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アントニオ・マッラス

Antonio Marras

イタリア 1961 現在

ファッションデザイナー、ブランド創設者。舞台衣裳や美術インスタレーションも手がけるクリエイティブディレクター。

最終更新日: 2026.03.09

アントニオ・マッラスについて

Antonio Marras(アントニオ・マラス、1961年1月21日生まれ)は、イタリア・サルデーニャ島アルゲーロ出身のファッションデザイナーでありアーティストです。ブティックを営む家業や島の伝統的な手仕事に根ざした感性を基盤に、繊細な手工芸的装飾と詩的な物語性を服に織り込む作風を持ちます。1987年に自身のブランドを立ち上げ、1996年のローマでのオートクチュール発表や1999年のプレタポルテ発表で国際的に注目を集めました。2003年以降は国際的なメゾンでのクリエイティブな役割も担い、舞台衣裳や美術展のインスタレーション制作などファッションを越えた表現活動を続けています。アルゲーロのアトリエを拠点に、伝統と現代性を融合させた手仕事を重視した制作を行っています。

キャリアタイムライン

アントニオ・マッラスとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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ブランド / 役職
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KENZO クリエイティブ・ディレクター 2003 - 2011

時期不明・開始年不明の経歴

Antonio Marras

デザイナー

時期不明

時期不明

経歴

正式な服飾系学位を修めた記録は見られず、独学でデザインと制作を磨いてきたとされます。一方で2013年にミラノのブレラ美術学院(Accademia di Belle Arti di Brera)から視覚芸術分野の名誉学位(Laurea honoris causa)が授与されています。
1987年に自身の名を冠したブランドを設立し、1996年のオート・ローマでのオートクチュール発表や1999年のミラノでの初のプレタポルテ発表で注目を集めました。2003年には国際ブランドのアーティスティックディレクターに就任し、2008年にはブランド全体のクリエイティブを統括する立場に昇格、2011年まで在任してブランド表現の国際化に寄与しました。以降は自らのアトリエを中心にコレクション制作のほか舞台衣裳や展覧会のインスタレーションを手がけ、2011年のヴェネツィア・ビエンナーレ出品や回顧的展示なども行っています。2013年に名誉学位を受け、2022年にはイタリアの大手アパレルグループによる出資(報道では約80%取得)を受けつつ、引き続きクリエイティブディレクターとして制作に携わっています。

Antonio Marrasとの関わり

時期不明

デザイナー

Antonio Marrasは、自身の名を冠したブランドにおいて創業者かつ主要デザイナーとしてブランドの創作方針と制作を一貫して牽引してきました。1987年に最初のコレクションを発表し、1996年のローマでのオートクチュール出展、1999年のミラノでの初のプレタポルテ発表を経て、オートクチュール的な手仕事と日常着をつなぐ独自の位置を築きました。アルゲーロのホームスタジオで少量生産のLaboratorioやLimited Seriesを自ら監督し、サルデーニャの職人技や“ligazzio rubio”と呼ばれる赤い糸など土地の民俗性をコレクションの核に据え、テキスタイルや装飾に物語性と美術的な視点を持ち込みました。2003年から2011年にはケンゾーのアーティスティックディレクターを務めるなど国際的経験を重ねる一方で、自ブランドではメンズやコンテンポラリーライン、アクセサリーの拡充や舞台衣装・美術的プロジェクトとの連動を通じて表現領域を広げてきました。近年は外部資本による大株主化の発表を経て事業体制を強化しつつ、創作の主導権を保ったまま直営店や海外旗艦店の開設などリテール展開を加速させています。

在任期

ブランド活動の出発点は1987年の最初のコレクション発表にあり、1996年のローマでのオートクチュール出展、1999年のミラノでのプレタポルテ発表という節目を経て事業と表現を拡大しました。2003年から2011年にはケンゾーのアーティスティックディレクターを務めた時期があり、その後は自ブランドの制作に回帰しました。2022年に主要株式の取得が発表され、以後はグループ傘下での事業拡大が進んでいます。

影響

Marrasはサルデーニャの職人技と物語性をブランドの中心に据えることで明確な差異化を生み出しました。オートクチュール的な手仕事を軸に少量生産ラインを維持しつつ、メンズやコンテンポラリーラインの導入や舞台・美術プロジェクトとの接続によりブランドの表現領域を広げています。外部資本導入後は、創作の主導権を保ちながら直営店と国際展開を進め、独自の美学を守りつつ事業基盤の強化を図る方向へとブランドを導いています。

