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マッシモ・ジョルジェッティ

Massimo Giorgetti

イタリア 1977 現在

ファッションデザイナー/MSGM創業者・クリエイティブ・ディレクター(ミラノ拠点)

最終更新日: 2026.03.11

マッシモ・ジョルジェッティについて

イタリア出身のファッションデザイナー。MSGMの創設者兼クリエイティブ・ディレクターで、ミラノを拠点に活動する。1977年チェゼーナ生まれ。会計を学んだ後、リミニのブティックで販売員としてキャリアを始め、DJや音楽・現代アートへの関心をデザインに取り込む形で歩む。2009年にパオローニグループと共同でMSGMを設立し、鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ストリートのエネルギーとイタリアンテーラリングを融合したスタイルで注目を集めた。ヴォーグの新人発掘企画で評価され、2013年にミラノ・ブレラに旗艦店を開設。2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、2017年に離任した後はMSGMのプロダクト拡充と国際展開、アーティストやブランドとのコラボレーションを軸に事業を拡大している。

キャリアタイムライン

マッシモ・ジョルジェッティとブランドとの関わりを年単位で横に並べています。

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MSGM クリエイティブ・ディレクター 2009 - 継続中または終了年不明
Emilio Pucci クリエイティブ・ディレクター 2015 - 2017

経歴

当初は会計を学び、リミニのブティックで販売員としてファッション業界に入った経歴を持つ。初期にはカプセルコレクション制作や他者とのコラボレーションを通じて実務的にデザインを学び、2008〜2009年ごろのプロジェクトを経てMSGM設立へとつなげた。音楽やアートとの接点が制作背景に深く関与している。
リミニでの小売経験とカルチャー活動を起点に、カプセルコレクション制作やコラボレーションで実績を積んだ後、2009年にパオローニグループと共同でMSGMを設立。ブランドは大胆なプリントとポップな色使い、ストリートとテーラリングの接合で急速に支持を広げ、2010年前後に主要メディアやセレクトショップで認知を獲得した。2013年にミラノ・ブレラに旗艦店を開設し、ウィメンズ/メンズ/アクセサリーへとラインを拡張。2015年にはエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任するが、2017年に同職を離れてMSGMへ専念する道を選ぶ。以降はアーティストとの共作(例:Toiletpaper/マウリツィオ・カテラン等)、ライセンスや外部資本の導入、アジアを含む国際流通の強化などを通じてブランドの事業基盤を拡大している。

Emilio Pucciとの関わり

2015 - 2017

クリエイティブ・ディレクター

エミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターとして就任し、2015年の発表以降、前任のピーター・ダンダスからブランドのデザイン監督を引き継ぎ、レディ・トゥ・ウェアとアクセサリーを中心にメゾンの現代化と若返りを担った。 就任後は「パイロット・エピソード」と名付けたプレ・コレクションでプッチの象徴的なモチーフを抽出し、2015年夏から秋にかけて段階的にビジョンを示したのち、2016年春夏でミラノの公式スケジュールに合わせて本格的なランウェイデビューを果たした。会場演出は工場跡のフラットな空間を生かした演出で、色と柄の見せ方を工夫する方向性が打ち出された。 デザインの核はアーカイブのプリントを完全に踏襲するのではなく、色面分割やカラーブロッキング、スパンコールや立体刺繍、テクスチャード素材といった要素で再編集する手法にあり、より日常的で着やすいデイウェア寄りの表現へと比重を移した。WWDが指摘するように赤絨毯向けの過度なグラマラス路線を抑え、商品構成の現代化と拡充を意図した方向性が見られ、バッグなどアクセサリーの新作導入も行った。 Giorgettiは自身のブランドMSGMを並行して運営し、ミラノとフィレンツェを行き来する体制で短期集中のアイデア実践を行ったため、スピード感と商業性を重視した運営手法がプッチ側にも反映された。 評価は賛否両論で、新鮮さや若返りを評価する声がある一方、プッチの持つ繊細さや一貫したアイデンティティが希薄になったとの指摘もあり、2017年4月6日に双方合意のもと退任して約2年の在任を終えた。短期間でプリントや商品レンジの見直しを試みた局面として位置づけられる。

