高田賢三は1970年、パリのギャルリー・ヴィヴィエンヌに自身の小さなブティック「Jungle Jap」を開き、ここから
KENZOというブランドの基礎を築いた。 ブティックは壁一面にヘンリ・ルソー風のジャングル画を描いた舞台的な空間で、和の素材感や簡潔な裁断に、旅で得た各地の民族衣装や工芸に触発された色彩とプリントを大胆に重ねることで、従来のパリ・モードとは一線を画する自由で視覚的に豊かな美学を提示した。1970年代を通じて注目を集め、1976年にはプレイス・デ・ヴィクトワールに旗艦店と本社を移して拠点を確立した。 その後はメンズ、ジーンズ、子供服、ホームコレクション、アイウェアなど商品ラインを拡張し、香水部門の立ち上げをはじめとするライフスタイル化で国際的販路を広げた。 ショーや店舗では演劇性の高い演出を用い、ニューヨークのStudio 54での公演など話題を呼んだほか、数千枚に及ぶスケッチと生地選びへのこだわりを通してデザインから商品化までを自ら統括した。 1993年にブランドはLVMHの傘下に入ったが、高田は契約デザイナーとしてクリエイティブの中心に留まり、1999年に第一線を退くまで約30年にわたりブランドの顔を務めた。 高田の仕事は日本的モチーフの単なる移入ではなく再解釈にあり、色彩と柄、ゆったりしたシルエットを融合させた独自の美学はKENZOのアイデンティティの核として今日まで影響を与えている。