KENZOとの関わり

2003 - 2011

クリエイティブ・ディレクター

アントニオ・マラスは2003年にケンゾーのウィメンズウェアのアーティスティック・ディレクターとして迎えられ、既存のブランドコードを尊重しつつコレクション表現を詩的かつ舞台的に再構築しました。サルデーニャ出身の美学と職人的手仕事へのこだわりをケンゾーのデザインに持ち込み、刺繍や豊かなテクスチャー、レイヤード表現を通して服に物語性を与えることで、ランウェイを一種の劇場化した演出で見せることを特徴としました。 2008年にはブランド全体のクリエイティブ・ディレクターに昇格し、ウィメンズに加えてメンズ、キッズ、アクセサリー、ホームウェアといった領域のクリエイティブ監修を担うことで、商品ラインと店頭表現、コミュニケーションの一貫性を強める役割を果たしました。就任時期にはパリの旗艦店改装や本社移転といったリポジショニング施策が進められ、マラスのビジョンをブランド全体に反映させる試みが行われました。 舞台的なテーマ設定や歴史的・旅のモチーフを取り入れたコレクション構成、そして職人技を生かしたディテールワークを通じて、マラスはケンゾーの“ミクスチュア(混交)”の精神を保ちながらも、より物語性の強いシグネチャーを確立しました。2011年に同職を離れるまでの在任期間を通じて、彼の個人的な美学がケンゾーの表現言語に色濃く反映されました。

在任期

2003年9月12日にLVMHの下でケンゾーのウィメンズウェアのアーティスティック・ディレクターに就任し、翌2004年には彼名義の最初のケンゾーコレクションをパリで発表しました。2008年末にはブランド全体のクリエイティブ・ディレクターへ昇格し、商品カテゴリや店舗表現の統一を進める立場となりました。2011年7月12日の発表で同職を離れ、在任期間はおよそ8年に及びます。

影響

マラス期のケンゾーは、職人的な刺繍やテクスチャー、物語性のある演出を前面に出すことで、従来の多文化的ミクスチャーを維持しつつも差別化された美学を打ち出しました。ウィメンズの再構築からメンズやキッズ、ホームまで監修範囲を広げたことで、商品ラインと店頭表現の統一感が増し、ブランドのリポジショニングに寄与しました。

関連ブランド

関わったグループ

関連する人物

KENZO

2021 - 継続中または終了年不明

長尾 智明

アーティスティック・ディレクター

長尾 智明について

ファッションデザイナー/クリエイティブディレクター、DJ、音楽プロデューサー、起業家。ストリートカルチャーを基軸にブランド運営と多領域で創作活動を行う。

長尾智明(NIGO®)は、日本を代表するストリートウェアのクリエイターで、ファッションデザイナー、DJ、音楽プロデューサー、起業家として多面的に活動している。1993年に原宿でショップ『NOWHERE』を開き、自らのブランドA Bathing Ape(BAPE)を立ち上げ、カモフラージュや“シャークフーディー”などの象徴的プロダクトで国内外のストリートカルチャーに大きな影響を与えた。 ファレル・ウィリアムスとの共同でBillionaire Boys Club/Ice Creamの展開に関わり、自身でもNIGOLDやHuman Madeを立ち上げるなどブランド運営とコラボレーションを重ねてきた。 2011年にBAPEはI.Tグループへ売却され、2013年に同ブランドを離れた後も、UNIQLO UTのクリエイティブ・ディレクターやメゾンKENZOのアーティスティック・ディレクター就任(2021年)をはじめ、ファッション、音楽、アートを横断する創作活動を続けている。 音楽面では2022年に多くの著名アーティストを迎えたアルバム『I Know NIGO!』を発表し、コレクションをSotheby’sでキュレーションするなどアート収集・発信にも力を入れている。

ナガオ トモアキ

2019 - 2021

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタ

クリエイティブ・ディレクター

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタについて

ポルトガル出身のファッションデザイナー。元ラコステ/元ケンゾ クリエイティブディレクター。

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタは、ポルトガルのアゾレス諸島出身のファッションデザイナーで、ロンドンのキングストン大学でファッションデザインを学んだ後、パリを拠点に活動している。機能性と詩的なミニマリズムを融合させる作風で知られ、若手時代にハイエール国際フェスティバルのグランプリやANDAM賞を受賞し、2003年に自身のブランドを設立した。2010年から2018年までラコステのクリエイティブディレクターを務め、2019年にケンゾのクリエイティブディレクターに就任(在任は〜2021年)。ユニクロやナイキとのコラボレーション、MUDEやMUDAMでの展覧会、写真集『Lisboa』(2017)など、服飾を越えた多面的な表現活動を続けている。

Felipe Oliveira Baptista

2011 - 2019

キャロル・リム

クリエイティブ・ディレクター

キャロル・リムについて

ファッションデザイナー・起業家・リテーラー。Opening Ceremony共同創業者、元ケンゾー共同クリエイティブディレクター。

キャロル・リム(Carol Lim、1975年2月20日生まれ)は、アメリカ出身のファッションデザイナー、起業家、リテーラー、クリエイティブディレクターで、パートナーのウンベルト・レオンとともに国際的な評価を築いてきた人物です。カリフォルニア大学バークレー校で経済学を学んだ後、コンサルティングやマーチャンダイジングの実務を経て、2002年にセレクトショップ兼ブランド「Opening Ceremony」を共同で立ち上げました。店舗運営とコレクション制作を往還しながら、若手デザイナー発掘や音楽・映像など異分野との協働を通じて文化的な語りをつくることを重視し、リテールとクリエイションを結びつける手法で知られています。2011年にはパリのメゾン、ケンゾーの共同クリエイティブディレクターに就任し、ブランドの現代化と話題性のあるコラボレーションを推進。2019年に同職を離れた後は、自社事業や外部ブランドのコンサルティング、教育機関での助言活動など幅広い領域で活動を続けています。

