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キム・ジョーンズ

Kim Jones

イギリス 1973 現在

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

最終更新日: 2026.03.13

キム・ジョーンズについて

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

キャリアタイムライン

キム・ジョーンズとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Kim Jones デザイナー 2003 - 2008
dunhill クリエイティブ・ディレクター 2008 - 2011
Louis Vuitton アーティスティック・ディレクター 2013 - 2018
Dior アーティスティック・ディレクター 2018 - 2025
Dior Men アーティスティック・ディレクター 2018 - 2025
Fendi アーティスティック・ディレクター 2020 - 2024
Areal クリエイティブ・ディレクター 2025 - 継続中または終了年不明

経歴

カンバウェル芸術学校でグラフィックと写真を学んだ後、中央聖マーチンズ(Central Saint Martins)のメンズウェア修士課程を修了(2002年)。在学中はルイーズ・ウィルソンに師事し、卒業コレクションの多くがジョン・ガリアーノに買い上げられるなど早期に注目を集めました。
2003年に自身の名義ブランドを立ち上げ、2005年頃からFashion Eastなどで発表を続けて注目を集めました。2008年にダンヒルのクリエイティブディレクターに就任、2011年にはルイ・ヴィトンのメンズラインを率いる立場となり、在任中に2017年のルイ・ヴィトン×シュプリームをはじめとする大型コラボレーションを手掛けました。2018年3月にディオール・メンのアーティスティックディレクターに就任し、同年にはロイヤルウエディングでデヴィッド・ベッカムのモーニングスーツを担当するなど話題を呼びました。2020年9月にはフェンディのウィメンズおよびオートクチュール部門も兼務しましたが、2024年10月にフェンディでの職務を離れ、2025年1月にディオール・メンの職も退任しました。伝統的なテーラリングとスポーツ/ストリートの要素、アートやポップカルチャーを横断するコラボレーション志向を特徴とし、メゾンのアーカイブを現代に結びつける表現で広く評価されています。

Arealとの関わり

2025 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

Arealのクリエイティブ・ディレクターとして、波司登(Bosideng)が立ち上げたプレミアム都市ラインのブランドビジョン策定と初期コレクションの統括を担当。就任は2025年10月(発表は2025年10月20日〜21日)で、秋冬2025/26シーズン向けの男女合わせた15〜20点のカプセルコレクションを手がけ、同コレクションは中国国内の2つのポップアップと主要都市約50店での取り扱いを軸にローンチされた。波司登の長年にわたる羽毛・機能素材の技術を継承しつつ、高級仕立ての美学や彫刻的なプロポーション、テクニカルファブリックや変幻するレイヤリングを導入することで、都市居住者向けの「機能性とラグジュアリーの融合」を再解釈。プロダクト構成や素材選定からローンチ時の小規模流通戦略に至るまで横断的に関与し、量産系ダウン企業としての既存イメージを引き上げるハイエンド路線の立ち上げを主導した。就任はディオールでの在任を経た再始動という文脈にあり、当面は中国市場中心の限定展開を基点に段階的な拡大を想定している。

在任期

2025年10月に着任(発表は2025年10月20日〜21日)、Arealの立ち上げ期を責任持って担った。就任後すぐに秋冬2025/26向けの15〜20点カプセルでデビューし、初期は中国国内の2つのポップアップと主要都市の約50店舗での限定販売を中心に展開。着任はディオール退任(2025年1月)後の再始動に当たり、ブランド側はまず国内での市場検証フェーズを置いた体制とした。

影響

Arealの立ち上げは、波司登が機能主義的なダウン製品群から高付加価値の都市ラグジュアリーへと領域を拡張する戦略的試みであり、ジョーンズの参加により高級仕立てや造形的シルエットが導入されたことでブランドのデザイン性が顕著に強化された。限定ポップアップと選定店舗での投入を通じて高価格帯での市場テストと話題性創出が行われ、企業の中間報告や業界報道では本提携をブランドのファッション感覚における重要な突破と評価している。

Fendiとの関わり

2020 - 2024

アーティスティック・ディレクター

Kim Jonesは、2020年9月9日にフェンディの女性向けコレクション(オートクチュール、レディトゥウェア、ファー)のアーティスティック・ディレクターに就任し、ウィメンズ部門のクリエイティブ全体を統括しました。ディオール・メンズの職を兼務しながら、フェンディの豊かなアーカイブとローマの職人技を出発点に、現代的でクロスカルチュラルな視点を持ち込み、伝統を尊重しつつ着用性と現代性を両立させるデザインを展開しました。2021年1月27日のパリ・オートクチュールでデビューコレクションを発表して以降、ローマに根ざしたモチーフや手仕事を軸にしたプレゼンテーションを続け、ミラノを含む複数シーズンでコレクションを発表しました。在任中は外部クリエイターやブランドとの共同作業を積極化させ、ヴェルサーチとの“Fendace”スワップ、キム・カーダシアンのSKIMSとのカプセル、バゲットの記念企画でのマーク・ジェイコブス/ティファニーとの共創など話題性の高いプロジェクトを手がけるとともに、“Friends of Fendi”というゲスト・デザイナー招へいの枠組みを立ち上げ、ステファノ・ピラティらを起用してブランド表現の幅を拡張しました。また、シルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディやデルフィナ・デレッツレッツらフェンディ家と密に連携し、家族的な伝統と新しい視点の共存を図りました。2024年10月11日にフェンディとの共同発表により同職を退任し、以後はディオールの業務に専念するためにフェンディを離れました。

在任期

Kim Jonesは2020年9月9日にフェンディの女性向けアーティスティック・ディレクターに就任し、2021年1月27日にパリで初のオートクチュールコレクションを発表しました。2024年10月11日に同職からの退任が公表され、在任期間は概ね4年間に及びました。

