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イヴ・サン・ローラン

Yves Saint Laurent

フランス 1936 2008 (享年71歳)

フランスのファッションデザイナー。メゾン創業者であり、若くしてディオールの後継を務めた。

最終更新日: 2026.03.12

イヴ・サン・ローランについて

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent、1936年8月1日—2008年6月1日)は、20世紀後半のファッションを象徴するフランスのデザイナーです。アルジェリアのオランで生まれ、若くしてパリに出てクリスチャン・ディオールのアトリエで修業し、1957年に21歳でディオールの後継となりました。1961年にピエール・ベルジェとともに自身のメゾンを創設し、左岸発のプレタポルテ「リヴ・ゴーシュ」を打ち出してハイファッションの大衆化を推進しました。女性のパンツスタイルや女性用タキシード「ル・スモーキング」など、性別の境界を揺るがすアイコニックなデザインで知られ、香水やメンズラインの展開、国際的な回顧展などを通じて広く影響を及ぼしました。私生活では精神的な苦悩や依存の時期もあったものの、退任後も作品と美学は現代に残り、パリやマラケシュでの博物館公開を通じて遺産が保存されています。

キャリアタイムライン

イヴ・サン・ローランとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Dior アーティスティック・ディレクター 1957 - 1960
Yves Saint Laurent デザイナー 1961 - 2002

経歴

オランで中等教育を修了後、1953年・1954年の国際ウール事務局(Secr
1955年にクリスチャン・ディオールのアトリエに参加し、1957年10月のディオール急逝を受けて21歳で同メゾンのアーティスティックディレクターに就任。1960年の徴兵と精神的危機ののちに退任した後、1961年にピエール・ベルジェと共にイヴ・サンローラン・オートクチュールを設立し、1962年に最初のコレクションを発表しました。1966年には左岸のリヴ・ゴーシュ店で本格的にプレタポルテを展開し、同時期に女性用タキシード『ル・スモーキング』などの革新的アイテムで注目を集めました。以降はメンズラインや香水(例:Y、Rive Gauche、Opium)を展開し、1970年代以降も民族衣装や舞台芸術からの引用を取り入れた豊かなコレクションを発表。1983年のメトロポリタン美術館での回顧展は評価を確立し、1999年の事業売却を経て2002年に公的に引退、同年オートクチュール部門は閉鎖されました。彼のデザインは今日のモードに多くの普遍的な要素を残しています。

Yves Saint Laurentとの関わり

1961 - 2002

デザイナー

イヴ・サンローランは、1961年にピエール・ベルジェとともに自らの名を冠したメゾンを創設して以降、そのブランドにおける創作の第一人者を務めました。オートクチュールの精緻な仕立てを基盤に置きながら、モダニズムや美術からの着想を服に直接落とし込み、メゾンの美学を定義しました。1960年代には、ピエト・モンドリアンの絵画から着想を得たドレスや、1966年に発表した女性用タキシード「ル・スモーキング」など、ジェンダーや既成概念に挑む象徴的な作品を次々と発表しました。また、高品質のプレタポルテライン「リヴ・ゴーシュ」を立ち上げることでクチュールの技術と精神を日常の服へと広げ、ブランドの事業モデルと影響力を拡大しました。これらの実践を通じて、サンローラン本人が長年にわたりメゾンのデザイン方針を主導し、ブランドのヴィジュアルとアイデンティティを築き上げました。

在任期

在任期間はブランド設立の1961年から2002年まで続きます。イヴ・サンローランは2002年1月7日に引退を表明し、1月22日にはパリのセンター・ポンピドゥで自身の40年を振り返る回顧的な最終ショーを開催して創作活動に一区切りを付けました。これによって彼のブランドにおける第一線での役割は事実上終了しました。

影響

サンローランがブランドにもたらした影響は大きく、リヴ・ゴーシュによる本格的なプレタポルテ展開は高級ファッションの地平を広げる転機となりました。さらに男性服のテーラリングを女性服に取り入れたデザイン(例:ル・スモーキング)は、女性のワードローブと社会的表現を変革し、服飾におけるジェンダー観や着ることの意味そのものに長期的な影響を与えました。美術とモードを結びつける作風は、メゾンの文化的評価と国際的な知名度を高める要因となりました。

