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マシュー・ウィリアムソン

Matthew Williamson

イギリス 1971 現在

イギリス出身のファッション・インテリアデザイナー、ブランド創業者、元エミリオ・プッチ クリエイティブ・ディレクター

最終更新日: 2026.03.11

マシュー・ウィリアムソンについて

イギリス出身のファッション/インテリアデザイナー。ロンドンでファッションキャリアを築き、色彩豊かなプリントや刺繍、ビーズを多用した装飾的なシルエットと華やかなイブニングウェアで国際的に知られる。セントラル・セント・マーチンズでファッションとテキスタイルを学んだ後、ジョセフ・ヴェロサとともに1996–1997年に自身のブランドを立ち上げ、1997年のデビューコレクション「Electric Angels」で注目を集めた。2005年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを務め、2007年にはロンドンのデザインミュージアムで10年回顧展が開催された。以降は旗艦店やライセンス展開を経て活動領域を拡大し、近年は壁紙・照明・家具などインテリアやライフスタイルのプロジェクトと書籍刊行を柱に創作を続け、拠点の一部をマヨルカ島デイアに移している。

キャリアタイムライン

マシュー・ウィリアムソンとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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Matthew Williamson デザイナー 1997 - 継続中または終了年不明
Emilio Pucci クリエイティブ・ディレクター 2005 - 2008

経歴

マンチェスターで育ち、17歳まで地元で教育を受けた後ロンドンに移りセントラル・セント・マーチンズでファッションとテキスタイルを専攻。1994年にBA(Hons)を取得し、卒業後間もなく自身のブランドを立ち上げた。
卒業直後からの活動を基盤に、1996年にジョセフ・ヴェロサとパートナーシップを結びブランドを始動。1997年のデビューコレクション「Electric Angels」は鮮烈なプリントと装飾で注目を集め、その後ブリュートン・ストリートの旗艦店やニューヨーク、ドバイでの展開、ラグや香水、ハイストリートとのコラボなど多角的なライセンス/商品展開で事業を拡大した。2005年にはエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、ブランドの伝統的プリントを現代に再解釈するコレクションを発表。2007年にはデザインミュージアムで10年の回顧展が開かれ、以降も業界での評価と商業的展開を両立させた。一方で2010年代中盤に旗艦店の見直しや事業構造の再編を行い、活動の重心をインテリア/ライフスタイル領域へ移行、個別のコラボレーションや出版を通じて現在も創作活動を継続している。

Emilio Pucciとの関わり

2005 - 2008

クリエイティブ・ディレクター

クリエイティブ・ディレクターとしてエミリオ・プッチのウィメンズコレクション全般を統括し、ブランドの象徴的なカラフルなプリント遺産を継承しつつ現代のワードローブに落とし込む役割を担った。2005年10月にLVMH傘下のプッチのクリエイティブに起用され、在任中は自身のレーベルを継続運営しながらロンドンとイタリアを往復してコレクション制作を両立した。ミラノで発表されたシーズンではアーカイブからのプリント引用やリカラー(1970年代のモチーフなど)を用いる一方、ニットや無地のテーラード、アルパカやフォックスのトリム、シークエンスやビーズといった装飾を組み合わせてテクスチャーとフィットの幅を拡大し、プリントだけに依存しないバランスを模索した。各シーズンのレビューや評論には「ブランドの本質を現代化する」志向と、ウィリアムソン自身の色彩感覚やヒッピー寄りのラグジュアリー性が強く反映された点が見られ、評価は賛否両論となった。2008年に退任し、同年秋にピーター・ダンデスが後任に就任した。

在任期

2005年10月4日にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、以後ミラノ発表を中心にウィメンズコレクション制作を担当した。在任中は自身のブランドを並行運営しロンドンとイタリアを行き来して制作を両立した。退任は2008年中〜秋で、後任のピーター・ダンデス就任は2008年9月に発表された。

影響

在任期間の主要な影響は、プッチの象徴的なプリントを保持しつつ素材やシルエットの幅を拡げ、ブランドのワードローブ性を高めた点。アーカイブの再解釈やプリントのリカラー、ニットや無地のテーラード導入によって日常的なプレタポルテへの落とし込みを図った一方、評論はウィリアムソンの作家性の強さとブランドらしさの整合を巡って分かれた。

