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エミリオ・プッチ

Emilio Pucci

イタリア 1914 1992 (享年78歳)

イタリアのファッションデザイナー/テキスタイル開発者、元国会議員(フィレンツェ拠点)。

最終更新日: 2026.03.11

エミリオ・プッチについて

イタリアのファッションデザイナー、侯爵、かつ元国会議員。フィレンツェを拠点にリゾートやスポーツ向けの服作りを主軸とし、鮮烈な幾何学的プリントと伸縮性のあるシルクジャージーで国際的評価を獲得した。ミラノでの予備教育を経て米国のジョージア大学とリード大学で学び、リード在学中に自作のスキーユニフォームが注目されてデザイン転身の端緒を得る。戦後はカプリにブティックを開き、1950年代以降は署名入りプリントのシルクジャージー・ドレスで名声を築く。色彩学や染色技術への探究から多色プリントや伸縮素材「エミリオフォーム」を導入し、スカーフやニット、アクセサリー、ホームコレクション、香水などへ事業を拡大。プリントはバティックや地中海のモザイクなどを取り入れた有機的かつ幾何学的な図案が特徴で、映画女優や著名人に愛用されジェット時代の国際的ライフスタイルを象徴。1963–1972年に国会議員を務め、1992年に没し娘ラウドミアが遺産を継承。20世紀中葉のプリント表現を代表する人物。

キャリアタイムライン

エミリオ・プッチとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Emilio Pucci デザイナー 1947 - 1992

経歴

ミラノでの予備教育を経て1935年にジョージア大学に渡り綿花農学を学んだ後、奨学金でリード大学へ進学。リード在学中にスキー奨学金に関わり1937年に社会科学の学位(MA)を取得。帰国後はフィレンツェ大学で政治学の学位(laurea)を取得し1941年に卒業。
リード大学でのスキーユニフォーム制作が端緒となり、1947–48年のゼルマットでの写真掲載が注目を集めてカプリにブティックを開き本格的にデザイン活動を開始。1950年代にはシルクジャージーを用いた署名入りプリントドレスで国際的な名声を確立し、旅やリゾート向けに軽やかなドレーピングと伸縮性素材を活かした服を展開。1960年頃には「エミリオフォーム」と呼ばれる伸縮性生地を導入し、スカーフやニット、アクセサリー、ホームコレクション、香水などへ事業を多角化。1960年代にはブランニフ航空の乗務員制服刷新を手がけ、アポロ15のミッションパッチ案にも関与するなどファッション以外のプロジェクトにも進出。1963–1972年はフィレンツェ選出の国会議員として在任し、1992年に死去。以後は娘ラウドミアがアーカイブとブランドを継承し、プッチのプリントは復刻や引用を通じて現代にも影響を与え続ける。

Emilio Pucciとの関わり

1947 - 1992

デザイナー

創業者兼デザイナーとして、1947年に自身がデザインしたスキーウエアの写真掲載を契機にモード活動を始め、以後1992年の死去までブランドの核を築いた。スポーツウエア由来の機能性と布地を生かすドレーピングを融合させ、着用者の動きを妨げない流麗なシルエットと実用性を確立した。伸縮性のあるジャージーやシルクに発色豊かな幾何学模様を配したテキスタイル表現を徹底し、テキスタイル自体をデザインの主役へと位置づけた点がブランドの恒常的手法となった。スカーフやテキスタイル図案を起点にドレス、ブラウス、パンツへと柄を一貫適用し、単なる模様を越えてブランド語彙として体系化した。1960年代以降はサイケデリックな色彩と流線的なパターンで国際的な注目を集め、リゾートやヨット文化、いわゆるジェットセットの象徴的スタイルを確立した。さらに衣料を越え、アクセサリーやホームアイテムへの展開、航空会社のユニフォームや宇宙ミッションの意匠提供といった異分野との協働を通じて、プッチの色彩美学を商業的・文化的に拡張した。創業者としての視覚的・商業的基盤は、没後もブランドの主要資産として残り、その後のデザイナーや経営陣による継承と再解釈の出発点となった。

在任期

在任期間は1947年の活動開始から1992年11月29日の死去までの約45年間。初期はスキーやスポーツウエアで注目を集め、その後プリント中心のレディ・トゥ・ウェアへと軸足を移しブランドを国際化した。没後は娘ラウドミア・プッチが運営とブランドイメージの継承を担った。

影響

大胆な色彩と幾何学的プリントを通じて、プッチはリゾート/ジェットセット文化のスタイルを定義し、テキスタイル主導のブランド戦略を確立した。航空会社や宇宙計画との意匠協働、セレブリティによる採用を通じて視覚的アイデンティティを広く定着させた。

