1978年にエルメスでアクセサリーのアシスタントとして業界入りし、1980年代初頭には
ギー・ポランの下でアクセサリーを手掛け、1981年に
ジャン・パトゥでオートクチュールの実務を経験した。 1987年にフィナンシエール・アガシェの出資で自身のオートクチュールハウスを設立し、「ル・プフ」と呼ばれるバルーンスカートなど劇的なシルエットと手仕事の装飾で国際的な評価を得た。 1990年代から2000年代にかけて香水やアクセサリー、各種ライセンス事業を拡大したが採算面で苦戦し、LVMH系からの売却後に経営が不安定化、2009年に会社は管財手続に入った。最後のオートクチュールコレクションは本人が私費で発表した。 2002年から2005年は
エミリオ・プッチのアーティスティックディレクターを務め、2004–2005年頃にはエールフランスの制服デザインや列車内装など多分野のプロジェクトを手掛けた。 2009年以降は舞台衣装制作、展覧会出品、ブランドや企業とのコラボレーション(例:
デシグアル等)を中心に活動を続けている。