Matthew Williamsonとの関わり

1997 - 継続中または終了年不明

デザイナー

創設者兼チーフデザイナーとしての立場・担当領域を短く定義: ジョセフ・ヴェロサと共同でパートナーシップを結び、同名レーベルの立ち上げからコレクションの美学、テキスタイル開発、商品カテゴリの横展開までブランド全体の方向性を主導。1996年のパートナーシップ結成から1997年の本格始動を起点に、1997年のデビューコレクション「Electric Angels」でロンドン・ファッション・ウィークに登場し、限定されたルックながら鮮烈なプリントと装飾性で注目を集めた。 ブランドはシルクプリントやビーズ、刺繍を多用した華やかなテキスタイルを核に、色彩豊かなビジュアル言語を確立し、初期段階でブラウンズやバーニーズなどの国際的セレクトショップで取り扱われることで商業基盤を築いた。 2000年代にはブランドの事業化を進め、2002年のアニバーサリー関連の写真展によるメディア露出、2004年のメイフェア旗艦店開設、2005年のフレグランス発売を経てインテリアやライセンスによるライフスタイル展開を強化した。 2006–2008年にはエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクションを兼務する期間があり、外部ハウスでの経験を自ブランドの構造化や新たな解釈に取り込む形でコレクションに反映させた。以降はメンズのカプセルコレクションやホームプロダクトとのコラボレーションを通じて、デザイナー自身が築いたプリント美学を核にファッションからホームまで横断するブランド展開を推進した存在。

在任期

1996年にジョセフ・ヴェロサとパートナーシップを結成し、1997年に同名レーベルを本格始動したことを起点とする在任期。1990年代後半から2000年代を通じてロンドン発のプリント主導ブランドとして成長し、2004年の旗艦店開設や2005年のフレグランス発売で事業基盤を確立。2006–2008年はエミリオ・プッチのクリエイティブを兼務した時期があり、その後は自社レーベルへ専念してライフスタイル領域への横展開と国際流通の拡大に注力した。

影響

ブランドの影響は、色彩豊かなプリントと手仕事による一貫したビジュアル言語を確立し、編集部やセレブリティの支持を通じて国際市場での認知と商業性を高めた点にある。また、香水やインテリア/ファブリックなどのライセンス展開により、ファッションからホームまでを含むライフスタイルブランド化を進めた経済的・文化的なインパクトが大きい。

関連ブランド

関わったグループ

在任中のコラボレーション

2009.05

Matthew Williamson H&M

Matthew Williamsonコラボ第2弾。リゾート感漂うカフタンやドレスのほか、本人初となるメンズアイテムを大規模展開。

2009.04

Matthew Williamson H&M

春の第1弾はウィメンズ中心にブランドのアイコニックな色や柄を展開。続く第2弾では過去初のメンズレンジも投入。

関連する人物

Emilio Pucci

2021 - 継続中または終了年不明

カミーユ・ミシェリ

アーティスティック・ディレクター

カミーユ・ミシェリについて

エミリオ・プッチ アーティスティック・ディレクター(イタリア拠点、レディトゥウェア/アクセサリー担当)。

エミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクター。イタリア拠点でレディトゥウェアとアクセサリーを横断するデザイン実務を行う、フランス系とイタリア系のルーツを持つデザイナー。アズディン・アライアでのインターンシップを契機にシャネルのPRで業界入りし、その後ルイ・ヴィトンでコミュニケーション業務からジュエリーやアクセサリーのクリエイティブへ転身した。クリスチャン・ディオールではファッションジュエリーのクリエイティブディレクターを務め、2014年にルイ・ヴィトンへ復帰してアクセサリー部門を統括した後、2021年9月にプッチのアーティスティック・ディレクターに就任した。就任後は伝統的なプリントと色彩を現代へ翻訳することを中心に、カプセルやリゾート展開、体験型イベントを通じてアーカイブの再解釈と商業性の両立を図る作風を打ち出した。

