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ラウドミア・プッチ

Laudomia Pucci

イタリア 1961 現在

フィレンツェ拠点のファッション実業家・アーカイブキュレーター、元Emilio Pucci副会長兼イメージディレクター

最終更新日: 2026.03.11

ラウドミア・プッチについて

フィレンツェを拠点とするイタリアのファッション実業家・アーカイブキュレーター。LUISS(ローマ)で経済・政治を学び、卒業後にパリのメゾン、ユベール・ド・ジバンシィでレディトゥウェアとアクセサリーの実務を経験したのち、1985年に家業のエミリオ・プッチに参加。父エミリオの死後はブランド運営とクリエイティブの両面を担い、1990年代から2000年代にかけてコレクション再編と国際展開を推進した。2000年のLVMHとの資本提携を交渉し副会長兼イメージディレクターに就任、ヴィジュアル戦略とブランドの近代化を主導した。2011年には一部アーカイブをヴィッラ・ディ・グラナイオロに移し保存体制を構築、2018年にパラッツォ・プッチでエミリオ・プッチ・ヘリテージ・ハブを創設して教育連携や若手支援プログラムを展開。2022年にはパラッツォN6を立ち上げ、体験型の文化発信を進める。2021年のLVMHによる完全取得を受けて現場の経営から退き、収蔵資料の保存・公開と国際的な文化交流に注力。ポリモーダやパラッツォ・ストロッツィ財団などの教育・文化機関に関わり、2022年にフィレンツェの日本名誉総領事に就任。色彩豊かなプリントを核にしたヘリテージを教育や体験に結びつける運営を行う人物。

キャリアタイムライン

ラウドミア・プッチとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Emilio Pucci クリエイティブ・ディレクター 1992 - 2000

経歴

ローマのLUISS大学で経済・政治を専攻し学士号を取得(卒業年表記あり)。卒業後はパリのメゾン、ユベール・ド・ジバンシィでレディトゥウェアとアクセサリーの現場に従事し、生産・商品運営と販売の実務経験を積む。のちに1985年に家業のエミリオ・プッチに参加し、その後の経営・アーカイブ整備に携わる経歴を持つ。
1985年にエミリオ・プッチに参加して以降、家業の経営とブランド戦略を担う立場で活動。パリでのメゾン経験を経てブランドの再編と国際展開を進め、1990年代から2000年代にかけてCEOやクリエイティブ面の運営に関与した。2000年にはLVMHとの資本提携を交渉して同社と協働する体制を確立し、副会長(Deputy Chairman)兼イメージディレクターとしてコレクションのヴィジュアル戦略や協業体制の整備を主導。2011年に家族所有のヴィッラ・ディ・グラナイオロへアーカイブを移管して保存と教育拠点を整備し、2018年にパラッツォ・プッチでエミリオ・プッチ・ヘリテージ・ハブを創設して展示・教育・若手育成プログラムを展開した。2021年のLVMHによる残存株取得を受けて経営の最前線を退き、以降はアーカイブ保存と文化発信に専心。2022年にパラッツォN6を立ち上げ、体験型プログラムや限定公開を通じてヘリテージと現代のクリエイティビティを結びつける活動を継続。ポリモーダなど教育機関や文化財団の理事を務め、国際的なヘリテージ普及と人材育成を推進する役割を担う。

Emilio Pucciとの関わり

1992 - 2000

クリエイティブ・ディレクター

クリエイティブ・ディレクターの立場・担当領域:創業者エミリオ・プッチの死去(1992年11月29日)を契機にブランドの創作指針とビジュアルを引き継ぎ、1990年代を通じてコレクションとイメージの統括を担った。1985年に同社に参画して創業者と共同でデザインや経営の実務に従事し、在任中はプッチらしいカレイドスコピックなプリントと色彩を中心にヘリテージの保全と現代的再解釈を進めた。アーカイブの整理・活用やパラッツォ由来の空間美を反映した店舗表現を通じてブランド世界観を再編集し、誌面や顧客接点でのビジュアル戦略を整備した。1990年代後半は国際的な小売網の拡大と流通基盤の強化にも深く関与し、2000年にLVMHが多数株を取得した段階でイメージ監修・副会長的立場へと移行した。以降はアーカイブ管理と外部デザイナー受け入れの橋渡し役として家族遺産と商業的刷新の均衡を図った。資料により役職表記や在任範囲に差異があるため、クリエイティブ統括を中核とする共同運営的性格が強い。

在任期

1985年にエミリオ・プッチに参画し、当初は創業者と共同でデザイン・経営の実務を担当。創業者の死去(1992年11月29日)以降にブランドのクリエイティブ責任を引き継ぎ、1990年代を通じてコレクションとイメージの統括を務めた。2000年にLVMHが約67%を取得した時点で役割をイメージ監修/副会長的立場へ移行し、その後はアーカイブとブランド遺産の管理に重心を置いた。資料によっては1989年頃から取締役やチェアの表記が見られる点に留意。