Carol Lim

2011 - 2019

ウンベルト・レオン

クリエイティブ・ディレクター

ウンベルト・レオンについて

ファッションデザイナー・リテーラー、元KENZO共同クリエイティブディレクター、クリエイティブディレクター兼レストラン経営者

Humberto Leon(ウンベルト・レオン)はロサンゼルス出身のファッションデザイナー、リテーラー、クリエイティブディレクターです。カリフォルニア大学バークレー校でカル・リムと出会い、二人で2002年にコンセプトショップ兼ブランド「Opening Ceremony」を立ち上げ、国際的な若手ブランドの発掘やアーティストとのコラボレーションを通じて都市型の文化発信拠点を築きました。ギャップやバーバリーでのヴィジュアル/デザイン経験を経て、2011年にパリの老舗ブランドKENZOの共同クリエイティブディレクターに就任し、若々しい視点でブランドを再活性化。2019年にKENZOを退任した後は、家族と立ち上げた飲食事業(Eagle RockのCHIFA、ArcadiaのMonarchなど)や音楽やパフォーマンスのクリエイティブディレクション(ガールグループKATSEYEなど)にも活動領域を広げ、ファッションにとどまらない編集力とコラボレーションで知られています。Opening Ceremonyはデザイン賞の受賞歴があり、ブランドの知的財産譲渡や事業再編を経ながらも多面的なプロジェクトを続けています。

Humberto Leon

1999 - 2003

ジル・ロジエ

デザイナー

ジル・ロジエについて

ファッションデザイナー/元ケンゾ女性部門クリエイティブディレクター、ブランド創業者・教育者

ジル・ロズィエはフランスを拠点に活動するファッションデザイナーで、クチュールの技術とプレタポルテを結ぶ建築的なカッティングを得意とするクリエイターです。パリのChambre Syndicaleで服飾を学び、ピエール・バルマンやクリスチャン・ディオール(マルク・ボーハンのもと)で修業したのち、ジャン=ポール・ゴルティエのアシスタントを務めました。1990年代にはGR 816を共同で立ち上げ、1997年にANDAMの賞を受けて評価を得ています。ラコステでのスタイリング経験を経て、1999年からケンゾのウィメンズコレクションのクリエイティブディレクターを務め、伝統的なブランドに現代的な解釈を加える仕事を行いました。作品はタキシードの再構築や非対称ドレープ、軍服や民族的要素の取り入れなど、フォルムと機能を両立させる表現が特徴です。近年は教育活動にも注力し、職人技と持続可能性を重視したレザー中心のブランド「Éternel Parisien(エターナル・パリジャン)」を立ち上げています。

Gilles Rosier

1999 - 2003

ロイ・クレイバーグ

デザイナー

ロイ・クレイバーグについて

ファッションデザイナー/クリエイティブディレクター(Peachoo+Krejberg共同創業者)

Roy Krejberg(ロイ・クレイバーグ)はデンマーク・シルケボー出身のファッションデザイナーで、パリを拠点に国際的に活動している。デンマークの服飾教育機関で研鑽を積んだ後に国内で経験を重ね、1990年代にパリへ移住。ケンゾーでは1990年代半ばからメンズコレクションに携わり、高田賢三の退任後はケンゾー・オムのクリエイティブディレクターを務めた。2004年にはPeachoo Datwaniと共同でPeachoo+Krejbergを設立し、建築的な裁断や伝統的なクチュール技法、繊細な手仕事を組み合わせたレイヤード感のある審美を打ち出した。作品は国際的なセレクトショップでも取り扱われ、展覧会出品や他ブランドのクリエイティブディレクションも手がけている。2016年にはイヴァン・グルンダールのクリエイティブ・ディレクターに就任した。

Roy Krejberg

1970 - 1999

高田 賢三

デザイナー

高田 賢三について

ファッションデザイナー、KENZO(ケンゾー)創業者。パリを拠点に東西融合の色彩豊かなデザインで国際的に活躍した。

高田賢三(Kenzō Takada、1939年2月27日 - 2020年10月4日)は、日本出身のファッションデザイナーで、パリを拠点に国際的な評価を築いたクリエイターです。兵庫県姫路市に生まれ、神戸大学で文学を学んだ後に服飾へ進み、1964年にパリへ渡って活動を始めました。1970年にギャラリー・ヴィヴィエンヌに小さなブティック「Jungle Jap」を開き、鮮やかなプリントや東西のモチーフを大胆に組み合わせた自由で遊び心あるスタイルで注目を集め、1970年代のパリで急速に名声を得ました。メンズやホームプロダクト、香水など事業を拡大し、1993年にブランドをLVMHに売却、1999年に一線を退いた後もインテリアや舞台衣裳、生活用品のデザインなど多方面で創作を続けました。晩年に立ち上げたライフスタイルブランド「K三(K-3)」など、新しい表現にも取り組みました。2020年10月にパリ郊外の病院で新型コロナウイルスの合併症により逝去しました。

タカダ ケンゾウ

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