在任期

2015年3月にピーター・ダンダスの後任としてクリエイティブ・ディレクターに就任し、同年『パイロット・エピソード』を経て2016年春夏で公式デビューした。MSGMを並行して運営しつつミラノ/フィレンツェを行き来する体制で短期集中の刷新を行ったが、2017年4月6日に双方合意で退任し在任期間は約2年であった。

影響

在任中はプッチのアーカイブ・プリントを若返らせる視覚言語の導入と、バッグなどアクセサリーの強化を通じた商品カテゴリの拡充でブランドの短期的な現代化を促した。日常的なデイウェア志向への比重移動や色面での再編集は明確な変化をもたらした一方、批評家からは一貫性や繊細さに欠けるとの指摘もあり、在任中の試みは即効性のある刷新にとどまったと評価される。

MSGMとの関わり

2009 - 継続中または終了年不明

クリエイティブ・ディレクター

MSGMの創業者でありブランドの創造的責任を担うクリエイティブ・ディレクターとして、コレクションの方向性、ビジュアルアイデンティティ、コラボレーション戦略および商品構成の総括を行う立場。2009年のブランド立ち上げ当初からビジュアルと商品企画の中核を形成し、ブランドのトーンと商業戦略を一貫して導く役割を果たす。 2009年にマニファットゥーラ・パオローニの支援を受けてMSGMを設立し、イタリアのテーラリングとストリートウェア、ポップアート的なグラフィックを融合させる美学を確立。スウェットやプリントを起点にメンズからウィメンズ、アクセサリーへと商品領域を広げ、国内外のマルチブランド取扱店や直営店を通じた流通基盤を築いた。 外部活動としては2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを兼任し、歴史的アーカイブやプリント表現を現代的に再解釈する仕事を行ったのち2017年に同職を離れMSGMに専念。2018年のStyle Capitalによる資本参加(約32%取得)を契機に事業体制と国際直営網の強化に取り組み、創業者かつ創造面の最高責任者としてブランドの表現と事業拡大の両面を統括している。またアーティストや外部ブランドとのコラボレーション、展覧やモノグラフといった文化的アクティビティを通じてMSGMの若々しい文化的文脈を育成する役割も担う。

在任期

2009年にマッシモ・ジョルジェッティがManifattura Paoloniとの協業でMSGMを創業し、創業以来ブランドのクリエイティブ責任を保持。2015年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを兼務(就任は2015年、2017年に退任)した期間を経て、2018年のStyle Capitalによる出資後も創業者兼クリエイティブ/アーティスティック・ディレクターとして組織体制と国際展開の拡大を推進している。

影響

MSGMをイタリアのテーラリングとストリート感を融合させたポップで色彩豊かなブランドへと成長させ、アートやカルチャーとの協働をブランド表現の核に据えたことで若年層への訴求力を高めた。2018年の資本参加を契機に直営店網と海外流通の拡大が加速し、マルチブランドでの流通拡大や売上成長に寄与したと報じられている。

関連ブランド

関わったグループ

関連する人物

Emilio Pucci

2021 - 継続中または終了年不明

カミーユ・ミシェリ

アーティスティック・ディレクター

カミーユ・ミシェリについて

エミリオ・プッチ アーティスティック・ディレクター(イタリア拠点、レディトゥウェア/アクセサリー担当)。

エミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクター。イタリア拠点でレディトゥウェアとアクセサリーを横断するデザイン実務を行う、フランス系とイタリア系のルーツを持つデザイナー。アズディン・アライアでのインターンシップを契機にシャネルのPRで業界入りし、その後ルイ・ヴィトンでコミュニケーション業務からジュエリーやアクセサリーのクリエイティブへ転身した。クリスチャン・ディオールではファッションジュエリーのクリエイティブディレクターを務め、2014年にルイ・ヴィトンへ復帰してアクセサリー部門を統括した後、2021年9月にプッチのアーティスティック・ディレクターに就任した。就任後は伝統的なプリントと色彩を現代へ翻訳することを中心に、カプセルやリゾート展開、体験型イベントを通じてアーカイブの再解釈と商業性の両立を図る作風を打ち出した。