影響

在任期間を通じ、ジョーンズはフェンディの職人技とアーカイブを基盤にしつつ、外部とのコラボレーションとゲスト招へいを戦略的に用いてウィメンズの表現を拡張しました。FendaceやSKIMSなどの共同プロジェクトや、マーク・ジェイコブス/ティファニーを含むアーカイブ再解釈の取り組み、さらに“Friends of Fendi”の導入はブランドの話題性と商品レンジの多様化に寄与し、LVMH側も彼のクリエイティブ上の貢献を評価しました。

Diorとの関わり

2018 - 2025

アーティスティック・ディレクター

Dior Men(旧Dior Homme)のメンズ アーティスティック・ディレクターとして、2018年3月19日に就任し、2025年1月31日に退任するまでメンズコレクション全体のクリエイティブを統括した。前任のクリス・ヴァン・アッシェからポジションを引き継ぎ、ハウスのアーカイブと現代的な視点を結びつける方向へブランド言語を再編した。メゾン創業期の女性的なフォルムや仕立ての要素を男性服に翻案することで、テーラリングの精度と儀礼性を保ちつつ、新たなシルエットやアクセサリー表現を導入した。同時に現代美術家やクリエイターとのコラボレーション(例:KAWS、ダニエル・アーシャム、アモアコ・ボアフォ、ハジメ・ソラヤマ等)を積極的に取り入れ、限定カプセルやアートワークを通して若年層やカルチャー層への訴求を強めた。会場演出でも目的地型ショー(東京のプリ‑フォールやギザのピラミッド公演など)を展開し、舞台演出と商品性を結びつけることでブランドの国際的な視認性を高めた。

在任期

2018年3月19日にディオールのメンズ アーティスティック・ディレクターに就任し、2018年6月のパリでの初コレクション(SS19)を皮切りに本格的な活動を開始した。以後プリ‑フォールの海外公演やアーカイブの再解釈、アーティスト連携を軸にしたコミュニケーションを継続し、2025年1月31日に退任するまで約7年間にわたりメンズ部門のクリエイティブを牽引した。

影響

在任中はディオールの伝統的な仕立てと現代カルチャーの接続を進め、アーティストやストリート由来のコラボレーションを通じてメンズの表現領域を拡張した。大規模なデスティネーションショーや限定カプセルによりブランドの文化的可視性を高め、若年層へ訴求する戦略を強化した点が代表的な影響となる。

Dior Menとの関わり

2018 - 2025

アーティスティック・ディレクター

Kim Jonesは2018年にDior Menのアーティスティック・ディレクターに就任して以来、メンズのレディ・トゥ・ウェアとアクセサリーのクリエイティブ全般を統括しました。ハウスの伝統的なテーラリングや1950年代の美学を出発点に据えつつ、現代アートやストリートカルチャーを積極的に取り込み、ブランドの男性像を現代的に再定義しました。名称を英語表記の「Dior Men」へ移行し、舞台演出を重視した大規模なランウェイやアーティストとの共同制作でコレクションを文化的イベント化。KAWSやHajime Sorayama、Daniel Arshamらとのコラボレーション、Stone IslandやStüssy、Jordan Brandとの限定カプセル(Air Diorを含む)などを通じてラグジュアリーとストリートの接続を明確化しました。ジュエリー部門にはYoon Ahnを起用してアクセサリー表現を強化し、俳優・ミュージシャンを使ったキャンペーンや限定プロダクトで若年層を含む新しい顧客層を取り込むことで、演出・コラボ・商品設計を一体にしたDior Menの現代的な顔づくりを推進しました。

在任期

就任は2018年3月19日に公表され、最初のコレクションは同年6月のパリ・メンズウィークで発表されました。以降、複数のロケーションショーとコラボレーションを重ね、2025年1月24日に最後のコレクションを発表したのち、2025年1月31日に退任が公表されました。

影響

在任期間中、Dior Menは商業的にも拡大し、報道によれば2018年から2023年の間にメンズ売上が約5倍となり、年間で約12億ユーロを超える規模に達したと伝えられています。ジョーンズのアート/ストリートを軸にしたコラボ戦略と演出重視のショーはブランドの話題性と若年層への訴求を高め、プロダクトのプレミアム化と国際的な認知拡大に寄与しました。

Louis Vuittonとの関わり

2013 - 2018

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズはルイ・ヴィトンにおいてメンズのデザインとプレゼンテーションを統括するアーティスティックな役割を担い、メンズ レディ・トゥ・ウェアの方向性を大きく刷新しました。2011年3月にメンズ・スタイルディレクターとして着任して以降、メゾンの伝統的なクラフツマンシップとモノグラムの遺産を尊重しつつ、自身のロンドン発のヴィンテージ志向や旅のモチーフ、ストリートカルチャーの要素を取り込むことで、ルイ・ヴィトンのメンズ表現を現代化しました。 コレクション制作ではアートやカルチャーとの協働を積極的に導入し、たとえばジェイク&ディノス・チャップマンによるプリントワークの起用や、2017年に発表したSupremeとの大規模コラボレーションなど、アートとストリートを横断するアプローチで話題を呼びました。こうした取り組みは単なる見せ場にとどまらず、ランウェイ演出・限定ポップアップ・ラゲージやアクセサリの商品化まで連動させ、メゾンのメンズラインを若年層やカルチャー志向の顧客に強く訴求するものとなりました。 演出面でもスケールのあるプレゼンテーションで知られ、在任最後の公式コレクション(A/W18)は2018年1月に発表され、ケイト・モスやナオミ・キャンベルらの登場で象徴的なフィナーレを迎えました。ジョーンズ在任期に築かれた「ラグジュアリー×カルチャー(アート/ストリート)」の接点は、その後のメゾンのメンズ戦略にも影響を与え続けています。