関連ブランド

関わったグループ

関連する人物

Emilio Pucci

2021 - 継続中または終了年不明

カミーユ・ミシェリ

アーティスティック・ディレクター

カミーユ・ミシェリについて

エミリオ・プッチ アーティスティック・ディレクター(イタリア拠点、レディトゥウェア/アクセサリー担当)。

エミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクター。イタリア拠点でレディトゥウェアとアクセサリーを横断するデザイン実務を行う、フランス系とイタリア系のルーツを持つデザイナー。アズディン・アライアでのインターンシップを契機にシャネルのPRで業界入りし、その後ルイ・ヴィトンでコミュニケーション業務からジュエリーやアクセサリーのクリエイティブへ転身した。クリスチャン・ディオールではファッションジュエリーのクリエイティブディレクターを務め、2014年にルイ・ヴィトンへ復帰してアクセサリー部門を統括した後、2021年9月にプッチのアーティスティック・ディレクターに就任した。就任後は伝統的なプリントと色彩を現代へ翻訳することを中心に、カプセルやリゾート展開、体験型イベントを通じてアーカイブの再解釈と商業性の両立を図る作風を打ち出した。

Camille Miceli

2015 - 2017

マッシモ・ジョルジェッティ

クリエイティブ・ディレクター

マッシモ・ジョルジェッティについて

ファッションデザイナー/MSGM創業者・クリエイティブ・ディレクター(ミラノ拠点)

イタリア出身のファッションデザイナー。MSGMの創設者兼クリエイティブ・ディレクターで、ミラノを拠点に活動する。1977年チェゼーナ生まれ。会計を学んだ後、リミニのブティックで販売員としてキャリアを始め、DJや音楽・現代アートへの関心をデザインに取り込む形で歩む。2009年にパオローニグループと共同でMSGMを設立し、鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ストリートのエネルギーとイタリアンテーラリングを融合したスタイルで注目を集めた。ヴォーグの新人発掘企画で評価され、2013年にミラノ・ブレラに旗艦店を開設。2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、2017年に離任した後はMSGMのプロダクト拡充と国際展開、アーティストやブランドとのコラボレーションを軸に事業を拡大している。

Massimo Giorgetti

2008 - 2015

ピーター・ダンダス

アーティスティック・ディレクター

ピーター・ダンダスについて

ノルウェー出身のファッションデザイナー。DUNDAS創業者兼クリエイティブディレクター、Emilio PucciやRoberto Cavalliでのクリエイティブ実績を持つ。

ノルウェー出身のファッションデザイナー、国際的に活動するクリエイティブディレクター。パーソンズ(Parsons School of Design)でファッションを学び、1992年にパリへ渡ってジャン=ポール・ゴルチエのもとで長年アシスタントを務めて裁断・仕立て・プリント表現の技術を磨いた。2000年代初頭にロベルト・カヴァッリのチーフデザイナーを務め、エマニュエル・ウンガロを経て2008年頃からエミリオ・プッチのアーティスティックディレクターとしてブランドの若返りとプリント表現の再構築を推進。2015年にロベルト・カヴァッリのクリエイティブディレクターに就任し、2017年にパートナーのエヴァンジェロ・ブーシスと共にDUNDASを立ち上げた。作風は女性のフォルムを強調するグラマラスで官能的なイブニングウェアと色彩豊かなプリントが特徴で、グラミー賞や主要レッドカーペットの衣装制作など舞台衣装でも実績を持ち、オンライン中心のノンシーズン運営を採用したビジネスモデルでも注目を集める。

Peter Dundas

2005 - 2008

マシュー・ウィリアムソン

クリエイティブ・ディレクター

マシュー・ウィリアムソンについて

イギリス出身のファッション・インテリアデザイナー、ブランド創業者、元エミリオ・プッチ クリエイティブ・ディレクター

イギリス出身のファッション/インテリアデザイナー。ロンドンでファッションキャリアを築き、色彩豊かなプリントや刺繍、ビーズを多用した装飾的なシルエットと華やかなイブニングウェアで国際的に知られる。セントラル・セント・マーチンズでファッションとテキスタイルを学んだ後、ジョセフ・ヴェロサとともに1996–1997年に自身のブランドを立ち上げ、1997年のデビューコレクション「Electric Angels」で注目を集めた。2005年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを務め、2007年にはロンドンのデザインミュージアムで10年回顧展が開催された。以降は旗艦店やライセンス展開を経て活動領域を拡大し、近年は壁紙・照明・家具などインテリアやライフスタイルのプロジェクトと書籍刊行を柱に創作を続け、拠点の一部をマヨルカ島デイアに移している。