Camille Miceli

2008 - 2015

ピーター・ダンダス

アーティスティック・ディレクター

ピーター・ダンダスについて

ノルウェー出身のファッションデザイナー。DUNDAS創業者兼クリエイティブディレクター、Emilio PucciやRoberto Cavalliでのクリエイティブ実績を持つ。

ノルウェー出身のファッションデザイナー、国際的に活動するクリエイティブディレクター。パーソンズ(Parsons School of Design)でファッションを学び、1992年にパリへ渡ってジャン=ポール・ゴルチエのもとで長年アシスタントを務めて裁断・仕立て・プリント表現の技術を磨いた。2000年代初頭にロベルト・カヴァッリのチーフデザイナーを務め、エマニュエル・ウンガロを経て2008年頃からエミリオ・プッチのアーティスティックディレクターとしてブランドの若返りとプリント表現の再構築を推進。2015年にロベルト・カヴァッリのクリエイティブディレクターに就任し、2017年にパートナーのエヴァンジェロ・ブーシスと共にDUNDASを立ち上げた。作風は女性のフォルムを強調するグラマラスで官能的なイブニングウェアと色彩豊かなプリントが特徴で、グラミー賞や主要レッドカーペットの衣装制作など舞台衣装でも実績を持ち、オンライン中心のノンシーズン運営を採用したビジネスモデルでも注目を集める。

Peter Dundas

2005 - 2008

マシュー・ウィリアムソン

クリエイティブ・ディレクター

マシュー・ウィリアムソンについて

イギリス出身のファッション・インテリアデザイナー、ブランド創業者、元エミリオ・プッチ クリエイティブ・ディレクター

イギリス出身のファッション/インテリアデザイナー。ロンドンでファッションキャリアを築き、色彩豊かなプリントや刺繍、ビーズを多用した装飾的なシルエットと華やかなイブニングウェアで国際的に知られる。セントラル・セント・マーチンズでファッションとテキスタイルを学んだ後、ジョセフ・ヴェロサとともに1996–1997年に自身のブランドを立ち上げ、1997年のデビューコレクション「Electric Angels」で注目を集めた。2005年にエミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターを務め、2007年にはロンドンのデザインミュージアムで10年回顧展が開催された。以降は旗艦店やライセンス展開を経て活動領域を拡大し、近年は壁紙・照明・家具などインテリアやライフスタイルのプロジェクトと書籍刊行を柱に創作を続け、拠点の一部をマヨルカ島デイアに移している。

Matthew Williamson

2002 - 2005

クリスチャン・ラクロワ

アーティスティック・ディレクター

クリスチャン・ラクロワについて

フランス出身のオートクチュールデザイナー/舞台衣装家。パリ拠点。

フランス出身のファッションデザイナー。オートクチュールと舞台衣装を主な領域に、パリを拠点に活動する。モンペリエで美術史を学び、パリのソルボンヌとエコール・デュ・ルーヴルで博物館学・服飾史を学んだ。 エルメスやジャン・パトゥで実務経験を積んだ後、1987年に自身のオートクチュールハウスを設立しフィナンシエール・アガシェの出資を受けて注目を集めた。 作風は鮮烈な色彩と豊かな装飾性、手刺繍やビーズワークを多用する舞台的表現が特徴で、民族的・歴史的モチーフを大胆に組み合わせる点で知られる。 2000年代以降は商業構造の変動を経て舞台衣装制作や展覧会、ブランドとのコラボレーションを中心に活動を続けている。

Christian Lacroix

2000 - 2002

フリオ・エスパダ

アーティスティック・ディレクター

フリオ・エスパダについて

ファッションデザイナー/アーティスト。プエルトリコ出身、ニューヨークを拠点。エミリオ・プッチ元アーティスティック・ディレクター。

プエルトリコ出身のファッションデザイナー兼アーティスト。1955年生まれと記録され、1970年代後半からニューヨークを拠点に自身の名を冠したブランド「Julio」を展開した。1980年にはMoMA PS1のファッション展『Fashion (Winter 1980–1981)』に出品され、商業流通や百貨店での取り扱いを経て美術館コレクションに所蔵される仕事を残す。2000年10月にエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターに就任し、2001〜2002年のコレクションでプッチのプリントと色彩を現代的に再解釈した表現を発表した。デザインは鮮烈な色彩とグラフィックなプリント、ジェルシーやカットソー素材の機能的な扱いを特徴とし、その後は絵画やデジタルドローイングなどアート領域での展覧を中心に制作を継続する。