影響

在任期間の主要な影響は、プッチ固有のプリントと色彩を中核に据えたヘリテージ保存と、それを起点にしたブランド世界観の再構築にある。アーカイブの整理・一部デジタル化や教育機関との連携により資料を活用可能な状態へ整え、店舗デザインやビジュアルでパラッツォ由来の美学を再現してブランドアイデンティティを視覚的に強化した。1990年代後半の国際的流通網拡大と2000年の資本提携は供給・流通面の基盤強化をもたらし、その結果として外部クリエイターの起用による現代的再解釈を可能にする足場を整えた。

関連ブランド

関わったグループ

関連する人物

Emilio Pucci

2021 - 継続中または終了年不明

カミーユ・ミシェリ

アーティスティック・ディレクター

カミーユ・ミシェリについて

エミリオ・プッチ アーティスティック・ディレクター(イタリア拠点、レディトゥウェア/アクセサリー担当)。

エミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクター。イタリア拠点でレディトゥウェアとアクセサリーを横断するデザイン実務を行う、フランス系とイタリア系のルーツを持つデザイナー。アズディン・アライアでのインターンシップを契機にシャネルのPRで業界入りし、その後ルイ・ヴィトンでコミュニケーション業務からジュエリーやアクセサリーのクリエイティブへ転身した。クリスチャン・ディオールではファッションジュエリーのクリエイティブディレクターを務め、2014年にルイ・ヴィトンへ復帰してアクセサリー部門を統括した後、2021年9月にプッチのアーティスティック・ディレクターに就任した。就任後は伝統的なプリントと色彩を現代へ翻訳することを中心に、カプセルやリゾート展開、体験型イベントを通じてアーカイブの再解釈と商業性の両立を図る作風を打ち出した。

Camille Miceli

2015 - 2017

マッシモ・ジョルジェッティ

クリエイティブ・ディレクター

マッシモ・ジョルジェッティについて

ファッションデザイナー/MSGM創業者・クリエイティブ・ディレクター(ミラノ拠点)

イタリア出身のファッションデザイナー。MSGMの創設者兼クリエイティブ・ディレクターで、ミラノを拠点に活動する。1977年チェゼーナ生まれ。会計を学んだ後、リミニのブティックで販売員としてキャリアを始め、DJや音楽・現代アートへの関心をデザインに取り込む形で歩む。2009年にパオローニグループと共同でMSGMを設立し、鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ストリートのエネルギーとイタリアンテーラリングを融合したスタイルで注目を集めた。ヴォーグの新人発掘企画で評価され、2013年にミラノ・ブレラに旗艦店を開設。2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、2017年に離任した後はMSGMのプロダクト拡充と国際展開、アーティストやブランドとのコラボレーションを軸に事業を拡大している。

Massimo Giorgetti

2008 - 2015

ピーター・ダンダス

アーティスティック・ディレクター

ピーター・ダンダスについて

ノルウェー出身のファッションデザイナー。DUNDAS創業者兼クリエイティブディレクター、Emilio PucciやRoberto Cavalliでのクリエイティブ実績を持つ。

ノルウェー出身のファッションデザイナー、国際的に活動するクリエイティブディレクター。パーソンズ(Parsons School of Design)でファッションを学び、1992年にパリへ渡ってジャン=ポール・ゴルチエのもとで長年アシスタントを務めて裁断・仕立て・プリント表現の技術を磨いた。2000年代初頭にロベルト・カヴァッリのチーフデザイナーを務め、エマニュエル・ウンガロを経て2008年頃からエミリオ・プッチのアーティスティックディレクターとしてブランドの若返りとプリント表現の再構築を推進。2015年にロベルト・カヴァッリのクリエイティブディレクターに就任し、2017年にパートナーのエヴァンジェロ・ブーシスと共にDUNDASを立ち上げた。作風は女性のフォルムを強調するグラマラスで官能的なイブニングウェアと色彩豊かなプリントが特徴で、グラミー賞や主要レッドカーペットの衣装制作など舞台衣装でも実績を持ち、オンライン中心のノンシーズン運営を採用したビジネスモデルでも注目を集める。