在任期

キム・ジョーンズは2011年3月にルイ・ヴィトンのメンズ レディ・トゥ・ウェア・スタジオ(メンズ・スタイルディレクター)的ポジションに就任し、以後メンズコレクションのデザインとショー演出を統括しました。在任期間は概ね2011年3月から2018年1月までで、最終の公式コレクションは2018年1月に発表したA/W18でした。退任後、ジョーンズは2018年にディオール(Dior Homme)へ移籍しました。

影響

ジョーンズの在任はルイ・ヴィトンのメンズを単なる付随カテゴリからブランド戦略の中心的存在へと押し上げ、デザイン上は伝統とストリート感覚を融合させる新たな美学を確立しました。特に2017年のSupremeとのコラボレーションは若年層への到達性を飛躍的に高め、アートや限定商品を介したカルチャー発信がメゾンの話題性と商業的な幅を広げる転換点となりました。

dunhillとの関わり

2008 - 2011

クリエイティブ・ディレクター

Kim Jonesは2008年にダンヒルのクリエイティブ・ディレクターに就任し、ブランドのメンズプロダクト全体のクリエイティブ統括を担いました。中央聖マーチンズ出身で自身の名義レーベルを展開していた経歴を背景に、ダンヒルに専念するために個人ブランドを閉じ、同社のアーカイブと歴史を出発点にしたコレクション作りを行いました。伝統的なブリティッシュ・テーラリングの精緻さを保持しつつ、カシミヤのニットやヘビーウールのアウター、スポーティーなディテールを組み合わせることでクラシックを現代的に再解釈し、パリでのメンズコレクション発表を通じて国際的な露出を高めました。衣料に留まらずアール・デコ調の筆記具や地図柄のポケットチーフ、テック風のキーフォブなどアクセサリー類にもデザインの関与を広げ、プロダクト全体の表現をトータルに刷新しました。在任中は若々しさと実用性を両立させた提案でブランドのイメージに変化をもたらし、業界からの評価を集めました。

在任期

2008年にクリエイティブ・ディレクターとして着任しました。退任発表は2010年9月に行われ、ダンヒル側はその退任が当初の計画に沿ったものであると説明しました。WWDは2011年春夏コレクションを最後に役職を離れると報じており、在任期間はおおむね約2年半から3年弱と位置付けられます。

影響

Kim Jonesの在任は、ダンヒルの伝統的なコードを尊重しつつ現代的で若々しい語法を取り入れる転換点となりました。テーラリングの再解釈に加え、革小物やアクセサリーまでを横断的に刷新したことで編集者や業界から高い評価を受け、2009年のBritish Fashion Awardsでのメンズウェア賞受賞がその象徴となっています。これらの変化はダンヒルのプロダクト表現に幅を与え、以降のブランド運営にも影響を残しました。

Kim Jonesとの関わり

2003 - 2008

デザイナー

ブランド「Kim Jones」における立場・在任文脈・担当領域:創設者兼メインデザイナーとして、自身の名を冠したメンズレーベルを2003年に立ち上げ、コレクションのデザインから発表演出までを統括する役割を担った。2003年から2008年の期間に活動を行い、2008年のアルフレッド・ダンヒル就任に伴い自ブランドを休止した。 在任期には服そのものに加えプレゼンテーション手法の刷新を重視し、短編映像や写真集を併用した発表を繰り返した。ルーク・スマリーによる写真集刊行や、アラステア・マクレラン/Toyin/Will Davidsonらと制作した映像作品をコレクションに組み込み、ロンドンでのデビュー後に2004年のパリ発表や2005年のMAN(Fashion East)参加を通じて発信力を強めた。 プロダクト面では伝統的なテーラリングの延長にスポーツ・ストリート由来のディテールやテクニカル素材を重ね合わせる実験を行い、UmbroやTopman、Hugo Boss、Mulberry、Icebergなどとのコラボレーションを通じて多様な文脈での実践を進めた。こうした制作姿勢は当時のメンズウェア表現におけるストリートとラグジュアリーの接点を前倒しするものとして機能した。 2008年のダンヒル就任を契機に自ブランドは休止されたものの、自ブランド期に培った映像的演出、フォトグラフィを絡めた発表手法、ブランド横断のコラボレーション経験がその後のダンヒル/ルイ・ヴィトン/ディオール等でのクリエイティブ業務に継承された。

在任期

2003年にロンドンで自身の名義によるメンズレーベルをローンチし、2004年にはパリでの発表も経験、2005年にはFashion East主導のMANでの発表に参加するなど活動の場を広げた。2008年にアルフレッド・ダンヒルのクリエイティブディレクターに就任したことを受けて、自ブランドは休止された。

影響

自ブランド期は、短編映像や写真集を併用した視覚的な発表、スポーツ/ストリートの要素をテーラリングへ取り込むプロダクト実験、そして他ブランドとのコラボレーションを通じて、メンズウェアにおけるストリートとラグジュアリーの接点を探る実験場となった。これらの実践は業界内での評価と実務経験の両面でデザイナーの次のステップ(ダンヒル以降の主要ハウス起用)に寄与した。

関連ブランド

関わったグループ

在任中のコラボレーション

2023.05

Fendi Marc Jacobs

Marc Jacobsとの初コラボ。Baguette 25周年ショーで要素提示後、フルカプセルとしてRTWやバッグなどを5月発売。

2023.01

Fendi Tiffany & Co.

