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ジル・ロジエ

Gilles Rosier

フランス

ファッションデザイナー/元ケンゾ女性部門クリエイティブディレクター、ブランド創業者・教育者

最終更新日: 2026.03.09

ジル・ロジエについて

ジル・ロズィエはフランスを拠点に活動するファッションデザイナーで、クチュールの技術とプレタポルテを結ぶ建築的なカッティングを得意とするクリエイターです。パリのChambre Syndicaleで服飾を学び、ピエール・バルマンやクリスチャン・ディオール(マルク・ボーハンのもと)で修業したのち、ジャン=ポール・ゴルティエのアシスタントを務めました。1990年代にはGR 816を共同で立ち上げ、1997年にANDAMの賞を受けて評価を得ています。ラコステでのスタイリング経験を経て、1999年からケンゾのウィメンズコレクションのクリエイティブディレクターを務め、伝統的なブランドに現代的な解釈を加える仕事を行いました。作品はタキシードの再構築や非対称ドレープ、軍服や民族的要素の取り入れなど、フォルムと機能を両立させる表現が特徴です。近年は教育活動にも注力し、職人技と持続可能性を重視したレザー中心のブランド「Éternel Parisien(エターナル・パリジャン)」を立ち上げています。

キャリアタイムライン

ジル・ロジエとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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ブランド / 役職
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KENZO デザイナー 1999 - 2003

経歴

初期に法学を学んだ後、パリのChambre Syndicale de la Coutureで服飾を学び、クチュールの技術とパターンメイキングの基礎を修得しました。こうした専門訓練が以降のデザインワークと教育活動の基盤となっています。
パリのChambre Syndicaleでの修業後、ピエール・バルマンやクリスチャン・ディオール(マルク・ボーハンのもと)で実務経験を積み、1987年にはジャン=ポール・ゴルティエの第一助手を務めました。1992年にはレオナールのメンズコレクションを手掛け、クロード・サバと共にGR 816を創設。1996年にルーヴルのカルーセルで自身のコレクションを発表し、1997年にANDAM(Masters of Linen)で顕彰されました。その後ラコステのスタイリストとして活動(〜1999年)し、1999年から2002年にかけてケンゾのウィメンズコレクションのクリエイティブディレクターを務め、パリでのコレクション発表を通じてブランドの再解釈を行いました。以降はエコール・デコラティフ(ENSAD)でデザイン教育に携わりながら、2019年頃にÉternel Parisienを立ち上げ、パリ生産や職人技、限定生産を重視したレザーアクセサリーを中心にブランド活動を展開しています。

KENZOとの関わり

1999 - 2003

デザイナー

ジル・ロズィエは、1999年にケンゾー創業者の高田賢三がメゾンを退任した際にウィメンズ(レディース)コレクションのデザインを引き継いだデザイナーです。長年の協働経験を背景に、ブランドの色彩やプリントに根ざした表現を尊重しつつ季節ごとのプレタポルテ制作とパリでのコレクション発表を継続しました。ロズィエは創業者の持つ多文化的・エスニックな要素を全面に押し出すのではなく、マスキュリンとフェミニンの素材を組み合わせる構成や仕立ての工夫でケンゾーらしさを再解釈する路線を採り、1999年春の最初のケンゾー名義コレクションでは「旅の記録」を想起させるテーマで、グレーやカーキ、黒にパープルや赤のアクセントを効かせたパッチワーク的配色を提示しました。パリ・ファッションウィークでの定期的なショーを通じて、スプリング/サマー2003コレクション(2002年10月発表)に至るまで、LVMH傘下でのプレタポルテ運営の実務的な舵取りとブランド・アイデンティティの継承を担いました。

在任期

在任期間は1999年(高田賢三の退任に伴う後任就任)から概ね2003年頃までで、期間中はウィメンズの季節コレクション制作とパリでの発表を継続しました。LVMH傘下におけるブランドのプレタポルテ部門のデザイン運営と発表スケジュールの維持を主に担い、移行期における実務的な継承役として機能しました。

影響

ロズィエの在任は、創業者の美学を尊重しながらブランドのプレタポルテ運営を安定させる“継承”の役割が中心だったと評価できます。在任中は色彩やプリントといったケンゾーの語彙を維持しつつ、民族的モチーフへの依拠を抑え、素材や仕立ての再解釈でメゾンらしさを表現しました。したがって、劇的なブランド再定義や若返りといった大きな変革は2003年以降に後任のデザイナーらによって進められた、という見方が一般的です(ここは史料からの推察を含みます)。