Peter Dundas

2005 - 2008

マシュー・ウィリアムソン

クリエイティブ・ディレクター

マシュー・ウィリアムソンについて

イギリス出身のファッション・インテリアデザイナー、ブランド創業者、元エミリオ・プッチ クリエイティブ・ディレクター

イギリス出身のファッション/インテリアデザイナー。ロンドンでファッションキャリアを築き、色彩豊かなプリントや刺繍、ビーズを多用した装飾的なシルエットと華やかなイブニングウェアで国際的に知られる。セントラル・セント・マーチンズでファッションとテキスタイルを学んだ後、ジョセフ・ヴェロサとともに1996–1997年に自身のブランドを立ち上げ、1997年のデビューコレクション「Electric Angels」で注目を集めた。2005年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを務め、2007年にはロンドンのデザインミュージアムで10年回顧展が開催された。以降は旗艦店やライセンス展開を経て活動領域を拡大し、近年は壁紙・照明・家具などインテリアやライフスタイルのプロジェクトと書籍刊行を柱に創作を続け、拠点の一部をマヨルカ島デイアに移している。

Matthew Williamson

2002 - 2005

クリスチャン・ラクロワ

アーティスティック・ディレクター

クリスチャン・ラクロワについて

フランス出身のオートクチュールデザイナー/舞台衣装家。パリ拠点。

フランス出身のファッションデザイナー。オートクチュールと舞台衣装を主な領域に、パリを拠点に活動する。モンペリエで美術史を学び、パリのソルボンヌとエコール・デュ・ルーヴルで博物館学・服飾史を学んだ。 エルメスやジャン・パトゥで実務経験を積んだ後、1987年に自身のオートクチュールハウスを設立しフィナンシエール・アガシェの出資を受けて注目を集めた。 作風は鮮烈な色彩と豊かな装飾性、手刺繍やビーズワークを多用する舞台的表現が特徴で、民族的・歴史的モチーフを大胆に組み合わせる点で知られる。 2000年代以降は商業構造の変動を経て舞台衣装制作や展覧会、ブランドとのコラボレーションを中心に活動を続けている。

Christian Lacroix

2000 - 2002

フリオ・エスパダ

アーティスティック・ディレクター

フリオ・エスパダについて

ファッションデザイナー/アーティスト。プエルトリコ出身、ニューヨークを拠点。エミリオ・プッチ元アーティスティック・ディレクター。

プエルトリコ出身のファッションデザイナー兼アーティスト。1955年生まれと記録され、1970年代後半からニューヨークを拠点に自身の名を冠したブランド「Julio」を展開した。1980年にはMoMA PS1のファッション展『Fashion (Winter 1980–1981)』に出品され、商業流通や百貨店での取り扱いを経て美術館コレクションに所蔵される仕事を残す。2000年10月にエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターに就任し、2001〜2002年のコレクションでプッチのプリントと色彩を現代的に再解釈した表現を発表した。デザインは鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ジェルシーやカットソー素材の機能的な扱いを特徴とし、その後は絵画やデジタルドローイングなどアート領域での展覧を中心に制作を継続する。

Julio Espada

1998 - 1998

ステファン・ジャンソン

デザイナー

ステファン・ジャンソンについて

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー/メゾン創設者・クリエイティブディレクター

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー。パリの服飾教育を経てKenzoのアトリエで実務を積み、1980年代にDiane von Furstenbergの招きでニューヨークでライセンス業務やコレクションのディレクションを担当した。1989年にミラノでメゾンを立ち上げ、Via Goldoniのブティック兼アトリエを拠点に“couture‑à‑porter”を掲げ、高品質なイタリア製素材と丁寧な仕立てを軸に少量生産で服を届ける。造形は斜め裁ちや流れるドレープを基調とし、南仏やマグレブの色彩感覚を取り込んだ洗練された日常性とエレガンスが特徴。編集・展覧分野にも活動領域を広げ、誌面や共著、展覧会の企画にも携わる。

Stephan Janson

1947 - 1992

エミリオ・プッチ

デザイナー

エミリオ・プッチについて

イタリアのファッションデザイナー/テキスタイル開発者、元国会議員(フィレンツェ拠点)。

イタリアのファッションデザイナー、侯爵、かつ元国会議員。フィレンツェを拠点にリゾートやスポーツ向けの服作りを主軸とし、鮮烈な幾何学的プリントと伸縮性のあるシルクジャージーで国際的評価を獲得した。ミラノでの予備教育を経て米国のジョージア大学とリード大学で学び、リード在学中に自作のスキーユニフォームが注目されてデザイン転身の端緒を得る。戦後はカプリにブティックを開き、1950年代以降は署名入りプリントのシルクジャージー・ドレスで名声を築く。色彩学や染色技術への探究から多色プリントや伸縮素材「エミリオフォーム」を導入し、スカーフやニット、アクセサリー、ホームコレクション、香水などへ事業を拡大。プリントはバティックや地中海のモザイクなどを取り入れた有機的かつ幾何学的な図案が特徴で、映画女優や著名人に愛用されジェット時代の国際的ライフスタイルを象徴。1963–1972年に国会議員を務め、1992年に没し娘ラウドミアが遺産を継承。20世紀中葉のプリント表現を代表する人物。

Emilio Pucci

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