開業記念で、7型のウィメンズ向けアイテム(パーカ、カーゴパンツ、スカート、フーディ等)を展開。

関連する人物

Fendi

2020 - 2024

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

1965 - 2019

カール・ラガーフェルド

アーティスティック・ディレクター

カール・ラガーフェルドについて

ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター(パリ拠点)

Karl Lagerfeldは1933年9月10日生まれのドイツ出身でパリを拠点に活動したファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター。1950年代から2019年までの半世紀以上にわたりシャネル、フェンディ、クロエなどで表現を再構築し、メゾンの近代化と商業的成功に寄与した。幼少期にパリで美術と歴史を学び、1954年の国際ウール賞で頭角を現してピエール・バルマンのアシスタントとして業界入りした。1958年以降はジャン・パトゥやクロエのコレクションを手がけ、1965年にフェンディの創造的指導を担って同社の毛皮とレザー部門を刷新した。1983年にシャネルのアーティスティック・ディレクターに就任してブランドの現代化を牽引し、1984年に自身の名を冠したレーベルを設立した。スケッチや写真、舞台演出まで含むビジュアル制作に深く関与し、黒のサングラスと白髪、ハイカラーの装いが象徴となった。2019年2月19日に逝去。

Karl Lagerfeld

Dior

2025 - 継続中または終了年不明

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

2012 - 2015

ラフ・シモンズ

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズについて

ベルギー出身のファッションデザイナー、Prada共同クリエイティブディレクター(アントワープ拠点)

ラフ・シモンズ(Raf Simons)はベルギー出身のファッションデザイナーで、アントワープを拠点にメンズとウィメンズを横断するコレクションを発表する。若者文化や音楽、現代美術を参照したモチーフと精緻な仕立てを組み合わせる表現で国際的に評価されている。工業・家具デザインを学び1991年に卒業、家具デザイナーやウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエでのインターンを経て1995年に自身のブランドを立ち上げた。以後、教育(ウィーン応用芸術大学のファッション学科長)や主要メゾンでのクリエイティブ職を通じて活動の幅を広げ、Jil Sander、Christian Dior、Calvin Kleinなどでの就任を経て、2020年にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任した。2022年には自身のブランドの閉鎖を発表し、コレクション制作にとどまらない展覧やコラボレーションを通じて現代美学の議論に関与し続けている。

Raf Simons

1996 - 2011

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

ジャンフランコ・フェレについて

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエット...

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエットを持ち込み、1980〜90年代のメゾンに新たな国際性と重厚なエレガンスを与えた。

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

マルク・ボアンについて

フランスのオートクチュールデザイナー。クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクター(1960–1989)。

マルク・ボアン(Marc Bohan、1926年8月22日 - 2023年9月6日)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターを長年務めた人物です。端正で抑制の効いたエレガンスと精緻なテーラリングを信条とし、女性の身体を美しく見せるスリムなシルエットで知られます。1950年代にロベール・ピゲ、エドワール・モリュー、ジャン・パトゥーらのもとで修業し、1958年にディオールのロンドン部門に参加。1960年に本店のクリエイティブディレクターに就任して以降、ベビーラインやメンズラインの立ち上げなどハウスの事業展開にも関わりつつ、グレース・ケリーやエリザベス・テイラー、イラン皇后ファラー・パフラヴィなど国際的な顧客に愛用されました。穏やかな人物像と実用性を重んじる服作りでディオールの伝統を長年支え、1989年の退任後はロンドンで活動を続けました。

Marc Bohan

1957 - 1960

イヴ・サン・ローラン

アーティスティック・ディレクター

イヴ・サン・ローランについて

フランスのファッションデザイナー。メゾン創業者であり、若くしてディオールの後継を務めた。

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent、1936年8月1日—2008年6月1日)は、20世紀後半のファッションを象徴するフランスのデザイナーです。アルジェリアのオランで生まれ、若くしてパリに出てクリスチャン・ディオールのアトリエで修業し、1957年に21歳でディオールの後継となりました。1961年にピエール・ベルジェとともに自身のメゾンを創設し、左岸発のプレタポルテ「リヴ・ゴーシュ」を打ち出してハイファッションの大衆化を推進しました。女性のパンツスタイルや女性用タキシード「ル・スモーキング」など、性別の境界を揺るがすアイコニックなデザインで知られ、香水やメンズラインの展開、国際的な回顧展などを通じて広く影響を及ぼしました。私生活では精神的な苦悩や依存の時期もあったものの、退任後も作品と美学は現代に残り、パリやマラケシュでの博物館公開を通じて遺産が保存されています。

Yves Saint Laurent

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

クリスチャン・ディオールについて

フランスのオートクチュールデザイナー、メゾン・クリスチャン・ディオール創立者で戦後ファッションに革新をもたらした人物。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior、1905年1月21日生-1957年10月24日没)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、20世紀半ばの女性服を象徴する存在です。ノルマンディーのグランヴィルで生まれ、パリで政治学を学んだ後に若くして画廊を経営し美術に親しんだ経験が造形感覚を育みました。1946年に実業家の支援を受けてメゾンを設立し、1947年の初コレクション「コロール」(のちに「ニュールック」と呼ばれる)で絞られたウエストと豊かなスカートという新しいシルエットを提示して戦後のファッションを一変させました。香水『ミス・ディオール』の発表などを通じてブランドを国際的に拡大し、1957年に死去するまでメゾンを牽引しました。

Christian Dior

Dior Men

2025 - 2025

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

クリス・ヴァン・アッシュについて

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー/元Dior Homme・元Berlutiアートディレクター、パリ拠点。

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー。パリを拠点に活動し、アーティスティック・ディレクターや自身のブランドでの創作を通じてモダンな仕立てと都市的なミニマリズムを軸に作品を展開する。アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学び、卒業後パリに移ってイヴ・サンローランでヘディ・スリマンのアシスタントを務め、のちにディオールのメンズラインの立ち上げに参加した。2005年に自らのブランドKRISVANASSCHEを立ち上げ、2013年にパリにブティックを開店したが、2015年に活動を一時休止した。2007年から2018年までディオール・オムのアーティスティック・ディレクターを務め、伝統的な仕立てに現代的なカットやストリートの要素を組み合わせたシルエットを提示し、A$AP RockyやOliver Simらをアンバサダーに起用した。2018年にベルルッティのクリエイティブディレクターに就任、2019年にデビューコレクションを発表したのち2021年に退任。レザーや靴、家具修復を含む工房仕事やアートプロジェクトとの連携も行い、現在は教育やコラボレーションを中心に多面的に活動する。

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

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