Diorとの関わり

1957 - 1960

アーティスティック・ディレクター

イヴ・サンローランは、クリスチャン・ディオールが1957年10月に急逝した直後、当時21歳でディオールのアーティスティック・ディレクターに指名され、ハウスのオートクチュール部門のデザイン責任者として在任しました。就任後はアトリエと密接に協働しつつ、ショーの構成やサンプル制作、顧客向けフィッティングなどメゾンの創作運営を統括し、短期間で複数のコレクションを発表しました。最も知られるのは1958年1月30日に発表した初コレクション「トラペーズ(Trapèze)」で、肩幅を狭めウエスト位置を上げて裾を広げる三角形的なフォルムを打ち出し、ディオールの伝統的な“ニュールック”とは一線を画する若々しいシルエットを提示しました。以後1958年〜1960年の間に計6回のオートクチュール・コレクションを手がけ、報道や買い手の強い注目を集めることでメゾンの表現を短期間で刷新しました。1960年の徴兵を契機に職務を離れ、その過程でディオールとの関係は終了し、マーク・ボアンが後任としてハウスのデザインを引き継ぎました。

在任期

クリスチャン・ディオールは1957年10月24日に死去し、その後イヴ・サンローランが同年11月に後継者として発表されました。サンローランは1958年1月30日に初のオートクチュール・コレクション「トラペーズ」を発表し、1958年から1960年にかけて計6回のコレクションを手がけました。1960年9月1日に徴兵され入院したことを契機にハウスはマーク・ボアンを後任に据え、サンローランのディオールでの在任は終わりを迎えました。

影響

在任期間は短かったものの、サンローランがディオールで示したトラペーズなどのシルエット刷新は、メゾンのイメージを若返らせると同時に1960年代のより自由で簡潔なラインへの転換を先取りしました。プレスでは彼のデビューをハウス再生の契機と評する声もあり、ディオールの表現に短期的かつ象徴的な変化を与えるとともに、サンローラン自身の後年の創作(女性のトラウザーやモダンなテーラリング志向など)へとつながる重要な出発点となりました。

関連ブランド

関連する人物

Yves Saint Laurent

1996 - 2000

エディ・スリマン

アーティスティック・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

Dior

2025 - 継続中または終了年不明

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

2016 - 2025

マリア・グラツィア・キウリ

アーティスティック・ディレクター

マリア・グラツィア・キウリについて

ファッションデザイナー。フェンディ チーフクリエイティブオフィサー(元ディオール ウィメンズ責任者)。

マリア・グラツィア・キウリはイタリア・ローマ出身のファッションデザイナー。1964年2月2日生まれ。ローマのイストゥトゥート・ヨーロッパ・ディ・デザイン(Istituto Europeo di Design)で学んだ後、フェンディでバッグデザインに携わり、1999年にヴァレンティノへ移籍。2008年からはピエルパオロ・ピッチョーリと共同でクリエイティブディレクターを務め、2016年にクリスチャン・ディオールのウィメンズコレクション責任者に就任して同メゾンで初の女性トップデザイナーとなった。ディオール在任中はフェミニズムをテーマにしたコレクションやアーティストとの協働で注目を集め、サドルバッグの復刻や写真集『Her Dior』の刊行を通じて商業的・文化的な影響を残した。2025年にはフェンディへ帰還しチーフクリエイティブオフィサーに就任した。伝統的な職人技と現代的な文化的メッセージを結びつける表現が特徴である。

Maria Grazia Chiuri

2012 - 2015

ラフ・シモンズ

クリエイティブ・ディレクター

ラフ・シモンズについて

ベルギー出身のファッションデザイナー、Prada共同クリエイティブディレクター(アントワープ拠点)

ラフ・シモンズ(Raf Simons)はベルギー出身のファッションデザイナーで、アントワープを拠点にメンズとウィメンズを横断するコレクションを発表する。若者文化や音楽、現代美術を参照したモチーフと精緻な仕立てを組み合わせる表現で国際的に評価されている。工業・家具デザインを学び1991年に卒業、家具デザイナーやウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエでのインターンを経て1995年に自身のブランドを立ち上げた。以後、教育(ウィーン応用芸術大学のファッション学科長)や主要メゾンでのクリエイティブ職を通じて活動の幅を広げ、Jil Sander、Christian Dior、Calvin Kleinなどでの就任を経て、2020年にMiuccia Pradaと共同でPradaの共同クリエイティブディレクターに就任した。2022年には自身のブランドの閉鎖を発表し、コレクション制作にとどまらない展覧やコラボレーションを通じて現代美学の議論に関与し続けている。