Matthew Williamson

2002 - 2005

クリスチャン・ラクロワ

アーティスティック・ディレクター

クリスチャン・ラクロワについて

フランス出身のオートクチュールデザイナー/舞台衣装家。パリ拠点。

フランス出身のファッションデザイナー。オートクチュールと舞台衣装を主な領域に、パリを拠点に活動する。モンペリエで美術史を学び、パリのソルボンヌとエコール・デュ・ルーヴルで博物館学・服飾史を学んだ。 エルメスやジャン・パトゥで実務経験を積んだ後、1987年に自身のオートクチュールハウスを設立しフィナンシエール・アガシェの出資を受けて注目を集めた。 作風は鮮烈な色彩と豊かな装飾性、手刺繍やビーズワークを多用する舞台的表現が特徴で、民族的・歴史的モチーフを大胆に組み合わせる点で知られる。 2000年代以降は商業構造の変動を経て舞台衣装制作や展覧会、ブランドとのコラボレーションを中心に活動を続けている。

Christian Lacroix

2000 - 2002

フリオ・エスパダ

アーティスティック・ディレクター

フリオ・エスパダについて

ファッションデザイナー/アーティスト。プエルトリコ出身、ニューヨークを拠点。エミリオ・プッチ元アーティスティック・ディレクター。

プエルトリコ出身のファッションデザイナー兼アーティスト。1955年生まれと記録され、1970年代後半からニューヨークを拠点に自身の名を冠したブランド「Julio」を展開した。1980年にはMoMA PS1のファッション展『Fashion (Winter 1980–1981)』に出品され、商業流通や百貨店での取り扱いを経て美術館コレクションに所蔵される仕事を残す。2000年10月にエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターに就任し、2001〜2002年のコレクションでプッチのプリントと色彩を現代的に再解釈した表現を発表した。デザインは鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ジェルシーやカットソー素材の機能的な扱いを特徴とし、その後は絵画やデジタルドローイングなどアート領域での展覧を中心に制作を継続する。

Julio Espada

1998 - 1998

ステファン・ジャンソン

デザイナー

ステファン・ジャンソンについて

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー/メゾン創設者・クリエイティブディレクター

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー。パリの服飾教育を経てKenzoのアトリエで実務を積み、1980年代にDiane von Furstenbergの招きでニューヨークでライセンス業務やコレクションのディレクションを担当した。1989年にミラノでメゾンを立ち上げ、Via Goldoniのブティック兼アトリエを拠点に“couture‑à‑porter”を掲げ、高品質なイタリア製素材と丁寧な仕立てを軸に少量生産で服を届ける。造形は斜め裁ちや流れるドレープを基調とし、南仏やマグレブの色彩感覚を取り込んだ洗練された日常性とエレガンスが特徴。編集・展覧分野にも活動領域を広げ、誌面や共著、展覧会の企画にも携わる。

Stephan Janson

1992 - 2000

ラウドミア・プッチ

クリエイティブ・ディレクター

ラウドミア・プッチについて

フィレンツェ拠点のファッション実業家・アーカイブキュレーター、元Emilio Pucci副会長兼イメージディレクター

フィレンツェを拠点とするイタリアのファッション実業家・アーカイブキュレーター。LUISS(ローマ)で経済・政治を学び、卒業後にパリのメゾン、ユベール・ド・ジバンシィでレディトゥウェアとアクセサリーの実務を経験したのち、1985年に家業のエミリオ・プッチに参加。父エミリオの死後はブランド運営とクリエイティブの両面を担い、1990年代から2000年代にかけてコレクション再編と国際展開を推進した。2000年のLVMHとの資本提携を交渉し副会長兼イメージディレクターに就任、ヴィジュアル戦略とブランドの近代化を主導した。2011年には一部アーカイブをヴィッラ・ディ・グラナイオロに移し保存体制を構築、2018年にパラッツォ・プッチでエミリオ・プッチ・ヘリテージ・ハブを創設して教育連携や若手支援プログラムを展開。2022年にはパラッツォN6を立ち上げ、体験型の文化発信を進める。2021年のLVMHによる完全取得を受けて現場の経営から退き、収蔵資料の保存・公開と国際的な文化交流に注力。ポリモーダやパラッツォ・ストロッツィ財団などの教育・文化機関に関わり、2022年にフィレンツェの日本名誉総領事に就任。色彩豊かなプリントを核にしたヘリテージを教育や体験に結びつける運営を行う人物。

Laudomia Pucci

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