Julio Espada

1998 - 1998

ステファン・ジャンソン

デザイナー

ステファン・ジャンソンについて

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー/メゾン創設者・クリエイティブディレクター

フランス出身、ミラノ拠点のファッションデザイナー。パリの服飾教育を経てKenzoのアトリエで実務を積み、1980年代にDiane von Furstenbergの招きでニューヨークでライセンス業務やコレクションのディレクションを担当した。1989年にミラノでメゾンを立ち上げ、Via Goldoniのブティック兼アトリエを拠点に“couture‑à‑porter”を掲げ、高品質なイタリア製素材と丁寧な仕立てを軸に少量生産で服を届ける。造形は斜め裁ちや流れるドレープを基調とし、南仏やマグレブの色彩感覚を取り込んだ洗練された日常性とエレガンスが特徴。編集・展覧分野にも活動領域を広げ、誌面や共著、展覧会の企画にも携わる。

Stephan Janson

1992 - 2000

ラウドミア・プッチ

クリエイティブ・ディレクター

ラウドミア・プッチについて

フィレンツェ拠点のファッション実業家・アーカイブキュレーター、元Emilio Pucci副会長兼イメージディレクター

フィレンツェを拠点とするイタリアのファッション実業家・アーカイブキュレーター。LUISS(ローマ)で経済・政治を学び、卒業後にパリのメゾン、ユベール・ド・ジバンシィでレディトゥウェアとアクセサリーの実務を経験したのち、1985年に家業のエミリオ・プッチに参加。父エミリオの死後はブランド運営とクリエイティブの両面を担い、1990年代から2000年代にかけてコレクション再編と国際展開を推進した。2000年のLVMHとの資本提携を交渉し副会長兼イメージディレクターに就任、ヴィジュアル戦略とブランドの近代化を主導した。2011年には一部アーカイブをヴィッラ・ディ・グラナイオロに移し保存体制を構築、2018年にパラッツォ・プッチでエミリオ・プッチ・ヘリテージ・ハブを創設して教育連携や若手支援プログラムを展開。2022年にはパラッツォN6を立ち上げ、体験型の文化発信を進める。2021年のLVMHによる完全取得を受けて現場の経営から退き、収蔵資料の保存・公開と国際的な文化交流に注力。ポリモーダやパラッツォ・ストロッツィ財団などの教育・文化機関に関わり、2022年にフィレンツェの日本名誉総領事に就任。色彩豊かなプリントを核にしたヘリテージを教育や体験に結びつける運営を行う人物。

Laudomia Pucci

1947 - 1992

エミリオ・プッチ

デザイナー

エミリオ・プッチについて

イタリアのファッションデザイナー/テキスタイル開発者、元国会議員(フィレンツェ拠点)。

イタリアのファッションデザイナー、侯爵、かつ元国会議員。フィレンツェを拠点にリゾートやスポーツ向けの服作りを主軸とし、鮮烈な幾何学的プリントと伸縮性のあるシルクジャージーで国際的評価を獲得した。ミラノでの予備教育を経て米国のジョージア大学とリード大学で学び、リード在学中に自作のスキーユニフォームが注目されてデザイン転身の端緒を得る。戦後はカプリにブティックを開き、1950年代以降は署名入りプリントのシルクジャージー・ドレスで名声を築く。色彩学や染色技術への探究から多色プリントや伸縮素材「エミリオフォーム」を導入し、スカーフやニット、アクセサリー、ホームコレクション、香水などへ事業を拡大。プリントはバティックや地中海のモザイクなどを取り入れた有機的かつ幾何学的な図案が特徴で、映画女優や著名人に愛用されジェット時代の国際的ライフスタイルを象徴。1963–1972年に国会議員を務め、1992年に没し娘ラウドミアが遺産を継承。20世紀中葉のプリント表現を代表する人物。

Emilio Pucci

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