2022年Fendiバッグ“Baguette”25周年でTiffany Blue仕様等がランウェイでお披露目、翌23年1月にレザー&サテンBaguetteやチャーム発売。

2023.01

Fendi Tiffany & Co.

Tiffany & Co.と再度協業。スターリングシルバー製やティファニーブルーのレザーBaguetteなどアート性の高いモデル。

2023.01

Fendi Tiffany & Co.

2023年、FendiとTiffanyの職人がスターリングシルバー製Baguette(一点もの)を共同制作。NYとイタリアの花の彫刻入り。

2022.11

Fendi PORTER

Baguette 25周年文脈のPORTER仕様Baguette(Bum Baguette等)が2022年11月に販売開始。限定色・用途も展開。

2022.09

Fendi Tiffany & Co.

Tiffany & Co.とBaguette 25周年で協業。ティファニーブルーなどを大胆に採用したBaguetteを NYショーでお披露目。

2022.09

Fendi Marc Jacobs

Baguette 25周年記念ショー(2022年9月)で、Marc Jacobsのタイポグラフィやロゴを採用したBaguetteを披露。

2022.09

Fendi PORTER

Baguette 25周年記念ショーでPORTERの機能素材を使った新たなBaguette派生“Bum Baguette”等が登場。

2022.05

Fendi VERSACE

VERSACEと“FENDACE”相互スワップ企画。FFやバロックなど双方のコードを再解釈しRTWやバッグ等を展開。

2021.11

Fendi SKIMS

SKIMSとFENDIの大型カプセル。シェイプウェアやランジェリー、RTW、アウター、バッグ等が含まれるコラボ展開。

2021.01

Fendi ANREALAGE

ANREALAGEとの2回目の協業。UV変色ジャケット、Tシャツ、バケットハット、Peekaboo等から成るカプセルが発売。

2020.11

Fendi Moon Boot

Moon Bootとのコラボ。FendiのFF柄を配したスキーウェア・フットウェア(レースアップブーツ等)を展開。

2020.11

Fendi K-Way

K-WayとのコラボでFF総柄やミンクファー仕様のリバーシブル・ナイロンウィンドブレーカーを中心に多展開。

2020.01

Fendi MOONSTAR

MOONSTARとのコラボで防水性・全天候型のキャンバス×ラバー製スニーカーを展開。FFロゴなどFendiらしい意匠も特徴。

2020.01

Fendi ANREALAGE

ANREALAGEとFW20メンズで初協業。フォトクロミック素材で紫外線反応するウェアやバッグ等、色変化ギミックが特徴。

2020.01

Fendi ANREALAGE

FENDI 2020-21秋冬メンズで協業。UVで色や柄が出現するフォトクロミック素材のアウター、シャツ、バッグなど多彩なアイテムを発表。

2024.06

Dior Stone Island

Stone Islandとの共同名義カプセルとして、軍由来の機能服や染色技術を活かしたFall 2024ラインを主要都市・世界順で展開。

2023.07

Dior Denim Tears

Denim TearsのTremaine Emoryと協業した“Dior Tears”カプセル。ジャズや50s〜のアメリカンヒストリーを着想とし、Saddle Bag等を展開。複数都市でポップアップも実施。

2023.01

Dior ERL

Dior Men Spring 2023でERLのゲストデザインによる“California Couture”を発表。パステル、波模様、キルトなどLAテイストのカプセルを展開。

2022.06

Dior BIRKENSTOCK

Dior by Birkenstockとして初の協業。TokioミュールやMilanoサンダルをDior仕様にアレンジしたモデルを、2022年6月より発売。

2021.11

Dior sacai

Diorとsacaiによる初の共同名義メンズカプセル(57ピース)。テーラリングとハイブリッドなスポーツウェア要素、ロゴミックスなど多彩なRTW・バッグ等を展開。

2021.11

Dior sacai

2021年11月、Dior MenとのカプセルコレクションとしてRTW・バッグ・アクセなど57ピースを発売、サドルバッグも再構築。

2020.06

Dior Jordan Brand

DiorとJordan Brandによる“Air Dior”カプセル。Air Jordan 1(高/低)の限定スニーカーやアパレル・アクセサリーを展開し、オンライン抽選や店頭受取が実施された。

2020.05

Dior Stüssy

Dior Men Pre-Fall 2020でShawn Stussyがグラフィック等で参画。“Dior”ロゴをStüssy風にアレンジし、ハットやバッグなどを展開。オンライン販売も実施。

2019.10

Dior RIMOWA

メンズ2020年春夏でDiorとRIMOWAが共同カプセルを制作。モノグラム入りのアルミ製トラベルアイテムやスーツケース、シャンパンケース等を展開。

2018.06

Dior 1017 ALYX 9SM

Dior Homme SS19コレクションでALYXのMatthew Williamsが帽子やバッグ、ベルトの金具・バックル等ハードウェアディテールで参画した協業。

2018.06

Dior AMBUSH

Dior Hommeの新体制としてAMBUSHのYOON AHNが2018年からジュエリーデザイナーに起用され、メンズコレクションのアクセサリー部門で協業。主にチェーンやロゴピース等ジュエリーを展開。