関連ブランド

関わったグループ

関連する人物

KENZO

2021 - 継続中または終了年不明

長尾 智明

アーティスティック・ディレクター

長尾 智明について

ファッションデザイナー/クリエイティブディレクター、DJ、音楽プロデューサー、起業家。ストリートカルチャーを基軸にブランド運営と多領域で創作活動を行う。

長尾智明(NIGO®)は、日本を代表するストリートウェアのクリエイターで、ファッションデザイナー、DJ、音楽プロデューサー、起業家として多面的に活動している。1993年に原宿でショップ『NOWHERE』を開き、自らのブランドA Bathing Ape(BAPE)を立ち上げ、カモフラージュや“シャークフーディー”などの象徴的プロダクトで国内外のストリートカルチャーに大きな影響を与えた。 ファレル・ウィリアムスとの共同でBillionaire Boys Club/Ice Creamの展開に関わり、自身でもNIGOLDやHuman Madeを立ち上げるなどブランド運営とコラボレーションを重ねてきた。 2011年にBAPEはI.Tグループへ売却され、2013年に同ブランドを離れた後も、UNIQLO UTのクリエイティブ・ディレクターやメゾンKENZOのアーティスティック・ディレクター就任(2021年)をはじめ、ファッション、音楽、アートを横断する創作活動を続けている。 音楽面では2022年に多くの著名アーティストを迎えたアルバム『I Know NIGO!』を発表し、コレクションをSotheby’sでキュレーションするなどアート収集・発信にも力を入れている。

ナガオ トモアキ

2019 - 2021

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタ

クリエイティブ・ディレクター

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタについて

ポルトガル出身のファッションデザイナー。元ラコステ/元ケンゾ クリエイティブディレクター。

フェリペ・オリヴェイラ・バプティスタは、ポルトガルのアゾレス諸島出身のファッションデザイナーで、ロンドンのキングストン大学でファッションデザインを学んだ後、パリを拠点に活動している。機能性と詩的なミニマリズムを融合させる作風で知られ、若手時代にハイエール国際フェスティバルのグランプリやANDAM賞を受賞し、2003年に自身のブランドを設立した。2010年から2018年までラコステのクリエイティブディレクターを務め、2019年にケンゾのクリエイティブディレクターに就任(在任は〜2021年)。ユニクロやナイキとのコラボレーション、MUDEやMUDAMでの展覧会、写真集『Lisboa』(2017)など、服飾を越えた多面的な表現活動を続けている。

Felipe Oliveira Baptista

2011 - 2019

キャロル・リム

クリエイティブ・ディレクター

キャロル・リムについて

ファッションデザイナー・起業家・リテーラー。Opening Ceremony共同創業者、元ケンゾー共同クリエイティブディレクター。

キャロル・リム(Carol Lim、1975年2月20日生まれ)は、アメリカ出身のファッションデザイナー、起業家、リテーラー、クリエイティブディレクターで、パートナーのウンベルト・レオンとともに国際的な評価を築いてきた人物です。カリフォルニア大学バークレー校で経済学を学んだ後、コンサルティングやマーチャンダイジングの実務を経て、2002年にセレクトショップ兼ブランド「Opening Ceremony」を共同で立ち上げました。店舗運営とコレクション制作を往還しながら、若手デザイナー発掘や音楽・映像など異分野との協働を通じて文化的な語りをつくることを重視し、リテールとクリエイションを結びつける手法で知られています。2011年にはパリのメゾン、ケンゾーの共同クリエイティブディレクターに就任し、ブランドの現代化と話題性のあるコラボレーションを推進。2019年に同職を離れた後は、自社事業や外部ブランドのコンサルティング、教育機関での助言活動など幅広い領域で活動を続けています。