Raf Simons

1996 - 2011

ジョン・ガリアーノ

クリエイティブ・ディレクター

ジョン・ガリアーノについて

ジブラルタル出身の英国ファッションデザイナー。ディオールやメゾン・マルジェラで創作を指揮した。

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル生まれの英国のファッションデザイナーで、歴史的な衣装や綿密なリサーチを基にした演劇的なプレゼンテーションで知られる。セントラル・セント・マーチンズで注目を集めた後、自身のブランドとパリのメゾンで活躍し、1995年にジバンシィ、1996年にクリスチャン・ディオールの創作を任されて国際的な評価を確立した。2009年にレジオン・ドヌールを受章するなど栄誉を得る一方、2011年の差別的発言を巡るスキャンダルでディオールを解任され、裁判で有罪判決を受けるという転機を迎えた。その後は治療と謝罪を経て活動を再開し、2014年にメゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任、十年近く同ブランドを率いたが、2024年に同職を離れた。復帰と論争を併せ持つ複雑な経歴で、現在もファッション界で大きな注目を集めている。

John Galliano

1989 - 1996

ジャンフランコ・フェレ

アーティスティック・ディレクター

ジャンフランコ・フェレについて

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエット...

建築教育を受けたイタリア人デザイナーで、“ファッション界の建築家”の異名で知られる。1989年からDiorのアーティスティック・ディレクターとして構築的で豪奢なシルエットを持ち込み、1980〜90年代のメゾンに新たな国際性と重厚なエレガンスを与えた。

Gianfranco Ferré

1960 - 1989

マルク・ボアン

クリエイティブ・ディレクター

マルク・ボアンについて

フランスのオートクチュールデザイナー。クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクター(1960–1989)。

マルク・ボアン(Marc Bohan、1926年8月22日 - 2023年9月6日)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、クリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターを長年務めた人物です。端正で抑制の効いたエレガンスと精緻なテーラリングを信条とし、女性の身体を美しく見せるスリムなシルエットで知られます。1950年代にロベール・ピゲ、エドワール・モリュー、ジャン・パトゥーらのもとで修業し、1958年にディオールのロンドン部門に参加。1960年に本店のクリエイティブディレクターに就任して以降、ベビーラインやメンズラインの立ち上げなどハウスの事業展開にも関わりつつ、グレース・ケリーやエリザベス・テイラー、イラン皇后ファラー・パフラヴィなど国際的な顧客に愛用されました。穏やかな人物像と実用性を重んじる服作りでディオールの伝統を長年支え、1989年の退任後はロンドンで活動を続けました。

Marc Bohan

1946 - 1957

クリスチャン・ディオール

デザイナー

クリスチャン・ディオールについて

フランスのオートクチュールデザイナー、メゾン・クリスチャン・ディオール創立者で戦後ファッションに革新をもたらした人物。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior、1905年1月21日生-1957年10月24日没)は、フランスのオートクチュールデザイナーで、20世紀半ばの女性服を象徴する存在です。ノルマンディーのグランヴィルで生まれ、パリで政治学を学んだ後に若くして画廊を経営し美術に親しんだ経験が造形感覚を育みました。1946年に実業家の支援を受けてメゾンを設立し、1947年の初コレクション「コロール」(のちに「ニュールック」と呼ばれる)で絞られたウエストと豊かなスカートという新しいシルエットを提示して戦後のファッションを一変させました。香水『ミス・ディオール』の発表などを通じてブランドを国際的に拡大し、1957年に死去するまでメゾンを牽引しました。

Christian Dior

Dior Men

2025 - 2025

ジョナサン・アンダーソン

クリエイティブ・ディレクター

ジョナサン・アンダーソンについて

ファッションデザイナー/JW Anderson創設者。2025年よりクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクター。

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan William Anderson、1984年9月17日生まれ)は北アイルランド出身のファッションデザイナーです。2008年に自身のブランド「JW Anderson」を設立し、メンズとウィメンズの境界を問い直すジェンダー流動的なシルエットと、素材や職人技を重視する美学で国際的に知られています。2013年から2025年までロエベのクリエイティブディレクターを務め、パズルバッグなどのヒット作やクラフト支援プログラムを通じてブランドを再定義しました。2025年にはクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターに就任し、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールを横断して創作を統括しています。出身地マガハーフェルトでの育ちや家族背景が創作に影響を与えていること、また高級ブランド運営と日常向けコラボレーションを両立させる点でも知られています。