2017.06

Louis Vuitton Supreme

2017年6月30日、Louis Vuittonとの歴史的FW17コレクションを世界各地のPOP UPで発売。レザーやアクセサリーも展開。

2017.06

Louis Vuitton Supreme

2017年のストリート×ラグジュアリーを象徴するコラボ。アパレル、バッグ、アクセサリー、スケートデッキなど幅広く展開。

2017.04

Louis Vuitton fragment design

2017年第2弾。世界各地のポップアップで展開。アパレル、バッグ、小物、帽子、ぬいぐるみも加わった幅広いカプセルコレクション。

2016.07

Louis Vuitton fragment design

2016年第1弾。藤原ヒロシ主宰fragment designとLVによるレザーグッズ、小物、フットウェアの日本限定カプセルコレクション。

関連する人物

Fendi

2025 - 継続中または終了年不明

マリア・グラツィア・キウリ

クリエイティブ・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリについて

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

Maria Grazia Chiuri

1965 - 2019

カール・ラガーフェルド

アーティスティック・ディレクター

カール・ラガーフェルドについて

ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター(パリ拠点)

Karl Lagerfeldは1933年9月10日生まれのドイツ出身でパリを拠点に活動したファッションデザイナー、写真家、クリエイティブ・ディレクター。1950年代から2019年までの半世紀以上にわたりシャネル、フェンディ、クロエなどで表現を再構築し、メゾンの近代化と商業的成功に寄与した。幼少期にパリで美術と歴史を学び、1954年の国際ウール賞で頭角を現してピエール・バルマンのアシスタントとして業界入りした。1958年以降はジャン・パトゥやクロエのコレクションを手がけ、1965年にフェンディの創造的指導を担って同社の毛皮とレザー部門を刷新した。1983年にシャネルのアーティスティック・ディレクターに就任してブランドの現代化を牽引し、1984年に自身の名を冠したレーベルを設立した。スケッチや写真、舞台演出まで含むビジュアル制作に深く関与し、黒のサングラスと白髪、ハイカラーの装いが象徴となった。2019年2月19日に逝去。

Karl Lagerfeld

Dior

2025 - 継続中または終了年不明

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2016 - 2025

マリア・グラツィア・キウリ

アーティスティック・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリについて

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

Maria Grazia Chiuri

2012 - 2015

ラフ・シモンズ

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズについて

ベルギー出身のファッションデザイナー、Prada共同クリエイティブディレクター(アントワープ拠点)

ラフ・シモンズ(Raf Simons)はベルギー出身のファッションデザイナーで、アントワープを拠点にメンズとウィメンズを横断するコレクションを発表する。若者文化や音楽、現代美術を参照したモチーフと精緻な仕立てを組み合わせる表現で国際的に評価されている。工業・家具デザインを学び1991年に卒業、家具デザイナーやウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエでのインターンを経て1995年に自身のブランドを立ち上げた。以後、教育(ウィーン応用芸術大学のファッション学科長)や主要メゾンでのクリエイティブ職を通じて活動の幅を広げ、Jil Sander、Christian Dior、Calvin Kleinなどでの就任を経て、2020年にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任した。2022年には自身のブランドの閉鎖を発表し、コレクション制作にとどまらない展覧やコラボレーションを通じて現代美学の議論に関与し続けている。

Raf Simons

1996 - 2011

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

ジャンフランコ・フェレについて

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエット...

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエットを持ち込み、1980〜90年代のメゾンに新たな国際性と重厚なエレガンスを与えた。

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

マルク・ボアンについて

フランスのオートクチュールデザイナー。クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクター(1960–1989)。

マルク・ボアン(Marc Bohan、1926年8月22日 - 2023年9月6日)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターを長年務めた人物です。端正で抑制の効いたエレガンスと精緻なテーラリングを信条とし、女性の身体を美しく見せるスリムなシルエットで知られます。1950年代にロベール・ピゲ、エドワール・モリュー、ジャン・パトゥーらのもとで修業し、1958年にディオールのロンドン部門に参加。1960年に本店のクリエイティブディレクターに就任して以降、ベビーラインやメンズラインの立ち上げなどハウスの事業展開にも関わりつつ、グレース・ケリーやエリザベス・テイラー、イラン皇后ファラー・パフラヴィなど国際的な顧客に愛用されました。穏やかな人物像と実用性を重んじる服作りでディオールの伝統を長年支え、1989年の退任後はロンドンで活動を続けました。

Marc Bohan

1957 - 1960

イヴ・サン・ローラン

アーティスティック・ディレクター

イヴ・サン・ローランについて

フランスのファッションデザイナー。メゾン創業者であり、若くしてディオールの後継を務めた。

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent、1936年8月1日—2008年6月1日)は、20世紀後半のファッションを象徴するフランスのデザイナーです。アルジェリアのオランで生まれ、若くしてパリに出てクリスチャン・ディオールのアトリエで修業し、1957年に21歳でディオールの後継となりました。1961年にピエール・ベルジェとともに自身のメゾンを創設し、左岸発のプレタポルテ「リヴ・ゴーシュ」を打ち出してハイファッションの大衆化を推進しました。女性のパンツスタイルや女性用タキシード「ル・スモーキング」など、性別の境界を揺るがすアイコニックなデザインで知られ、香水やメンズラインの展開、国際的な回顧展などを通じて広く影響を及ぼしました。私生活では精神的な苦悩や依存の時期もあったものの、退任後も作品と美学は現代に残り、パリやマラケシュでの博物館公開を通じて遺産が保存されています。

Yves Saint Laurent

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

クリスチャン・ディオールについて

フランスのオートクチュールデザイナー、メゾン・クリスチャン・ディオール創立者で戦後ファッションに革新をもたらした人物。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior、1905年1月21日生-1957年10月24日没)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、20世紀半ばの女性服を象徴する存在です。ノルマンディーのグランヴィルで生まれ、パリで政治学を学んだ後に若くして画廊を経営し美術に親しんだ経験が造形感覚を育みました。1946年に実業家の支援を受けてメゾンを設立し、1947年の初コレクション「コロール」(のちに「ニュールック」と呼ばれる)で絞られたウエストと豊かなスカートという新しいシルエットを提示して戦後のファッションを一変させました。香水『ミス・ディオール』の発表などを通じてブランドを国際的に拡大し、1957年に死去するまでメゾンを牽引しました。