Carol Lim

2011 - 2019

ウンベルト・レオン

クリエイティブ・ディレクター

ウンベルト・レオンについて

ファッションデザイナー・リテーラー、元KENZO共同クリエイティブディレクター、クリエイティブディレクター兼レストラン経営者

Humberto Leon(ウンベルト・レオン)はロサンゼルス出身のファッションデザイナー、リテーラー、クリエイティブディレクターです。カリフォルニア大学バークレー校でカル・リムと出会い、二人で2002年にコンセプトショップ兼ブランド「Opening Ceremony」を立ち上げ、国際的な若手ブランドの発掘やアーティストとのコラボレーションを通じて都市型の文化発信拠点を築きました。ギャップやバーバリーでのヴィジュアル/デザイン経験を経て、2011年にパリの老舗ブランドKENZOの共同クリエイティブディレクターに就任し、若々しい視点でブランドを再活性化。2019年にKENZOを退任した後は、家族と立ち上げた飲食事業(Eagle RockのCHIFA、ArcadiaのMonarchなど)や音楽やパフォーマンスのクリエイティブディレクション(ガールグループKATSEYEなど)にも活動領域を広げ、ファッションにとどまらない編集力とコラボレーションで知られています。Opening Ceremonyはデザイン賞の受賞歴があり、ブランドの知的財産譲渡や事業再編を経ながらも多面的なプロジェクトを続けています。

Humberto Leon

2003 - 2011

アントニオ・マッラス

クリエイティブ・ディレクター

アントニオ・マッラスについて

ファッションデザイナー、ブランド創設者。舞台衣裳や美術インスタレーションも手がけるクリエイティブディレクター。

Antonio Marras(アントニオ・マラス、1961年1月21日生まれ)は、イタリア・サルデーニャ島アルゲーロ出身のファッションデザイナーでありアーティストです。ブティックを営む家業や島の伝統的な手仕事に根ざした感性を基盤に、繊細な手工芸的装飾と詩的な物語性を服に織り込む作風を持ちます。1987年に自身のブランドを立ち上げ、1996年のローマでのオートクチュール発表や1999年のプレタポルテ発表で国際的に注目を集めました。2003年以降は国際的なメゾンでのクリエイティブな役割も担い、舞台衣裳や美術展のインスタレーション制作などファッションを越えた表現活動を続けています。アルゲーロのアトリエを拠点に、伝統と現代性を融合させた手仕事を重視した制作を行っています。

Antonio Marras

1999 - 2003

ロイ・クレイバーグ

デザイナー

ロイ・クレイバーグについて

ファッションデザイナー/クリエイティブディレクター(Peachoo+Krejberg共同創業者)

Roy Krejberg(ロイ・クレイバーグ)はデンマーク・シルケボー出身のファッションデザイナーで、パリを拠点に国際的に活動している。デンマークの服飾教育機関で研鑽を積んだ後に国内で経験を重ね、1990年代にパリへ移住。ケンゾーでは1990年代半ばからメンズコレクションに携わり、高田賢三の退任後はケンゾー・オムのクリエイティブディレクターを務めた。2004年にはPeachoo Datwaniと共同でPeachoo+Krejbergを設立し、建築的な裁断や伝統的なクチュール技法、繊細な手仕事を組み合わせたレイヤード感のある審美を打ち出した。作品は国際的なセレクトショップでも取り扱われ、展覧会出品や他ブランドのクリエイティブディレクションも手がけている。2016年にはイヴァン・グルンダールのクリエイティブ・ディレクターに就任した。

Roy Krejberg

1970 - 1999

高田 賢三

デザイナー

高田 賢三について

ファッションデザイナー、KENZO(ケンゾー)創業者。パリを拠点に東西融合の色彩豊かなデザインで国際的に活躍した。

高田賢三(Kenzō Takada、1939年2月27日 - 2020年10月4日)は、日本出身のファッションデザイナーで、パリを拠点に国際的な評価を築いたクリエイターです。兵庫県姫路市に生まれ、神戸大学で文学を学んだ後に服飾へ進み、1964年にパリへ渡って活動を始めました。1970年にギャラリー・ヴィヴィエンヌに小さなブティック「Jungle Jap」を開き、鮮やかなプリントや東西のモチーフを大胆に組み合わせた自由で遊び心あるスタイルで注目を集め、1970年代のパリで急速に名声を得ました。メンズやホームプロダクト、香水など事業を拡大し、1993年にブランドをLVMHに売却、1999年に一線を退いた後もインテリアや舞台衣裳、生活用品のデザインなど多方面で創作を続けました。晩年に立ち上げたライフスタイルブランド「K三(K-3)」など、新しい表現にも取り組みました。2020年10月にパリ郊外の病院で新型コロナウイルスの合併症により逝去しました。

タカダ ケンゾウ

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