Jonathan Anderson

2018 - 2025

キム・ジョーンズ

アーティスティック・ディレクター

キム・ジョーンズについて

イギリス出身のファッションデザイナー。元ディオール・メンとフェンディのアーティスティックディレクター

キム・ニクラス・ジョーンズ(Kim Niklas Jones、1973年9月11日生まれ)は、ロンドン出身のイギリス人ファッションデザイナーで、メンズウェアの刷新とメゾン文化の現代化を得意とするクリエイターです。カンバウェルでグラフィックと写真を学び、中央聖マーチンズでメンズウェアを専攻してキャリアを開始。卒業後は自身の名義ブランドを立ち上げ、ダンヒルのクリエイティブディレクターを経てルイ・ヴィトンでメンズの表現を拡張し、2018年からディオール・メンのアーティスティックディレクターを務めました。ストリートカルチャーとラグジュアリーを接続するコラボレーション(例:ルイ・ヴィトン×シュプリーム)や、アーティストとの共同プロジェクト、BTSなどの舞台衣装制作、さらにはディオール・メンでのメンズ・オートクチュール導入など多面的な仕事で注目を集めています。公的な栄典として2020年にOBEを受章し、2025年にはフランスのレジオン・ドヌール(シュヴァリエ)を受けています。

Kim Jones

Miss Dior

1967 - 1975

フィリップ・ギブールジェ

デザイナー

フィリップ・ギブールジェについて

フランス出身のファッションデザイナー。DiorでMiss Diorの既製服を立ち上げ、Chanelでレディ・トゥ・ウェアのアーティスティックディレクターを務めた

フランス出身のファッションデザイナー。フォンテーヌブロー生まれ、主にパリを拠点に既製服の開発とメゾンのライン構築を手がけた。15歳で服づくりを始め、ジャック・ファスやランバンでの修業を経て1960年にクリスチャン・ディオールに入社し、マーク・ボアンのもとでアシスタントを務めた。ディオールではブティック向けのコリフィシェ(Colifichets)やライセンス商品のスタジオを統括し、1967年に若年層を想定した既製服ライン『Miss Dior』を立ち上げてメゾンの既製服事業を拡張した。のちにシャネルに移り、パルファン部門が設けた『Création Chanel』のアーティスティック・ディレクターとしてレディ・トゥ・ウェアの立ち上げと流通拡大に携わり、1982年に退任して自身のブランドを設立した。手がけたアイテムはドレス、スーツ、コートからアクセサリーまで幅広く、メゾンの伝統を保ちつつ日常着としての実用性を重視したデザインが特徴。その活動はメゾンの既製化における重要な一章と位置づけられることがある。生没年:1931年7月22日–1986年3月7日。

Philippe Guibourgé

Dior Homme

2007 - 2018

クリス・ヴァン・アッシュ

アーティスティック・ディレクター

クリス・ヴァン・アッシュについて

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー/元Dior Homme・元Berlutiアートディレクター、パリ拠点。

ベルギー出身のメンズウェアデザイナー。パリを拠点に活動し、アーティスティック・ディレクターや自身のブランドでの創作を通じてモダンな仕立てと都市的なミニマリズムを軸に作品を展開する。アントワープ王立美術アカデミーでファッションを学び、卒業後パリに移ってイヴ・サンローランでヘディ・スリマンのアシスタントを務め、のちにディオールのメンズラインの立ち上げに参加した。2005年に自らのブランドKRISVANASSCHEを立ち上げ、2013年にパリにブティックを開店したが、2015年に活動を一時休止した。2007年から2018年までディオール・オムのアーティスティック・ディレクターを務め、伝統的な仕立てに現代的なカットやストリートの要素を組み合わせたシルエットを提示し、A$AP RockyやOliver Simらをアンバサダーに起用した。2018年にベルルッティのクリエイティブディレクターに就任、2019年にデビューコレクションを発表したのち2021年に退任。レザーや靴、家具修復を含む工房仕事やアートプロジェクトとの連携も行い、現在は教育やコラボレーションを中心に多面的に活動する。

Kris Van Assche

2000 - 2007

エディ・スリマン

クリエイティブ・ディレクター

エディ・スリマンについて

ファッションデザイナー・写真家。複数の主要メゾンでクリエイティブディレクターを歴任し、国際的な影響力を持つ。

ヘディ・スリマンはフランス出身のファッションデザイナー兼写真家で、1968年7月5日パリ生まれ。エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学んだ後にファッション業界へ入り、メンズウェアのシルエットを再定義したことで国際的に知られる。特にディオール・オム期に確立した細身でアンドロジナスな“スキニー”シルエットは21世紀初頭の男性ファッションに大きな影響を与えた。デザインと並行してモノクロ写真を中心に写真集や展覧会を多数発表し、ロックや若者文化を反映したビジュアル表現でも注目を集める。主要メゾンでのクリエイティブ就任やブランド再編を通じて商業的な成功と論争を併せ持つキャリアを築いてきた。

Hedi Slimane

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