Camille Miceli

2015 - 2017

マッシモ・ジョルジェッティ

クリエイティブ・ディレクター

マッシモ・ジョルジェッティについて

ファッションデザイナー/MSGM創業者・クリエイティブ・ディレクター(ミラノ拠点)

イタリア出身のファッションデザイナー。MSGMの創設者兼クリエイティブ・ディレクターで、ミラノを拠点に活動する。1977年チェゼーナ生まれ。会計を学んだ後、リミニのブティックで販売員としてキャリアを始め、DJや音楽・現代アートへの関心をデザインに取り込む形で歩む。2009年にパオローニグループと共同でMSGMを設立し、鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ストリートのエネルギーとイタリアンテーラリングを融合したスタイルで注目を集めた。ヴォーグの新人発掘企画で評価され、2013年にミラノ・ブレラに旗艦店を開設。2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、2017年に離任した後はMSGMのプロダクト拡充と国際展開、アーティストやブランドとのコラボレーションを軸に事業を拡大している。

Massimo Giorgetti

2008 - 2015

ピーター・ダンダス

アーティスティック・ディレクター

ピーター・ダンダスについて

ノルウェー出身のファッションデザイナー。DUNDAS創業者兼クリエイティブディレクター、Emilio PucciやRoberto Cavalliでのクリエイティブ実績を持つ。

ノルウェー出身のファッションデザイナー、国際的に活動するクリエイティブディレクター。パーソンズ(Parsons School of Design)でファッションを学び、1992年にパリへ渡ってジャン=ポール・ゴルチエのもとで長年アシスタントを務めて裁断・仕立て・プリント表現の技術を磨いた。2000年代初頭にロベルト・カヴァッリのチーフデザイナーを務め、エマニュエル・ウンガロを経て2008年頃からエミリオ・プッチのアーティスティックディレクターとしてブランドの若返りとプリント表現の再構築を推進。2015年にロベルト・カヴァッリのクリエイティブディレクターに就任し、2017年にパートナーのエヴァンジェロ・ブーシスと共にDUNDASを立ち上げた。作風は女性のフォルムを強調するグラマラスで官能的なイブニングウェアと色彩豊かなプリントが特徴で、グラミー賞や主要レッドカーペットの衣装制作など舞台衣装でも実績を持ち、オンライン中心のノンシーズン運営を採用したビジネスモデルでも注目を集める。

Peter Dundas

2002 - 2005

クリスチャン・ラクロワ

アーティスティック・ディレクター

クリスチャン・ラクロワについて

フランス出身のオートクチュールデザイナー/舞台衣装家。パリ拠点。

フランス出身のファッションデザイナー。オートクチュールと舞台衣装を主な領域に、パリを拠点に活動する。モンペリエで美術史を学び、パリのソルボンヌとエコール・デュ・ルーヴルで博物館学・服飾史を学んだ。 エルメスやジャン・パトゥで実務経験を積んだ後、1987年に自身のオートクチュールハウスを設立しフィナンシエール・アガシェの出資を受けて注目を集めた。 作風は鮮烈な色彩と豊かな装飾性、手刺繍やビーズワークを多用する舞台的表現が特徴で、民族的・歴史的モチーフを大胆に組み合わせる点で知られる。 2000年代以降は商業構造の変動を経て舞台衣装制作や展覧会、ブランドとのコラボレーションを中心に活動を続けている。

Christian Lacroix

2000 - 2002

フリオ・エスパダ

アーティスティック・ディレクター

フリオ・エスパダについて

ファッションデザイナー/アーティスト。プエルトリコ出身、ニューヨークを拠点。エミリオ・プッチ元アーティスティック・ディレクター。

プエルトリコ出身のファッションデザイナー兼アーティスト。1955年生まれと記録され、1970年代後半からニューヨークを拠点に自身の名を冠したブランド「Julio」を展開した。1980年にはMoMA PS1のファッション展『Fashion (Winter 1980–1981)』に出品され、商業流通や百貨店での取り扱いを経て美術館コレクションに所蔵される仕事を残す。2000年10月にエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターに就任し、2001〜2002年のコレクションでプッチのプリントと色彩を現代的に再解釈した表現を発表した。デザインは鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ジェルシーやカットソー素材の機能的な扱いを特徴とし、その後は絵画やデジタルドローイングなどアート領域での展覧を中心に制作を継続する。