Christian Dior

Dior Men

2025 - 2025

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

Louis Vuitton

2023 - 継続中または終了年不明

ファレル・ウィリアムス

クリエイティブ・ディレクター

ファレル・ウィリアムスについて

米国出身のミュージシャン/プロデューサー、起業家兼ファッションデザイナー。Billionaire Boys Club共同創業者、ルイ・ヴィトン メンズ クリエイティブ・ディレクター

アメリカ出身のミュージシャン、音楽プロデューサー、起業家、ファッションデザイナー。拠点は主に米国。ヴァージニア・ビーチ生まれで、プリンセス・アン高校でチャド・ヒューゴと出会い音楽制作を始め、ノースウェスタン大学に進学したが在学中に中退して制作と活動に専念。ネプチューンズやN.E.R.D.の一員として多数のヒットを生み、グラミーを複数回受賞。2003年にNIGOとBillionaire Boys Club/ICECREAMを創設しストリートウエア界で存在感を確立。素材開発やサステナビリティ事業(Bionic Yarn、RAW for the Oceans)に関与し、アディダスやシャネル、モンクレール、ユニクロ等とのコラボレーションで商業展開を拡大。2020年にスキンケアブランドHumanraceを立ち上げ、教育支援を目的としたFOHTAやメディアプラットフォームI Am Otherの活動も並行。2023年にルイ・ヴィトンのメンズクリエイティブ・ディレクターに就任し、初コレクションではダミエを再解釈した「Damoflage」を提示。ストリートカルチャーとクラフツマンシップを結びつける表現とコラボレーション志向が特徴で、音楽とファッションを横断する活動を継続している。

Pharrell Williams

2018 - 2025

フランチェスカ・アムフィシアトロフ

アーティスティック・ディレクター

フランチェスカ・アムフィシアトロフについて

ジュエリー&ウォッチデザイナー/元ルイ・ヴィトン アーティスティック・ディレクター(国際活動)

フランチェスカ・アムフィシアトロフはジュエリーとウォッチを中心に活動するデザイナー兼キュレーター。東京生まれで国際的に育ち、英国の美術教育を経てブランド・コラボレーションと展覧会企画を往復する多面的なキャリアを持つ。2013年にティファニーのデザイン・ディレクターに就任してTiffany TやHardWearなどの主要コレクションを手掛け、2018年にルイ・ヴィトンのジュエリー&ウォッチ部門アーティスティック・ディレクターに就任。ハイジュエリーの物語性と日常使いのアクセサリーを横断するプロダクト設計、素材と職人技への継続的な探究を特徴とする。2025年初めにルイ・ヴィトンを退任し、個人ブランドや共同プロジェクトに注力している。

Francesca Amfitheatrof

2018 - 2021

ヴァージル・アブロー

アーティスティック・ディレクター

ヴァージル・アブローについて

デザイナー・クリエイティブ・ディレクター(Off-White創業者、ルイ・ヴィトン元メンズ・アーティスティック・ディレクター)。

アメリカ出身のデザイナー/クリエイティブ・ディレクター。ロックフォード(イリノイ)生まれでシカゴを拠点に国際的に活動した。大学で土木工学を学び、イリノイ工科大学で建築の修士号を取得した後、音楽やアート領域で経験を積み、カニエ・ウェストのクリエイティブチームでツアーやアルバムのビジュアル制作に関与した。2012年にPyrex Visionを起ち上げ、2013年にミラノ拠点でOff-Whiteを創設。引用符やジップタイ、斜めのラインを多用する視覚コードと、ストリートカルチャーとハイファッションを接続する手法で注目を集め、ナイキやイケア、ジミー・チューなどとのコラボレーションを実施した。建築的なものづくりの視点とヒップホップのサンプリング的発想を融合させ、既存の記号やプロダクトを再文脈化する手法で知られた。2018年にはルイ・ヴィトンのメンズ・アーティスティック・ディレクターに就任し、2019年にはMuseum of Contemporary Art Chicagoで回顧展『Figures of Speech』が開催された。2021年11月28日、希少な心臓の悪性腫瘍(cardiac angiosarcoma)により41歳で逝去。

Virgil Abloh

2013 - 継続中または終了年不明

ニコラ・ジェスキエール

アーティスティック・ディレクター

ニコラ・ジェスキエールについて

ファッションデザイナー/ルイ・ヴィトン ウィメンズ アーティスティック・ディレクター(パリ拠点)

フランス出身のファッションデザイナー。パリを拠点にウィメンズコレクションの創作を行い、ルイ・ヴィトンのウィメンズ・アーティスティック・ディレクターを務める。幼少期から服飾に関心を持ち、15歳でアニエスベーなどでインターンを経験し、1990年代初頭にはジャン=ポール・ゴルチエのもとでアシスタント勤務を経て実務を学んだ。1995年にバレンシアガのライセンス業務に関わり、1997年に同社のクリエイティブ・ディレクターに抜擢されてブランドの復興を牽引。2012年の離脱後、2013年にルイ・ヴィトンの指揮を執るようになってからは、建築的な舞台演出と過去のモチーフの現代的再解釈を通じて同社の表現を更新している。シグネチャーはややAライン寄りの構築的シルエットと素材の実験、過去の要素を現代的に組み替えるハイブリッドな美意識で、国際的な受賞歴と商業的成功の双方を獲得している。

Nicolas Ghesquière

2007 - 2015

ロレンツ・バウマー

アーティスティック・ディレクター

ロレンツ・バウマーについて

ジュエリーデザイナー/メゾン創業者・ディレクター(パリ拠点)