Julio Espada

1998 - 1998

ステファン・ジャンソン

デザイナー

ステファン・ジャンソンについて

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー/メゾン創設者・クリエイティブディレクター

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー。パリの服飾教育を経てKenzoのアトリエで実務を積み、1980年代にDiane von Furstenbergの招きでニューヨークでライセンス業務やコレクションのディレクションを担当した。1989年にミラノでメゾンを立ち上げ、Via Goldoniのブティック兼アトリエを拠点に“couture‑à‑porter”を掲げ、高品質なイタリア製素材と丁寧な仕立てを軸に少量生産で服を届ける。造形は斜め裁ちや流れるドレープを基調とし、南仏やマグレブの色彩感覚を取り込んだ洗練された日常性とエレガンスが特徴。編集・展覧分野にも活動領域を広げ、誌面や共著、展覧会の企画にも携わる。

Stephan Janson

1992 - 2000

ラウドミア・プッチ

クリエイティブ・ディレクター

ラウドミア・プッチについて

フィレンツェ拠点のファッション実業家・アーカイブキュレーター、元Emilio Pucci副会長兼イメージディレクター

フィレンツェを拠点とするイタリアのファッション実業家・アーカイブキュレーター。LUISS(ローマ)で経済・政治を学び、卒業後にパリのメゾン、ユベール・ド・ジバンシィでレディトゥウェアとアクセサリーの実務を経験したのち、1985年に家業のエミリオ・プッチに参加。父エミリオの死後はブランド運営とクリエイティブの両面を担い、1990年代から2000年代にかけてコレクション再編と国際展開を推進した。2000年のLVMHとの資本提携を交渉し副会長兼イメージディレクターに就任、ヴィジュアル戦略とブランドの近代化を主導した。2011年には一部アーカイブをヴィッラ・ディ・グラナイオロに移し保存体制を構築、2018年にパラッツォ・プッチでエミリオ・プッチ・ヘリテージ・ハブを創設して教育連携や若手支援プログラムを展開。2022年にはパラッツォN6を立ち上げ、体験型の文化発信を進める。2021年のLVMHによる完全取得を受けて現場の経営から退き、収蔵資料の保存・公開と国際的な文化交流に注力。ポリモーダやパラッツォ・ストロッツィ財団などの教育・文化機関に関わり、2022年にフィレンツェの日本名誉総領事に就任。色彩豊かなプリントを核にしたヘリテージを教育や体験に結びつける運営を行う人物。

Laudomia Pucci

1947 - 1992

エミリオ・プッチ

デザイナー

エミリオ・プッチについて

イタリアのファッションデザイナー/テキスタイル開発者、元国会議員(フィレンツェ拠点)。

イタリアのファッションデザイナー、侯爵、かつ元国会議員。フィレンツェを拠点にリゾートやスポーツ向けの服作りを主軸とし、鮮烈な幾何学的プリントと伸縮性のあるシルクジャージーで国際的評価を獲得した。ミラノでの予備教育を経て米国のジョージア大学とリード大学で学び、リード在学中に自作のスキーユニフォームが注目されてデザイン転身の端緒を得る。戦後はカプリにブティックを開き、1950年代以降は署名入りプリントのシルクジャージー・ドレスで名声を築く。色彩学や染色技術への探究から多色プリントや伸縮素材「エミリオフォーム」を導入し、スカーフやニット、アクセサリー、ホームコレクション、香水などへ事業を拡大。プリントはバティックや地中海のモザイクなどを取り入れた有機的かつ幾何学的な図案が特徴で、映画女優や著名人に愛用されジェット時代の国際的ライフスタイルを象徴。1963–1972年に国会議員を務め、1992年に没し娘ラウドミアが遺産を継承。20世紀中葉のプリント表現を代表する人物。

Emilio Pucci

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