フランスを拠点に活動するジュエリーデザイナーで、パリ・ヴァンドーム広場19番地にメゾンを構える創業者兼ディレクター。1965年ワシントンD.C.生まれで、外交官である父の赴任先を転々とするなか15歳でパリへ移住し学業を修めた。エコール・サントラル・パリで工学とデザインを学んだ後、1988年にジュエリー制作を始め、1992年に自身のメゾンを設立。シャネルのジュエリー制作を長年手掛けた後、2007年にルイ・ヴィトンのジュエリー部門アーティスティック・ディレクターに就任し、同社で複数のコレクションを発表した。2010年のモナコ王室のティアラ制作や2013年のヴァンドーム19番地でのブティック開設を経て、隕石や香りを組み込むチタニウム、ダイヤモンドの新技法など素材・技術の実験を通じた作品発表を続けている。

Lorenz Bäumer

1997 - 2013

マーク・ジェイコブス

クリエイティブ・ディレクター

マーク・ジェイコブスについて

ニューヨーク拠点のアメリカ人ファッションデザイナー/Marc Jacobs創業者、元Louis Vuittonクリエイティブ・ディレクター

アメリカ出身のファッションデザイナー、ニューヨークを拠点にウィメンズとメンズのプレタポルテ、アクセサリー、フレグランス、ビューティを横断して活動する。高校でニットとデザインに親しみパーソンズで1984年に卒業、卒業コレクションは業界で高い評価と複数の賞を獲得した。1980年代に自名義コレクションで頭角を現し、1987年にCFDAの新人賞を最年少で受賞。Perry Ellis在任中に1990年代初頭の〈グランジ〉コレクションで賛否を呼んだ後、1997年にルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターに就任し同社の初のプレタポルテ導入や大規模なアーティスト・コラボでブランドの表現を刷新、2013年に同職を退いて自ブランドに専念した。Marc by Marc Jacobsや香水、ビューティ、Bookmarcなどで事業を多角化し、舞台性の高いショー演出とポップカルチャー参照を軸に商業性と芸術性を結ぶ表現で知られる。

Marc Jacobs

1910 - 1970

ガストン=ルイ・ヴィトン

デザイナー

ガストン=ルイ・ヴィトンについて

フランスの実業家・デザイナー・コレクター、Louis Vuitton三代目当主(拠点:アニエール=シュル=セーヌ)

ルイ・ヴィトン家の三代目にあたり、アニエール=シュル=セーヌを拠点に活動したフランスの実業家・デザイナー兼コレクター。1883年生、1970年没。家業の工房と旅の文化に育ち、1920年代にハウスの表現を芸術的に拡張して1925年の国際装飾美術展への参加を実現。香水『Heures d’Absence』(1927)の創出をはじめ時計や車載用品など新たなメティエへの進出を推進し、1930年代にはKeepall、Speedy、Noéなど柔軟な素材を用いたソフトバッグを導入して旅用品の小型化と日常化を促進。店舗ディスプレイやショーウィンドウ演出にも関与し、1908年にはLVサークルロゴを商標登録した記録がある。刀の鍔を含む旅関連の膨大な収集を続け、そのコレクションは2017年に『La Chambre des merveilles』として書籍化され公開された。旅と実用を軸にハウスの近代化を支えた人物。

Gaston-Louis Vuitton

1892 - 1936

ジョルジュ・フェレオル・ヴィトン

デザイナー

ジョルジュ・フェレオル・ヴィトンについて

ルイ・ヴィトン二代目当主/デザイナー・事業家(フランス)。

フランスのデザイナー兼事業家。ルイ・ヴィトンの一人息子としてアニエール=シュル=セーヌに生まれ、パリを拠点にトランクや旅行用品の設計・事業運営を担った人物。1857年7月13日生、1936年10月26日没。1892年に父ルイの死後に当主を継ぎ、模倣対策とブランド化を柱に事業を再編した。1888年のダミエ導入や1896年のモノグラム創案で視覚的識別を強化し、施錠機構の改良や自動車時代に適した角型トランクの開発などで機能面の革新を進めた。1885年のロンドン出店や1893年のシカゴ万国博出展で海外販売網を拡大し、1914年のシャンゼリゼ本店整備で店舗体験の近代化を図った。顧客向けの贈答用ミニトランクや旅行ガイド『Le Voyage』の刊行などを通じて顧客体験とブランド伝承の基盤を構築した。

Georges Ferréol Vuitton

1854 - 1892

ルイ・ヴィトン

デザイナー

ルイ・ヴィトンについて

フランスのトランク職人・起業家。パリを拠点に高級トランクと旅行用品の基礎を築いた創業者

フランス出身のトランク職人・起業家。パリを拠点に高級旅行用トランクとパッキング技術を確立した人物。1821年8月4日にジュラ地方のアンシー(現ラヴァン=シュル=ヴァルーズ付近)で生まれ、13歳で故郷を離れてパリへ向かい、16歳でロマン・マレシャルの工房に入門して箱作りとパッキングの技術を習得した。1853年に皇后エウジェニーの専属パッカーに任命され、1854年にパリのリュ・ヌーヴ=デ=カピュシーヌに自身の工房を開設。1858年に平蓋の直方体トランクと防水キャンバスを導入して積載性と耐久性を向上させ、1867年には「パッキングおよび旅行用トランク」の意匠を特許登録してトランクの基本構造と意匠を確立した。1859年にアニエールに生産拠点を設け、博覧会での受賞を通じて名声を高めた。1892年に没し、子のジョルジュらが事業を継承・拡大した。

Louis Vuitton

dunhill

2023 - 継続中または終了年不明

サイモン・ホロウェイ

クリエイティブ・ディレクター

サイモン・ホロウェイについて

ロンドン拠点の英国出身クリエイティブディレクター(素材・テーラリング重視)

英国出身でロンドンを拠点に活動するクリエイティブディレクター。素材とクラフトへの深い造詣を基盤に、レディ・トゥ・ウェアからフットウェア、アクセサリーまで横断的に手がけ、ブランドのアイデンティティを細部で構築する仕事で知られる。キングストン大学でファッションデザインを学び、パリやニューヨークでの実務経験を経て、ナルシソ・ロドリゲスやラルフ・ローレン、ジミー・チュウ、ホーガンなどで要職を務めた経歴を持つ。アニオナでのウィメンズの再構築やジェームズ・パーディでのカントリー/ライフスタイル提案を経て、ダンヒルのクリエイティブディレクターとして英国的テーラリングと素材主導の表現を推進している。作風は静謐で上質な素材感を重視した柔らかなシルエットと精緻なディテールを特徴とする。

Simon Holloway

2017 - 2022

マーク・ウェストン

クリエイティブ・ディレクター

マーク・ウェストンについて

英国出身のメンズウェアデザイナー/元dunhillクリエイティブ・ディレクター(ロンドン拠点)

英国出身のメンズウェアデザイナー。ロンドンを拠点に活動し、2017年5月にアルフレッド・ダンヒル(dunhill)のクリエイティブ・ディレクターに就任し、2022年10月まで同職を務めた。 中央聖マーティンズ(Central Saint Martins)でファッションを学び、ドナ・カランやコーチでのニューヨーク経験を経て2007年にバーバリーに参加、メンズ部門のシニア・バイス・プレジデントとして製品戦略とコレクション開発に携わった。 ダンヒル在任時はアーカイブに根ざしたテーラリングを基盤に、ハーフラップジャケットやスプリットヘムトラウザーなどのシグネチャーを打ち出し、スポーティーで技術的な素材使いとレザーへの注力を通じてブランドの現代化を推し進めた。SS19のパリ発表やデジタル・アーティストとの共作など舞台と表現の拡張にも取り組んだ。

Mark Weston

2012 - 2016

ジョン・レイ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・レイについて

スコットランド出身のメンズウェアデザイナー兼クリエイティブ・ディレクター。ロンドン拠点で英国的テーラリングを現代化

スコットランド出身のメンズウェアデザイナー兼クリエイティブ・ディレクター。ロンドンを拠点に英国的なテーラリングの伝統を現代的に再解釈する仕事を行う。セントラル・セント・マーチンズでメンズウェアを学び、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得した後、Katharine Hamnettでアシスタントを経てメンズウェアの責任者を務め、1996年にグッチへ移籍。トム・フォードの下で約10年にわたりメンズ部門の要職を務め、2001年にメンズウェアVP、2004年にメンズのクリエイティブ・ディレクターに就任した。長期の休職を経てアルフレッド・ダンヒルのクリエイティブ・ディレクターとしてブランドの英国性を軸にしたモダンなテーラリングを提示し、ビジュアル刷新やフレグランス立ち上げにも関与。2017年にはThomas Pink(Pink Shirtmaker London)のクリエイティブ・ディレクターに就任し、プロダクトと店舗体験の再編に携わった。

John Ray

1893 - 1929

アルフレッド・ダンヒル

デザイナー

アルフレッド・ダンヒルについて

イギリスのタバコ商・実業家・発明家、dunhill創業者(ロンドン拠点)。

イギリスのタバコ商・実業家・発明家。ロンドンを拠点に活動し、メンズ向けラグジュアリーを基盤とするアルフレッド・ダンヒル社(dunhill)の創業者として知られる。1872年ホーンズィ生まれ。父の鞍具・ハーネス製造業を継承して職人としての修業を経た後、1893年に21歳で家業を引き継ぎ自動車の時代に合わせて製品ラインを転換した。『Dunhill's Motorities』として自動車用アクセサリーと紳士向け用品を展開し、1904年に運転中の喫煙に配慮したウィンドシールド・パイプを考案、1907年にデューク・ストリートにタバコ店を開業して個別調合の葉巻やパイプを提供して評判を得た。1920年代にはニューヨークやパリへ進出し王室御用達を得るなど国際的ブランドへと成長し、1928年に経営の第一線を退いて息子へ事業を譲渡、1959年に逝去した。その事業は後にラグジュアリー部門とタバコ部門に分かれて継承された。

Alfred Dunhill

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

クリス・ヴァン・アッシュについて

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー/元Dior Homme・元Berlutiアートディレクター、パリ拠点。

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー。パリを拠点に活動し、アーティスティック・ディレクターや自身のブランドでの創作を通じてモダンな仕立てと都市的なミニマリズムを軸に作品を展開する。アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学び、卒業後パリに移ってイヴ・サンローランでヘディ・スリマンのアシスタントを務め、のちにディオールのメンズラインの立ち上げに参加した。2005年に自らのブランドKRISVANASSCHEを立ち上げ、2013年にパリにブティックを開店したが、2015年に活動を一時休止した。2007年から2018年までディオール・オムのアーティスティック・ディレクターを務め、伝統的な仕立てに現代的なカットやストリートの要素を組み合わせたシルエットを提示し、A$AP RockyやOliver Simらをアンバサダーに起用した。2018年にベルルッティのクリエイティブディレクターに就任、2019年にデビューコレクションを発表したのち2021年に退任。レザーや靴、家具修復を含む工房仕事やアートプロジェクトとの連携も行い、現在は教育やコラボレーションを中心に多面的に活動する。

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

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